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第11話 はじめての薬草採り②

 薬草採りを終えたリュミは、両腕にしっかりとカゴを抱えて、静かな森の小道を歩いていた。

 土のにおいと草の香りが混ざり合った空気の中で、リュミの足取りはどこか弾んでいる。


 自分で摘んだ薬草をこうして家に持ち帰るのは、今日が初めてだ。

 それだけのことなのに、胸の奥があたたかくて、何度も何度も胸の前にあるカゴの中を(のぞ)き込まずにはいられない。


 成果を確かめるようにして、そっと中の葉を見つめる。

 うれしくて、誇らしくてたまらない。


 最初は上手に摘めなかった。

 力加減がわからず、やわらかな葉を破ってしまったこともあった。

 似ているけれど違う葉を摘んでしまい、パッロに「それじゃない」と首を横に振られたことも。

 さらには、うっかり毒草に手を伸ばしかけて、パッロに冷や汗をかかせてしまったことさえあった。


 失敗だらけの一日だったけれど、それでも最後までやり通したことが、誇らしい。


「……ふふっ。ちゃんとできたよ、パッロ」


 笑みをこぼしながらつぶやいた声に、隣を歩くパッロが応える。


「うん、よく頑張ったな」


 その声はいつもよりやさしく、少しだけ低く響いた。

 たった一言なのに、心が躍って、まるですごい宝物を手に入れたような気持ちになる。


(これをエルドさんに渡したら、どんな顔をするのかな……)


 ふと思い浮かべたその人の姿に、胸がきゅっと締めつけられる。

 どんな反応をされるだろう――がっかりされたりしたらどうしよう。

 そんな不安が小さな波のように心を揺らすけれど、それと同じくらい、褒められたいという気持ちもある。


(エルドさんに、よくやったって言ってもらえたら……)


 そんな想いを抱きながら歩き続けると、やがて見慣れた小さな家が木々の向こうに姿を現す。

 どこかほっとするような、けれど緊張が高まるような、不思議な気持ちがリュミの胸を満たしていく。


 玄関先には、すでにエルドの姿があった。


「……帰ったか」


 短くそう言った彼の声に、リュミは少し驚きながらも、そっと答える。


「うん……ただいま」


 エルドは無表情のまま、だがその足元にはどこか落ち着かない気配があった。

 パッロはちらりと彼の様子をうかがう。こめかみににじむ小さな汗、乱れた後れ毛、やや荒い呼吸――。 


(……ついてきたってバレないように、大慌てで帰ってきたんだろうな)


 心の中でそうつぶやきながらも、パッロはなにも言わなかった。

 リュミが「家で待ってくれていた」と思っているなら、それを否定する必要はない。

 そう思って、黙って横を向いていた。


 エルドは黙ったまま、手を差し出す。


「それを見せろ」


「は、はい!」


 リュミは少し緊張した面持ちで、抱えていたカゴを両手で差し出す。

 エルドは片膝をついて、真剣な表情で中を覗き込むと、ひとつひとつ丁寧に葉を指先でつまみ、裏を確認し、香りを確かめる。

 その動きには一切の無駄がなく、彼の本気のまなざしにリュミの心臓は高鳴るばかりだ。


 沈黙の時間が続く。

 それはほんの少しの時間なのかもしれないが、リュミには長く感じられた。


「……ふん」


「ど、どうですか?」


 おそるおそる問いかける。

 帰ってきた言葉は、たった一言。


「悪くない」


 それだけなのに、リュミの目が音時に大きく見開かれる。


「えっ……」


「初めてにしては、形も崩れていない。毒草も混じっていないな」


 ぶっきらぼうな声音。

 表情はいつもと変わらず、どこか不機嫌そうにすら見える。


 けれど――リュミには、それがちゃんと伝わった。

 たしかに認めてくれたと、そう感じられた。


 胸の奥からほわっとあたたかいものがあふれ出て、目の奥がじんわりと熱を帯びてくる。


「や、やった……えへへ……」


 自然と顔がほころび、頬がほんのり赤くなる。

 目を伏せると、カゴの中の葉がにじんで見えた。


「……ただ」


「えっ」


「根の切り方が甘いな。力任せに引っこ抜いた跡がある。傷んでいるものが混じっている」


「うぅ……」


 失敗を指摘されて、リュミはしょんぼりと肩を(すく)める。

 けれど、続いた言葉に顔を上げた。


「……次は気をつけろ」


 たったそれだけの言葉。

 それでも、リュミには十分だった。


(失敗しても、次があるんだ……)


 エルドの視線が、ほんの少しだけ逸れた。

 そのささやかな変化に、リュミの心が軽くなる。


 カゴを手に持ったエルドは、なにも言わずに家の中へと戻っていった。

 その背中を見送るリュミの胸は、ぽかぽかと熱を帯びるのだった。


 ***


 その日の夜――。


 リュミは寝台に横たわりながら、ぼんやりと天井を見上げていた。

 虫の声が遠くからかすかに聞こえてきて、夜の静けさをより深く感じさせる。


(リュミ、ここにいてもいいのかな……)


 そんな思いが、ふと心を(かす)める。

 森はまだまだ怖いことばかりだし、リュミはなにもできない。今日だって、薬草を摘むだけで精一杯だった。


 エルドに「悪くない」と言われたけれど、ここにいていいとは言われていない。


(それでも……)


 目を閉じて、今日の一日をゆっくりと思い返す。

 宝物をひとつひとつ、そっと心の箱から取り出すように。


 森の中で感じた土の感触。

 両腕に重みを感じながら歩いたあの時間。

 カゴを抱えて歩いたときの重さ。

 パッロの「よく頑張ったな」という声。

 そして、エルドの不器用だけどあたたかい言葉。


 それらすべてが、リュミの中で混ざり合い、自信に変わる。


「……がんばろう」


 小さくつぶやいたその言葉は、夜の静けさにやわかく溶けていった。



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