表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/18

第14話 谷底で出会った魔物

 森を抜けると、足元の傾斜が、まるでなにかを拒むかのようにじわじわと急になっていった。

 湿り気を含んだ落ち葉が地面に厚く積もり、その下にはぬかるんだ土や滑りやすい岩肌が隠れていく。

 油断すればすぐに足を取られてしまいそう。

 リュミは息を整えながら、木の根や岩に両手を添え、慎重に、慎重に一歩ずつ下っていく。


 やがて、長い坂をようやく下りきると、そこに広がっていたのは、世界から切り離されたかのような静寂の谷底だった。

 時が止まったかのような空間。空気はどこか張り詰めていて、冷たさとともに、(りん)とした厳かな気配が漂っている。


 見上げれば、頭上には無数の木々の枝葉が幾重にも折り重なり、その隙間から細く空が(のぞ)いている。

 さっきまで聞こえていた鳥のさえずりも、風が枝葉を揺らすさざめきも、ここには届いてこない。ただ、ぽた……ぽた……と、水滴が岩肌から落ちるかすかな音だけが、谷底の静けさを際立たせていた。


 足元には、濃く深い緑色をたたえた(こけ)が一面に広がっている。

 そのやわらかな感触を足裏に感じるたび、わずかに湿り気を含んだ土の香りがふわりと立ちのぼり、鼻をくすぐった。


「わぁ……すごい……!」


 巨岩に囲まれた空間を見上げながら、リュミは目を輝かせて感嘆の声を漏らした。

 岩肌の隙間には、小さな青い草がいくつも根を張り、しっかりと生えている。それはまるで、この厳しい環境の中でひっそりと命を育んでいるようだった。


「これかな? エルドさんが言ってた、めずらしい薬草……」


 リュミはその草を傷つけないように気をつけながら、両手でそっと包むように摘み取り、丁寧に小さなカゴに収めていく。

 ひとつひとつ確かめながら、手際良く作業を進めていく彼女の背後で、パッロは静かに座り込み、その様子を見守る。


「よく見つけたな、リュミ。すごいよ」


「えへへ! もう一回やるから、見ててね!」


「ああ、見ているからやってごらん」


 そう言われて、リュミの顔に自信に満ちた笑みが浮かぶ。

 褒められたことがうれしくて、認めてもらえたことがうれしくて、もっと頑張りたいという気持ちが胸の中で膨らんでいく。


 薬草を摘み終えたリュミは、ふと足元に転がっていたひとつの石に目を留めた。

 それは、どこにでもありそうな、丸くて小さな、白みがかった石ころ。けれど、なぜか目が離せない。呼ばれたかのように、リュミはそっとその石を拾い上げた。


「ねぇ、パッロ。石にも《ふわふわ》できるかなぁ?」


「石に?」


 パッロは眉をひそめてしばらく考え込んだあと、静かに首を横に振った。


「……たぶん難しいな。石は心を持たないから」


「そっかぁ。でも、やってみたい!」


 リュミは胸の前で石をぎゅっと抱え込み、真剣な顔で目をつむった。呼吸を整え、指先に意識を集中させる。

 そして、スキル《ふわふわ》を発動しようとしたけれど――。


「……あれぇ? なんにもならない……」


 石はそのまま、冷たく無反応でリュミの手の中に留まっていた。

 しょんぼりとうなだれるリュミの横で、パッロはやさしくと微笑(ほほえ)み、そっと寄り添う。


「悪くない試みだったと思うぞ」


「ほんと? えへへ……」


 リュミの頬がわずかに赤くなり、自然と笑顔が戻ってくる。

 そのときだった。


 谷の奥から、空気を引き裂くような激しい風が巻き起こる。 

 バサッバササッと、巨大な羽ばたきの音が谷全体に響き渡る。


「ひゃっ……!」


 思わずリュミは身を(すく)め、パッロにしがみつく。

 強くて大きな背中のぬくもりが、ほんの少しだけ心を落ち着けてくれる。


「大丈夫だ、リュミ。オレがついてる」


 低く落ち着いた声が胸に響く。


「リュミには指一本触れさせない」


 リュミがおそるおそる空を見上げると、そこには赤く巨大な鳥が、旋回しながら谷の上空を舞っていた。

 その姿はまるで血を浴びたかのように赤く、翼は光を反射して、谷底に赤黒い影を落としている。


 風がうなり、リュミの髪が宙に舞い上がる。衣の端がひるがえり、バサバサと騒がしく音を立てる。

 赤い鳥は円を描きながら、鋭い視線を地上に送っていた。明らかに、なにかを狙っている。


「た、たべられちゃう……!」


 リュミがかすれた声でつぶやくと、パッロは迷いなく前に出て、リュミをかばう。


「落ち着け。オレがついてる」


「うん……っ」


 心臓が太鼓のようにドコドコと鳴っている。

 怖い。それでも、パッロの背中が目の前にあることが、リュミの中にほんの小さな勇気の火が(とも)す。


 赤い鳥は、旋回しながら、少しずつ高度を下げてきた。

 翼を広げるたび、谷の壁に赤い光が広がっている。まるで、この空間全体を、その翼で塗り替えてしまうかのよう。

 その目は鋭く光り、まるですべてを見透かすかのようだ。


 風圧が顔に当たり、耳に羽ばたきの音が届く。

 岩の影に映った巨大な影は、まるで炎がうねるように動く。


「リュミ、気をつけろ……!」


 パッロの声が鋭く走る。

 その目は、空の一点を射抜いている。


「あれは……禍翼(かよく)凶鳥(きょうちょう)だ」


「かよくのきょうちょう……」


 その名前を耳にした瞬間、リュミの喉が小さく震えた。


 禍翼の凶鳥――それは、見た者に厄災が訪れると語られてきた伝説の怪鳥。

 その姿を、リュミは小さいころ、絵本の挿絵で見たことがある。


 姿を見た者には、厄災が訪れると語り継がれている伝説の怪鳥。

 ずっと前に絵本で見たその姿が、今、現実として目の前にいた。


最後まで読んでくれてありがとうございます!


実はこのお話、全部で42話でもう完結まで書き上がってます。

毎日18:30にきっちり更新していくので、最後まで安心して付き合ってもらえると嬉しいです!


「リュミがんばれー!」とか「続き楽しみ!」と思ってくれたら、下の評価(☆☆☆☆☆)やブクマで応援してもらえると、すごく励みになります。よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ