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第10話 はじめての薬草採り①

「よし、これを使え」


 エルドが差し出したのは、ひとつのカゴだった。

 木の枝を丁寧に編んだ素朴なつくりで、所々に年季の入った色の濃淡がある。

 見た目は頼りなく見えるが、触れてみると意外としっかりしている。

 長年使われてきたことを感じさせる重みと、どこかあたたかみのある道具だ。


 リュミはそれを両手で受け取り、思わず小さな声を漏らす。


「……お、重い……」


 腕にずしりと伝わる重量感に、体がわずかによろけた。


「大丈夫か、リュミ」


 すぐそばにいたパッロが反応する。

 ぐらついたリュミの体をそっと支え、倒れないよう自分の体で受け止める。

 心配そうなその瞳が、まっすぐリュミを見つめている。


「無理しないでいい。重いならオレが持つから」


 その一言に、リュミははっとして顔を上げる。


「だ、大丈夫だよ……持てるもん」


 そう言って、首を振る。

 けれど、心の奥ではカゴの重さに対する不安が消えなかった。

 それでも、なにかをやり遂げたいという気持ちが、弱音を()み込ませる。


「リュミ……。わかった、じゃあ疲れたらすぐに言うんだぞ」


「うん」


 パッロの声はやさしく、強引に取り上げることはしない。

 リュミの意志を尊重してくれるその姿勢に、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。


(パッロって、やさしいな……)


 頬がほんのりと赤くなるのを感じながら、リュミは小さく笑った。


 ***


「このあたりかな……」


 森の奥、少し開けたひだまりの中で、リュミを足元の草むらをじっと見つめる。

 両手でカゴをしっかりと抱きかかえ、息を殺すように静かにかがみ込む。


 エルドに教わった薬草の特徴を、頭の中で何度も繰り返す。

 細長く、やわらかい葉。小さくて白い五弁の花。そして、ほのかな甘い香り。


 目の前に咲いている花は、その説明とよく似ている。

 けれど、決めきれない。


(合ってるのかな……リュミ、自信、ないかも……)


「パッロ……これで合ってる?」


 不安そうに顔を上げて声をかけると、隣にいたパッロがゆっくりと顔を近づけてにおいを嗅ぐ。


「……ああ。間違ってないよ」


 その落ち着いた低い声に、リュミの緊張がふわりとほどける。


(よかった……まちがってなかった)


「大丈夫、リュミはよく見てる。摘んでごらん」


「……うん」


 リュミは小さく(うなず)き、花の茎へと指先を伸ばす。

 手のひらはじんわり汗ばんでいて、茎の感触が指にまとわりつくよう。


 慎重に力を込めて――ぷちん。

 小さな音を立てて、茎が切れる。


 その瞬間、ふわりと香りが鼻先をくすぐる。

 草の青さに、ほのかに甘いやさしい香り。


「……とれた」


 ぽつりとこぼれたその言葉に、リュミ自身が驚く。

 手のひらに乗った小さな白い花が、日の光を浴びてキラキラと輝く。

 まるで宝石みたいだ、とリュミは思った。


「できた……!」


 胸がいっぱいになって、目の奥が熱くなる。


(リュミ……自分で摘めたんだ!)


 感動を抱きしめるように、震える手で花をカゴの中へとそっと置く。

 花がカゴの中で揺れるたびに、うれしさが胸いっぱいに広がっていく。


「えへへ……!」


「よくやったな」


 パッロはうれしそうに、ぐりぐりと頭を押しつけてくる。

 リュミより高い体温が心地良い。安心する。


「初めてにしては上出来だ。リュミには薬草摘みの才能があるかもしれないな」


「……ほんと?」


 まだ信じられないように、リュミはカゴとパッロの顔を交互に見る。


「ああ、ほんとに」


 即答だった。

 迷いのない声が、まっすぐリュミの心に届いて、じんわりとあたたかく染みこんでいく。


(リュミにもできること、あった……!)


 胸の奥に、少しずつ自信という名の灯がともる。


(リュミも、誰かの役に立てるんだ)


 もう一度、カゴの中を(のぞ)()む。

 中には小さな白い花がひとつだけ。でも、それはリュミにとってかけがえのない一歩だった。


 そのあとも、二人は並んで歩きながら薬草を探し続けた。

 リュミが「あれかな?」と指差すたびに、パッロは丁寧に反応してくれた。「うん、合ってる」と頷いてくれるときもあれば、「それは違うな」とやさしく首を振るときもある。

 間違っても怒られない。むしろ、どうして違うのかをゆっくりと教えてくれる。


「葉の形をよく見てごらん。同じ白い花でも、薬効があるのは葉が細いほうだ」


「うん。わかったよ、パッロ!」


 何度も繰り返すうちに、リュミの目は少しずつ慣れていく。

 最初は迷ってばかりだったのに、自分から見分けようと集中できるようになっていった。


「うまいな。もうコツを(つか)んだんじゃないか」


「……ほんとに?」


「本当だ。オレが保証する」


 その言葉に、リュミは自然と笑顔になった。

 うれしさが込み上げて、カゴをぎゅっと抱きしめる。


 夕暮れが近づくころには、二十本ほどの薬草を見つけられた。


 最初はたったひとつ。それが、今ではこんなにもたくさん。

 量こそ多くはないかもしれないけれど、リュミにとっては、どれも宝物のように大切な収穫だ。


「今日はここまでにしようか」


 パッロが声をかけると、リュミは静かに頷く。


「うん……いっぱいとれた」


「そうだな。最初はひとつだけだったけど、もう二十本だ。立派な収穫だな」


「……えへへ」


 頬を赤く染めながら、リュミは満足げに笑う。

 自分の手で摘んだものが、こんなに誇らしいなんて。

 喜びは胸いっぱいに膨らんで、体の芯まであたたかくしてくれたのだった。


 ***


 一方そのころ――。

 少し離れた木陰に身を潜め、エルドは無言のままふたりの様子を見つめていた。

 腕を組んだまま微動だにせず、その瞳には複雑な色が浮かんでいる。

 への字に結ばれていた口元は、次第にきつくとじられ、やがて一文字になる。


「……なぜだろうな」


 ぼそりと独り言がこぼれる。


「どうして、あんなことを言ってしまったんだ……」


 エルド自身にも、理由はわからなかった。

 帰れと言えば、リュミはきっと素直に帰ったはずだ。それなのに、なぜ「働け」などと言ってしまったのか。


 リュミが笑う。

 その顔が妙にまぶしくて、目を逸したくなるほどだ。


 小さな花を摘んで、心からうれしそうに。まるで、それが世界で一番尊いもののように。

 その笑顔を見ていると、胸の奥がざわつく。苦いような、あたたかいような――感情の名前が、どうしてもわからない。


「……チッ」


 小さく舌打ちして、背後の木にもたれかかる。

 だが、視線はどうしても逸らせなかった。

 どれだけ目を逸らしたくても、どうしても、彼女の姿が焼きついて離れない。


お読みいただきありがとうございます!


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