終焉の魔獣と影の落ちこぼれ
「お前にはガッカリだよ、アレン」
幼少期に父から告げられたその一言が、俺の心には永遠に棘となって巻き付いていた。
忘れたい。しかし、決して忘れられない一日。
〜〜〜
「おはよう、アレン!入学式早々から寝坊しないで!」
朝っぱらからハキハキとした声を出しながら隠れもせずに人の部屋に侵入してきた不審者が現れた。
もちろんそんな人物、世界広しどこの世に1人しかいない。
「まだ6時だぞリン...せめてあと1時間は寝かせろ…」
そう。幼馴染のリンだ。
「私は登校が早いのは知ってるでしょ?アレンも中学の時みたく私と登校するよね?」
「中学と同じサイクルなら行ったさ..でもいつもより1時間半も早いと起きれないよ..」
「今日は仕方ないじゃん。なにせ...」「新入生代表なんだろ?知ってるよ…
リンは俺と違って優等生だからな」
『落ちこぼれの俺と違って』、口から出かけたその言葉を飲み込む。
言ったところで変に気まずくなるだけだから。
でもせっかく飲み込んだ言葉も、リンにはお見通しの様だった。
「違...アレンは落ちこぼれなんかじゃ...」
「いいよ。お前がそう思ってくれてるだけで救われてる。
一緒に登校しよう」
俺は重くなる空気を誤魔化す様、努めて明るい声を出した。
…リンは、まだあの時のことを引き摺ってるんだな。
〜〜〜
そんなこんなで2人で『タービュレンス魔法学園』へと登校した。
やはりというべきか、本来の登校時間より1時間以上早く学校に来る生徒はかなり少ないらしく、俺たちの他に登校している生徒は居ないようだ。
学校に着き、掲示板を見る。
ここには生徒のクラス分けが記されているのだ。
とはいえ、このタービュレンス魔法学園は完全実力主義であり、普通の学校とは違って実力順にAからEのクラス分けが為されている。
もちろん入学試験でトップの成績を取ったリンはA組、それも主席だった。
対する俺はE組と、5クラス中の最底辺だ。
まぁどっちもわかりきった結果と言える。
むしろ見にいく必要があったのかも謎だ。
俺はリンと職員室前で一旦別れて、E組教室で机に突っ伏して入学式までの時間を過ごして居ると
「や、始めまして~!さっき君主席の子と登校してたよね~?」
突然何もない空間から声が聞こえた。
「隠密魔法...か?」
俺がそう呟くと同時に、声のした方向から人が現れる。
金髪吊り目で細身の男だ。それがニヤニヤしながら俺のことを見ている。あの目を俺はよく知っていた。
…好奇の目だ。
「あったりぃ〜!よく知ってるねぇこんなマイナー魔法!みんなだいたい屈折魔法と間違えるのにぃ」
「わかるよ。足音も気配も感じなかった。
…それと校内で許可なしの魔法使用は校則違反じゃなかったか?」
「バレないバレない、それに新入生だから知らなかったで済む話さぁ」
「ま、俺も生徒会でもなんでもないしそんな厳しく言うつもりもないけどな」
「そうしてくれると助かるよぉ…
ついでに質問にも答えてくれると助かるんだけどなぁ?」
「リンと登校してたって話か?ただ幼馴染だから一緒に来ただけだよ」
「へぇ、幼馴染ねぇ?」
俺が答えると、男の好奇心はさらに燻られた様だ。
しかも、その好奇心の向く先はリンではなく……俺だ。それがまた、気味が悪かった。
「主席の子ってさぁ、“あの”名門ホロウ家だよねぇ…そんな子と幼馴染って事は、君も名門出身?でも僕、君の事見た事ないんだよねぇ…君、何者ぉ?」
「別に、ただの落ちこぼれだよ」
ホロウ家。“虚属性”を代々受け継ぐ名家で、数多の名だたる魔法師達を輩出してきたエリート一族だ。
その中でもリンは、“最高の才能”とまで評されている、本物の天才にして優等生。
落ちこぼれの俺とは大違いだ。
「最近流行りの『目立ちたくないからって実力を隠してる最強主人公』みたいなムーブだったりする?」
「フィクションと現実くらい見分けてくれ。
それに、目立ちたくないなら最底辺のE組になんて所属しねぇよ」
「うーん、一理あるねぇ。
じゃあ、そろそろ登校してくる子達も居るだろうし、僕は教室に戻るよぉ。
じゃあね、アレン君」
そういうと男は再び隠密魔法を纏って去っていった。
あとに残るのは静寂のみだ。
「……E組じゃないのかよ...
というか…アイツ、俺の名前知ってるじゃねぇか」
入学早々から面倒な奴に目をつけられたかもしれない。気が重い。
〜〜〜
静まり返った講堂に、コツ、コツ、と規則正しい足音が響き、一人の女性が壇上に姿を現す。
膝まで伸びる、流れるように美しい紫色の髪。
特徴的ながら、華やかにして荘厳な雰囲気のドレス。それすらも、彼女の完璧な美貌を前にすればただの装飾に過ぎないと感じさせられる。彼女こそがこの学園の理事長にして、世界最高位である王級魔法師が一人、ヴァネッサ・マニプルその人だった。
20代前半程度にしか見えないその若々しい容姿と、その妖艶な雰囲気に講堂の空気が僅かにざわついた。その整った容姿に釘付けになる生徒もいれば、ただ圧倒されて息を飲む者もいる。——無理もない。彼女は、“生きる伝説”なのだから。
1000年以上前にあの“古代魔獣”達と戦い、そして現代まで生きる唯一の人物。そして、この学園の創設当初から理事長を務め、数多くの伝説的な魔法師を輩出し続けた、正しく至高の魔法師。
「皆さん、ようこそ我が〈タービュレンス魔法学園〉へ——」
彼女の凛とした声が、講堂全体に響き渡る。挨拶は簡潔に、それでいて威厳に満ちていた。生徒たちは皆その姿に見惚れながらも、自然と背筋を伸ばす。
……ただ一人を除いて。
〜〜〜
(……長いな、入学式)
校長、教頭、生徒会長、続いて新入生代表を務めるリンのスピーチ。流石にそろそろ式も終わるだろうと思っていた頃に、新たに理事長の挨拶。
あまりにも話が長すぎる。欠伸を噛み殺す側の身にもなって挨拶して欲しい。そうすれば幾分か式の時間も縮まるだろうに。
(……いや、俺の目的が他の生徒達と違いすぎるのが悪いか…)
周囲の生徒達は俺と違って皆目を輝かせて理事長の挨拶を聞いている。落ちこぼれのレッテルを貼られたE組の生徒ですらそうなのだ。
ここに通う誰もが魔法の道を極める為に入学したにも関わらず、俺は……俺だけは、とある研究の為に入学した。
だからだろう。魔法を極める為の姿勢や新生活に向けての話などに、俺がこんなにも興味を持てないのは。
とうとう漏れ出た欠伸の瞬間、理事長と目が合った気がした。
(…理事長があの時のことを覚えてないといいんだが……)
〜〜〜
新入生への挨拶の最中、僅かに視線を彼へと注ぐ。
(……ふうん…やっぱり、あれは“隠して”いるのね)
見間違いではなかった。余りにも自然過ぎるが故に、最初は気がつけなかったけれど。
壇上での挨拶を終え、私は講堂の裏手に設けられた控室へと戻る。
側近である教頭を除いて人払いされているのを確認し、私は緩かに椅子へ腰掛けた。
「理事長、お疲れ様でした。毎年ながら、堂々たるご挨拶でした」
「ありがとう。ところで教頭…いえ、テオドール?」
理事長としてではなく、ヴァネッサとして。
教頭ではなく、側近である事を強調してその名を呼ぶと、テオドールは僅かに表情を固めた。
「はい、どうか致しましたか?ヴァネッサ様」
「1年E組に、少し変わった子がいたわ。常に魔法を維持している子よ」
「……え?」
テオドールの目が大きく見開かれる。
「ご冗談を。E組に魔法をそんな長時間維持できる様な生徒はいなかったかと。魔力量や魔力操作係数からも——」
「ええ。例年通り、E組の測定値は学年平均を大きく下回っていたそうね。だからこそ気になったのよ。
新入生入場の時には既に魔法の維持を始めていたわ。もしかしたら、もっと前からかも。
でも外部に魔力が漏れ出ていない、身体強化の様な…いえ、何かを抑え込んでいる様に見えたわ。」
「……何かを抑え込んでいる、ですか…」
「ええ…でも、私にも“何の魔法か”までは判らないの。こんなこと、随分久々だわ」
「ヴァネッサ様にして、魔法の種類を判別できないとは……それはつまり、術式の気配すら抑えられているということ。仮にその生徒が“気配を隠したまま常時魔法を維持”していたとすれば…
——それは既に、王級魔法師とも遜色ない実力ということになりますね……」
「ふふ…テオドールが驚くところを見るのは久しぶりね?」
数百年ぶりの予想外に心躍り、つい表情が和らいだ。
ふと、脳裏に記憶が蘇る。
《ヴァネッサ様、我が子が神童と呼ばれていまして。名は……》
(そういえば昔、“神童”だと紹介された子がいたわね。あの時の子供なら、今頃がちょうど学院に入る歳だけれど──)
どこかで見たような黒い髪。誰もが自然と視線を向ける私に、興味無しと言わんばかりのあの目線。
「……はて、なんて名前だったかしら?」
……その記憶へ触れるには、何かが僅かに足りなかった。
〜〜〜
『——続いて、新入生代表の挨拶です。
新入生代表、リン・ホロウ』
「はい!」
とうとう私の番が来てしまった。
緊張を誤魔化す様に、台本の内容を脳内で反芻しながら立ち上がる。
その瞬間、私は強烈な視線を感じた。
大多数が向けてくる好奇の視線ではなく、睨まれる様な感覚。
振り返ると、金髪の少女がこちらを見ていた。
綺麗に巻かれた縦ロール。確か…ガーネスさん、だっけ?
(……すごい視線。睨まれてるってほどじゃないけど、なんだか、刺さる……)
少しだけ身震いしながらも、スカートの裾を軽く整えて壇上へ向かう。
(……もしかして、成績の件かな。確かあの人、学年2位だって聞いたけど……かなり負けず嫌いそうだし、また勝負でも挑まれるのかな。ちょっと、面倒かも)
けれど、そんな事を気にしている暇もなかった。
極度の緊張から、自然と唾を一つ飲み込む。
壇上に上がると、全員の視線が自分に集まった。けれど……
(……やっぱり、アレンだけは眠そう。
アレンらしいなぁ……)
会場の後方で欠伸を噛み殺すアレンを、私は見逃さなかった。
彼のことを想うと自然と笑みが溢れ、勇気が湧いてくる。
〜〜〜
入学式も終えて講堂を出ると、突然クラスメイトから話しかけられた。
「新入生代表の挨拶、お疲れ様!
あ、あたしミーナ。ミーナ・クロード!リンちゃん、入学試験であのガーネスさんを抑えて1位だったんでしょ?すごいなぁ!」
「あはは、ありがとう。でも、今回はたまたま私が勝てただけで…A組のみんなもすごい優秀だし、次はわからないよ」
社交辞令の様な挨拶に、表面的な言葉で返した。この子達は“私”を見ているんじゃなくて、“新入生代表”を見る目をしてる。
それがどうにも気味が悪い。
(アレンと同じクラスだったら、楽なのになぁ…)
自然とアレンに思考が移る。けれど……
(…アレンは、私のせいで……
あの時、私があの部屋を開かなければ……
彼本来の実力なら、Aクラスは……いや、私なんかよりも遥かに……)
暗い記憶が、心に影を落とす。
思考が罪悪感に囚われ、クラスメイトの言葉が耳からすり抜ける。
にも関わらず、何故かその耳元で囁く様な小さな一言が、どうしようもなく耳に残った。
「君の幼馴染、決闘を挑まれてるよぉ?」
「……えっ?」
驚いて振り返った時、そこに声の主の姿は無かった。まるで最初からそこにいなかったように。
(……なに、今の……でも、それより)
「アレンが……決闘……?」
一気に血の気が引くのを感じた。
(ダメ。今のアレンは本気が出せない…なのに、そんな状態で誰かと決闘なんて……!)
スカートの裾を握りしめ、私はすぐに走り出した。
今度は、私が守る番だから。
〜〜〜
リン・ホロウ。入学試験で満点を取り、学年主席の座を欲しいがままにする方。
この学校の入学試験は、クラス分けの意図もあり満点を取るのは非常に難しい。
筆記試験、魔力量、魔力操作技術など…どれも満点を取れない前提の試験となっている。彼女が素晴らしい才能と並外れた努力を重ねて来たことは疑いようもない事実だろう。尊敬すべき人物だ。
それでも。
(わたくしだって…わたくしだって血の滲むような努力はして来ましてよ…!!)
わたくしは幼い頃から努力だけは惜しまなかった。火属性の名門、フレア家に産まれながら、わたくし自身は……
……両親はそれでも良いと、自慢の娘だと言ってくれたけれど。
それでも。だからこそ。フレア家の跡継ぎとして誰にでも誇れる様に、他の誰よりも努力を重ねて来たつもりだった。
それなのに。 1位になれなかった。わたくしは、同学年の方に敗北してしまった。
次こそは必ず勝つ。勝って、わたくしの努力を証明する。
その為には、リンさんにライバル宣言をしなければ。
わたくしが一方的にライバル視して勝つ為に努力しても、平等じゃない。
相手にもライバルとして認識して頂き、共に勝利へ向けて努力する。そうでなくては、いくら勝とうと何の意味もない。
ただの独りよがりで勝っても、それは“勝負”とは呼べないのだ。
ライバル宣言をする為にも、少し早く登校してリンさんとお話しを…と思っていた。
(とはいえ、1時間も早く登校するのは少しやり過ぎましたかしら…?)
閑散とした通学路に孤独感を感じ、ほんの少し早起きを後悔する。
けれど、今日の目的のため。そのような感情に構う暇などないのだ。
入学試験2位。わたくしの目標とは程遠いものの、間違いなくA組の成績だ。クラス分けの掲示板など見るまでもない。
(あら?あれは…)
掲示板の前に1組の男女が立っていた。
この時間に登校する生徒が、わたくし以外にもいらっしゃるとは。
少し意外に思い、自然と視線を向けてしまう。
——その時、わたくしの直感が囁いた。
あの女子生徒こそが入学試験の首席、リン・ホロウだと。
立ち姿、魔力の質、そして……外部に溢れる魔力量の少なさ。
(ズバ抜けて魔力操作が上手い……
間違いありませんわ。あの方こそ、入学試験満点の……)
無意識に漏れ出た嫉妬への罪悪感か、いつの間にかわたくしは物陰に身を隠していた。
(何をしていますの、わたくし…!
勝負を……ライバル宣言を、しなくては……)
その時、ふと気がついた。
リンさんと共にいる男子生徒。彼は——
——E組の欄を、見ていた。
先程の嫉妬とはまた違う負の感情が、心をざわつかせる。
(なにをしていらっしゃるの、リンさん。あなたほどの方が、どうして……
どうして、大した努力もせずに、落ちこぼれの立場に甘んじるE組と共に居るのです……ッ)
あれ程の才能を持つ方が、堕落の一途を辿る落ちこぼれと共に居るなど許せるはずがない。
もし、あの落ちこぼれに吊られてリンさんが堕落していったなら。宝の持ち腐れにも程があるだろう。彼女ほどの優秀な方は、他の優れた者と切磋琢磨するべきなのだから。
E組に甘んじるような生徒は、大抵優秀な者の足を引っ張るのだ。わたくしは何度も見てきた。教わる事を求めながら、課題の答えのみを求めて表面的な成績だけを気にする者達を。
他人の努力も想像しないで、勝手に才能だけを言い訳にして陰口を叩き他者を妨害する者達を。だからわたくしにはあの落ちこぼれに思い知らせる義務がある。リンさんの足を引っ張る愚かで怠惰なE組に。
〜〜〜
長かった入学式もとうとう終わり、ついに帰れる時間がやってきた。
周囲は部活勧誘などで賑わっているが、そんな中俺は気配を消しながら直帰していた。
俺のような日陰者に、キラキラした青春は似合わない。
(それに、今後の研究を考えるとそんな時間もないしな)
人の群れをすり抜けてどうにか校舎の外に出ることに成功し、ホッと一息ついた。
校舎の外にはほぼ人がいない。どうやら直帰するような生徒は俺だけのようだ。
(とっとと帰って昼寝でもするか…)
そんな事を考えながら帰ろうとしたその時だった。
「そこの貴方!!!」
「うぉっ…びっくりした、なんだよ…」
校門前で仁王立ちしていた生徒がデカい声で話しかけてきた。
(なんだこの金髪ドリルヘッド…)
明らかに命を刈り取る形をしている。あれ突き刺さったら死ぬだろ、武器として活用でもする気なのか?現実にこんな髪型のテンプレお嬢様存在する時点でまずびっくりだわ。創作の中住民だけだと思ってた。
…というか。
「人違いだと思うぞ。俺はアンタのこと知らないし」
「いいえ、間違いありませんわ!!!貴方、今朝リンさんと一緒に居ましたわね!!!!」
あぁ、リン関係か。面倒臭いなぁ……
「まぁ、居たけど。それがなんだよ、金髪ドリルヘッド」
「ドリルヘッ……なんですのその呼び方!!!
ガーネスですわ!!ガーネス・フレア!!!誇り高きフレア家の…」
「知らん知らん。というかそういうのはリンに直接やってくれよ、めんどくせぇ。
リンに話繋いでくれとか、紹介してくれとか、付き合ってんの?とか、果たし状を渡しといてくれとか……」
「なんの話してますの?!違いますわよ!!」
「ともかく、俺はリンの伝書鳩じゃねぇんだよ。
別にそんなん頼まれたって俺に果たす義理ないからな?俺とリンはただ幼馴染だから。じゃ」
「幼馴染…なるほど、そうやって何年もリンさんの足を引っ張り続けてきましたのね…!
なおさら許せませんわ!!貴方、わたくしと決闘しなさい!!!」
(……ああ、そのタイプか……はいはい)
…うん、1番最悪なパターンだな。
〜〜〜
そうして俺と金髪ドリルヘッドは訓練所に向かう事になった。
生徒同士の決闘や魔法実技の授業で使う場所だそうだ。
「わたくしガーネス・フレアは、アレン・シュヴァルツに決闘を挑みますわ!」
「あー、アレン・シュヴァルツ、決闘を受け、全身全霊で戦う事を誓います」
戦うのは面倒だ。しかし俺の経験則では、こういう輩を相手取る時、拒否すると後々もっと面倒な事に遭う。
どうせまともにやっても勝ち目はないし、適当に痛くなさそうなのを一発食らって負けを認め...
「アレーン!!何やってるの!!」
訓練所に大きな声が響く。リンの声だ。
「決闘に負けたら平常点引かれるんだよ?!E組のアレンが入学式早々に決闘して負けでもしたら、問題起こしてA組がそれを咎めたみたいに認識されて一学期で落第って可能性まで...」
「えっ?」
……えっ???
いや初耳ですけど??
え?何?このドリルヘッド当然みたいな顔してるけど?何コイツ知ってて挑んだの?やばコイツ…
真面目にやる気なんてサラサラなかったが、落第の危険性があるなら勝つしかないじゃないか。
「あらリンさん、ご機嫌よう!!声を張り上げるなんとはしたないですわね、オーッホッホ!!!」
「君のがよっぽど声大きいじゃん!」
「助言なされた所申し訳ありませんが、アレンさんは既に勝負を受けてしまいましたわ!今から逃げても不戦敗になりましてよ!」
「やり方が悪徳商法みたいだな…」
「あら、ご存知ない貴方が悪いのではなくて?
ご安心なさってくださいまし。わたくしも鬼ではありませんわ。もし貴方がわたくしに一発でも攻撃を当てる事が出来れば、貴方の勝ちで構いませんことよ?」
それは近づける気もないって意思表示にしか聞こえないんだが…
なんて考えてる内に、試合開始のホイッスルが鳴った。
それと同時に
「【火球魔法】、展開ですわッ!」
ゴッ…という音と共に、直径1mを優に超える火球が、俺の頬を掠めて飛んでいく。
直後、背後からの爆風で俺は思わずよろめいた。
「初級魔法でこの威力…冗談じゃない…」
いや、威力だけじゃない。
俺の真横を正確に掠める軌道。あれは、“狙って外している”のだ。
それだけ正確な操作精度、魔法の展開の速さ。どれを取っても一流の魔法士と遜色ないレベルだ。
それでいて、あのドリルヘッドは当然と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべている。
「あら、外してしまいましたわ」
「よく言うよ、あえて外した癖に」
ボヤきながらも魔法を展開しようとするが、ドリルヘッドは後出しで俺より早く魔法を放ってくる。
そうなると俺は展開中の魔法を放棄して回避せざるを得ない。
(後撃ちで攻撃魔法って…どんだけ展開速度に自信あるんだよ…!
くそ、弾速が速い…それに加えて…)
「“多すぎる”ッ…!」
次から次へと飛んでくる火球の嵐。
反撃の意思など、一瞬で磨り潰された。
…分かりきっていた事だが、一方的な勝負となった。
…いや、これはもはや勝負とすら言えない。
“蹂躙”だ。
針の穴を通す様な精度と、一撃でも喰らえばそれで勝負が決する破壊力が次から次へと降り注ぐ。近づく事は愚か、魔法を展開する余裕すらない。
攻撃魔法の弾幕への対処は、結界魔法で防いでこちらも攻撃魔法の弾幕を展開するのがセオリーだが……
あの実力を持つ相手と撃ち合えるような出力があれば、俺は落ちこぼれをやっていない。
何より、肝心な結界魔法を展開する余裕すらないのだ。
俺には、必死で火球の弾幕をなんとかして躱し続けるしか手がなかった。
だが、そんな一方的な蹂躙に見える戦況も、だんだんと傾いてくる。
「どうして..どうして当たりませんの?!
どういう身体能力してますのよッ?!」
ドリルヘッドが展開する炎魔法は初級魔法だけあって燃費はかなりいい筈だが、それでもこの速度で連射をすれば魔力残量は目減りをしていくだろう。
対する俺は魔力を未だに使っていない。こうも一方的に消耗させられ続ければ、精神的余裕はすり減っていく筈だ。
加えて俺は、ここまで避け続ける事であのドリルヘッドの癖を見抜き、回避に余裕が生まれてきた。
(あいつ、発射精度はかなり高いけど…
そもそも動くものを狙い撃つのが苦手っぽいな)
いや、考えてみたらそりゃそうだ。撃ち合いがセオリーの中、身体能力に任せて避けまくるなんて普通じゃない。
それに、火球自体や土煙で狙いも付けづらいだろう。
むしろ位置を推測し、回避ルートを上手く狙う様な撃ち方をしてるアイツは、かなり柔軟に対応できてるとすら言える。
(まぁ、俺は落ちこぼれなんでね。
落ちこぼれらしく、邪道を突っ走ってやるさ…!)
回避に余裕が生まれた以上、魔法の展開準備を進めた。
……それは、攻撃でも、結界でもない。
正面から力比べなんて王道は、とうに諦めた。
(…今だ)
魔法の展開準備を終えた俺は——あえて真っ直ぐドリルヘッドへと突っ走った。
ドリルヘッドの瞳が、一瞬血迷ったのかと言わんばかりに大きく見開かれるも、すぐさま火球が放たれる。
爆発音。そして砂煙越しに倒れる人影。
「当たりましたわ…!これでわたくしの勝ち」「はい、タッチ」
「ですわ…え…?」
火球が直撃した筈の俺が、背後からガーネスにタッチしていた。
俺が用意していた2つの魔法、それは隠密魔法と土の塊を作る魔法だ。
火球が当たるその瞬間、人型に装した土の塊を盾にしながら隠密魔法を展開した。
火球の直線上に居れば当たる瞬間は見えない。
だからこそ、アイツは俺が“当たった”と信じた。
隠密魔法は無警戒から見抜くのはほぼ不可能だ。
——つまり、場を整えて魔法を起動した時点で俺の勝利は決まっていた。
「なぁ、一発でも当てられれば俺の勝ち、だったよな?」
「…ッ…そんな...わたくしが…わたくしが...!」
「負けましたわ~~!!!!!覚えてなさいまし~~~ッッ!!!!一昨日きやがれですわああああああ!!!!!!!!!」
うるっさ...
次の日、入学式早々に学年1位を待ちせて学年2位をボコボコにしたE組という噂が流れ、俺は一躍有名人となってしまった。チクショウ。
〜〜〜
入学式の次の日、新入生ガイダンスからの帰り道のことだった。
「いやぁ〜、君すごいねぇ〜?」
何もない空間から声が聞こえる。
「…また、お前か」
隠密魔法が解除され、目の前に男が現れた。
俺の予想通り、声の主は昨日教室で話しかけてきた奴だった。
その表情は、新しい玩具を手に入れた子供の様に笑顔で、どこか不気味だ。
「ジェイだよぉ、前は名乗り忘れちゃってごめんねぇ~?」
「…あの決闘、見てたんだな。噂を流したのもお前か」
「いやぁ、バレてたかぁ〜」
「入学式の日は殆どの生徒が部活勧誘会に行っていた。俺は部活なんて面倒だから直帰しようとしてそこで捕まったが、他に直帰した奴は居なかったし、俺がドリルヘッドに絡まれてるのを見た生徒も当然居ないはずだ。当然、現場が見られていなければ訓練場になんて誰も行かない。
結論、お前はずっと俺かドリルヘッド…もとい、ガーネスを隠密魔法で追っていたな?
そしてリンがあの場に来たのも不自然だ…
お前が伝えたんだろ?」
「全部お見通しってわけかぁ…へへへ…
君、本当に面白いねぇ。名門フレア家の、“あの”ガーネス嬢をも打ち破ったE組……
ドが着くほどにマイナ一な魔法、隠密魔法を君が何故知ってるのか少し疑問だったけど……
あの戦いを見てわかったよぉ。君も使えるんだね?」
「だからなんだよ。そんなにE組が隠密魔法を使えるからって気になるか?」
「いやぁ?それだけだったら別に気にならないよぉ…
でもねアレン君、君は隠してる事がたっくさんあるよねぇ?
例えば……名門シュヴァルツ家の1人なのに、僕は君を今まで見たことがない。近い世代の優良株は大体顔まで見てきたつもりなんだけど、君は名前も初めて知ったなぁ。
それに、シュヴァルツ家は闇属性の一族だ。
人間なら誰しもが自身の属性以外の魔法は初級しか使えないのに、影属性高位の隠密魔法を使えるのはおかしいなぁ……
君は一体何者なんだい?アレン君」
「…知るかよ」
「そうも隠されると、無理矢理にでも暴きたくなっちゃうなぁ…君の秘密……」
「気持ち悪ぃ…いちいちカンに触る言い方しか出来ないのか?お前は…」
「あははぁ、フラれちゃったなぁ…」
ニヤつきながら人の地雷を踏み抜き続けるジェイに、いい加減ウンザリして来た。
もうその場から立ち去ろうとした、その瞬間。
「ああ、そうだ、アレン君」
突然、ジェイの表情が人形の様にストンと抜け落ちる。
「明日、気を張っといた方が良いかもね?」
「…どういう意味だ」
「さあね。それじゃあアレン君、またいつか会おう」
謎の言葉を言い残し、ジェイは再び虚空へと溶けていった。
(一体何が目的なんだ、アイツ…
……なにか、胸騒ぎがするな)
〜〜〜
ああ、謎に溢れるアレン君。僕の心は今、君に釘付けだぁ。
だが残念。我らが“キング”は混沌をお望みらしい。
でもきっとまたいつか邂逅の時は来る筈だ。なにせ僕の直感がそう囁いている。
『下らない学生ごっこは終わりだ。《革命》の準備をしろ、“ジョーカー”』
「はいはい、わかったよぉ、“エース”。
全く、君はせっかちだねぇ……」
僕の直感は当たるんだぁ…
〜〜〜
次の日。今日から授業が始まったのだが、どうにも眠くなる。
授業というのはいつもそうだ。面倒極まりない。
加えて周りからは常に好奇の目を向けられている現状、多少はマシとなる授業中は数少ないリラックスできるタイミングでもある。
眠くなるのは仕方がない。そうやって自分に言い訳をして、うつらうつらと船を漕いでいたそんな時だった。
ピシィッ....バシャアアンッ!!!
何かが割れたような音が空間そのものから鳴り響き、同時にけたたましいアラート音が鼓膜を叩く。
教師が学園の保護魔法が破壊されたと叫び、一拍置いて巨大な何かが落ちた様な音と、教室が…いや、校舎そのものが真っ二つに分けられる。
そして、二つに分けられた校舎の隙間から、巨大な顔が覗いていた。
鼻はなく、適当に二つ点を置きましたとでも言わんばかりのシンプルな目。ギザギザとした亀裂があるだけの口。まるで地面そのものが起き上がったかのような茶色い体とそこから生えた木々や苔。ずんぐりとした寸胴短足の身体とそれに見合わぬ長い腕。
ここまでならば、幼稚園生が書いたただのお絵描きレベルだ。だが、その稚拙さが逆に不気味だった。
そして何よりも。その巨体が。起きた被害が。ここを現実であると俺の脳にまざまざと思い知らせてくる。
その大きさはもはや計り知れない。高さだけも50mは下らないだろう。
警鐘を鳴らし続ける本能に従い、竦む脚へと鞭を撃って割れた地面から飛び降りて教室から逃げ出す。
ワンテンポ遅れてそこに巨人の腕が振り下ろされ、凄まじい衝撃波が俺を襲った。
訳もわからず俺は枯れ葉のように吹き飛ばされる。
そして。
振り返るとそこには、何も残っていなかった。
背筋に氷塊でも入れられたかの様な悪寒に襲われる。有り得ない。冗談じゃない。
あと数瞬でも遅ければ。もう少し脚が疎んでいたら。俺もあそこで消し飛ばされていた。
「アレン、こっち!!」
声の主はリンだった。他にもガーネスを始めとしたA〜C組達が居た。恐らく防御魔法で衝撃や瓦礫を防ぎつつ抜け出せたのだろう。
だが、あの手のひらが潰した部分の教室...つまり、D、E組は2、3年を含め全員…
いや、それどころではない。逃げなければ。一刻も早くあの化け物から逃れなければ。
俺が駆け出すと、残った生徒達も追従するように一斉に逃げ出す。
「リン、無事だったか…!あれは一体なんなんだ?!」
「わからないよ!」
「学園を超えるあの巨大…封印された筈の古代魔獣【タウラス】と、特徴が一致しますわ…」
「古代魔獣って…あの12体の…?!なんで封印が解けてるんだよ…?!」
「知りませんわよ…!わたくしが聞きたいくらいですわ!!」
「とにかくみんな逃げよう…!どこかで…きっと王級魔法士達が来て倒してくれるはずだから…!!」
「どこかって...何処だよ」
足が止まる。釣られてリンとガーネスの足も止まった。
恐怖に染まり切った脳に、一筋の冷静な思考が流し込まれる。
「え?」
「リン…1000年前の魔法士達が大勢の犠牲を出しながら死に物狂いで封印した古代魔獣を…王級魔法士とはいえ倒せると本気で思ってるのか?」
「ッ...」
そうだ。倒せる訳がない。魔法士に...いや、人間にアレを倒すなんて不可能なんだ。
「でしたらどうしろと仰るのです?!逃げてもダメ、立ち向かっても倒せない!!
ならこのまま大人しく踏み潰されると?!」
悲鳴染みた声でガーネスが叫ぶ。
そうだ。人間に、あれが倒せないのなら……
「違う。俺が...俺が倒す。」
「はぁ?!貴方はさっき王級魔法士でも勝てないと仰いましたわよね...?!」
俺の言葉に、リンはすぐさま俺の意図を察した様だった。
「ダメだよアレン…!!アレは..あんなのの方を使っちゃいけない...!!」
リンが俺の肩を揺する。それを俺は振り払った。
「ガーネス、リンを連れて離れろ…
とっておきがあるんだ...確信はないけど、多分、他のどの選択肢よりも俺たちが生き残れる可能性の高い方法が…!!」
話しているうちにも、刻一刻と意思を持つ災害が近づいてくる。
古代魔獣タウラスが悪戯に振り抜いた手は、積み木を崩すかの様に容易く校舎を粉砕し、次に訓練所へと足を運んで跡形もなく踏み潰した。
(リン、ごめん)
俺は心の中で謝罪を残し、タウラスへと向けて大きく跳躍する。
「アレン、ダメぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「【解放】ッッッッ!!!!!!」
「【ケツ毛アポカリプス】ッッ!!!!」
俺はパンツを下ろしてケツ毛を露わにし、タウラスは膨大なケツ毛の影に呑み込まれる。
そして俺は公然わいせつ罪で逮捕された。
完。