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無属性魔法が最弱?なら合成して最強にしますね

作者: 軌黒鍵々

 「火」「水」「風」「土」——この世界では、これらの属性魔法こそが力の象徴だった。爆炎を操る炎、海をも従わせる水、嵐を呼び起こす風、そして大地を揺るがす土。


 どの属性も、それぞれが強大な力を秘めており、冒険者になるためには必須の能力とされていた。属性魔法を極めることが、最強の証明であり、生き残るための絶対条件だったのだ。


 逆に全く価値がないとされたのが“無属性”の魔法だった。

 火も水も風も土も持たず、何の特性もない中途半端な力。

 攻撃力は低く、補助にも回復にも向かない。まさに“器用貧乏”の象徴。



 そして、俺——レオンもまた、無属性の魔法しか持たない「落ちこぼれ」だった。



 俺は父母の三人で何の変哲もない順風満帆な暮らしを送っていた。一つだけ不満なことがあったとしたら、両親がふたりとも冒険者だったことくらいだ。そのため家族三人で集まる機会はほとんどなかった。


 でも、家に帰るたびに聞かせてくれる魔法のような冒険譚はいつも俺の心を躍らせた。


 炎の竜を退けた話、深海の魔物と交わした契約、空を割って舞い降りた雷の精霊との戦い……。どれもが夢のようで、俺はいつしか自分も彼らのような冒険者になることを目指すようになった。


 でもそんな幸せな暮らしは俺が12になるときに終わった。いつものように親の帰りを待っていたら突然、その悲報が耳に入り込んできた。


 親が死んだ。死因は隣町に突如現れたドラゴンによる襲撃——そう説明された。


 その日から俺の人生は一変した。


 飯を食べるにしても、寝る場所を確保するにしても、すべてが“自分で何とかする”日々が始まった。


 親戚はいたが、どこか他人事のような対応だった。「冒険者の子だから大丈夫だろう」と、誰もが口をそろえて言った。むしろ「可哀想な子ども」という目で見られることが増え、俺はどんどん孤立していった。


 そんな時、俺が独りになった半年後のことだった。彼はアーヴィンと名乗った。ふとした偶然で出会ったのだが、年が同じだったこともあって、すぐに打ち解けた。妙に気が合い、価値観も近くて、まるで昔からの友人のように自然に会話ができた。


 アーヴィンは明るく、いつも前を向いていて、俺が沈んでいるときには何も言わず隣にいてくれた。彼との日常は、短くも確かな安らぎだった。俺にとって、彼はまさしく唯一の心の支えだった。


  ――しかし、そんな美味しい話がいつまでも続くはずはなかった。現実は、いつだって容赦なく、脆い幸福を引き裂いてくる。


 そして、状況はすぐに一変した。


 この世界では、毎年12月31日になると、15歳を迎えた者は教会へ赴き、「鑑定の儀」を受けなければならない。


 鑑定の儀――それは、その者が生まれながらにして持つスキルを明らかにする神聖な儀式。そして、そのスキルが、今後の人生を大きく左右することになる。


 たとえば、料理に関するスキルを持っていれば料理人に、攻撃に特化したスキルであれば冒険者に、治癒に関わるスキルならば僧侶として生きる道を選ぶことになる。


 15歳になった俺はアーヴィンに誘われ、二人で教会へ向かうこととなった。


 教会の中は、同じように鑑定の儀を受けるために集まった15歳の少年少女で溢れかえっていた。


 神父が名簿を手にし、一人、また一人と名を呼んでいく。そのたびに、呼ばれた者が壇上へと上がり、神前に設置された「水晶」に手をかざす。


 スキルのグレードは、上から順に S・A・B・C・D の5段階に分けられている。Sランクが現れるのは、5年に1人いるかいないかという希少さだ。ほとんどの人間は、Cランク前後が一般的とされている。


 加えて、スキルには「属性」が付随することが多く、属性は一人につき一つまでというのがこの世界の決まりだった。火や水、風、土、といった属性があり、その傾向によって適性職やスキルの活かし方も大きく変わってくる。


 呼ばれた者が水晶に手をかざすと、水面がぼんやりと光り、スキルの名前とランク、属性が浮かび上がるという仕組みだった。


 一体どういう構造なのか気になるな。


 「アーヴィン・クラウス!」


 神父の声が場内に響いた。


 アーヴィンは「行ってくる」と軽く手を振り、堂々と壇上へ向かっていった。その背中は、不思議と眩しく見えた。


 水晶の前に立ち、両手をそっとかざす。


 数秒の沈黙の後――水晶が突如、眩い金色の閃光を放った。


 「な、なんだ……!?」「金色!?まさか――」


 ざわつきが一気に広がる。金色の輝きは、Sランクスキルの証。会場中が息を呑む中、水晶の上にスキル名が浮かび上がった。


 《絶対属性》


 静まり返る空気の中で、誰かが小さく呟いた。


 「絶対属性……? そんなスキル、聞いたことない……」


 俺も思わず息を飲んだ。スキルの名前に込められた威圧感は、見た瞬間に肌で理解できるほどだった。


 神父が小さくうなずき、信じられないものを見たような顔で言った。


 「超錬成……この世の全属性の魔法を無条件ですべて扱い、支配する能力……。……間違いなく、Sランクだ……!」


 ざわめきがどよめきに変わる。どこからか歓声が上がり、誰かが拍手を始めた。


 壇上のアーヴィンは、最初こそ驚いた顔をしていたが、やがておどけたように頭をかき、いつものように笑ってこちらを見た。


 「……なんか、やっちゃったかもな」


 軽く手を振って、何事もなかったように俺の元へと戻ってくる。


 周囲の視線が一気に彼に集まり、誰もが憧れと羨望の混ざった目で彼を見つめていた。


 俺はその中心にいるアーヴィンを見つめながら、どこか現実味のない感覚に包まれていた。


 すごい。間違いなく、すごい。でも――


 (どうしてだろう。……心の奥が、少しだけ、冷たくなった気がする)


 そして、次の瞬間。


 「――レオン・フェルド!」


 俺の名前が呼ばれた瞬間、会場の空気がわずかに変わった。

 

 ざわ……と、微かなざわめきが広がる。



 “アーヴィンの友人”に向けられる、期待と好奇の混ざった視線。



 中には「次もすごいんじゃないか?」と囁く声すらあった。


 俺は無言で壇上へと上がる。アーヴィンの時とは違って、足取りがやけに重かった。


 正直なところ、不安しかなかった。


 水晶の前に立ち、震える手をゆっくりとかざす。

 ……数秒の沈黙。

 突如、光が灯る。だが――それは、くすんだ灰色の、弱々しい光だった。

 ざわめきがぴたりと止まる。

 水晶の上に、スキルの名とランクがゆっくりと浮かび上がる。


 《合成ごうせい

 【説明:合成可能】【無属性魔法】

 そして、その右下には――

 E


 ……Eランク。

 俺は、思わず目を疑った。

 その場で固まる。何も、考えられなかった。


 Eランク。



 そんなランク、聞いたことがない。しかも無属性魔法だと!? 無属性なんて何の特徴もない最底辺属性じゃないか。


 しかもスキルはSからDまでの五段階のはずだ。なのに、俺のはその下――最底辺の、存在すら疑われる等級。


 「E……? Eランクなんて……存在するのか……?」


 「合成? 説明……これだけ?」


 周囲から、戸惑いや失笑が混ざった声が漏れる。


 「なんだよ、合成って……しかも“合成可能”って、何ができるんだ?」


 誰かが笑った。


 会場の空気が、一気に冷たくなるのを感じた。


 俺の手は、かすかに震えていた。顔が熱い。視線を感じる。


 アーヴィンの視線も、どこか遠くから突き刺さるように感じる。


 神父は、困惑したように眉をひそめたが、やがて小さくため息をついた。


 「……戻りなさい。次の者」


 俺は足元を見つめたまま、壇上を降りた。


 何も言わず、何も考えず、ただ無表情でアーヴィンの隣に戻る。


 やがて全員の鑑定が終わり、神父の閉会の宣言と共に会場がざわつき始めた。


 喜びに沸く者。将来を語り合う者。中には、スキルに不安を抱きながらも仲間に励

まされている者もいた。


 でも、俺の周りには誰一人、いなかった。


 たまらなくなって、俺はアーヴィンのもとへ駆け寄った。


 「アーヴィン……! さっきは、驚いたよな……。お前のスキル、本当にすごかっ

たよ。まさかSランクだなんて……」


 必死に笑顔を作って、言葉を繋ぐ。


 「……でもさ、俺、まだ何ができるか分からないけど、きっと――」


 その瞬間、アーヴィンは振り返り、冷たい目で俺を見た。


 「……君、誰?」


 耳を疑った。


 「……え?」


 「いや、本気で。なんでそんな馴れ馴れしく話しかけてくるわけ? “合成”のEラン

クくん」


 周囲の視線が一斉に集まる。


 アーヴィンは、まるで最初から他人だったように、にこりと笑って言った。


 「ごめんね? 僕、弱い人とは関わるつもりないんだ。だって僕、Sランクの“超錬

成”持ちだから」


 そう言い放った彼の目には、もう俺に向けていたあの優しさも、親しみもなかっ

た。


 心臓が締め付けられるような痛みが走った。


 「……っ、アーヴィン……」


 何かを言おうとした声は、うまく出なかった。喉が塞がったようだった。


 彼はそのまま人混みの中へ消えていった。まるで、最初からいなかったかのよう

に。


 俺の唯一の友人。唯一の支え。唯一の“味方”。


 ……それすら、もういない。


 とうとう俺は、本当に独りになった。



 何も持たず、誰からも見下される“合成”のEランク。

 でも――


 (ふざけるな……)


 拳を強く握りしめる。爪が手のひらに食い込んでも、構わなかった。


 (こんなところで終わってたまるか)


 (スキルが何だ。ランクが何だ。合成が“何を”できるのか……自分で確かめてや

る)


 (たとえ誰に否定されようと、俺だけは……俺の力を信じる)


 震える唇で、小さく呟いた。


 「見てろよ……いつか必ず、この“合成”で……お前ら全員、見返してやる」


 その日、俺は初めて“誰にも頼らない覚悟”を決めた。


 絶望の中で、唯一残された、自分自身の力を信じることを――選んだのだった。



 あれから、3年が経った。


 人に裏切られ、笑われ、見下されても——それでも、俺は生きている。


 「《合成》——“木材片×4、鉄片×1、火魔石×1”……《クラフト・エッジ》」


 シュイン、と音を立てて、右手に一振りの剣が現れる。細身の片手剣。素材の質に比例して性能はそこそこだが、今の俺にとっては十分すぎる。


 「はぁ……やっぱ、燃費悪ぃな……」


 額に汗をにじませながら、俺は剣を構えた。


 この三年間——俺は、《合成》で“何ができるか”をひたすら検証していた。



 なんせ、スキルの説明欄には《合成可能》の一言だけだったからな。ステータス画面にも詳細は一切なし。合成できる素材の種類も、数も、法則性もまったく不明。


 だから最初の頃は、手当たり次第にいろんなものを突っ込んでは失敗して……魔力を空にして倒れてばかりだった。



 木と石を合わせてみればただの薪、鉄と布で意味不明なガラクタ、薬草同士でできたのは爆発する毒霧。法則なんて見えやしない。


 それでも、諦めずに検証を繰り返した結果、少しずつわかってきたことがある。



 どうやら《合成》は、「性質」を重ね合わせることで、新しい効果や形を持つ“道具”を生み出せるらしい。



 たとえば、〈布〉と〈ヒモ〉を合成すれば、紙袋ができあがる。



 ただし、合成には膨大な魔力を消費する。なんせ紙袋を作るだけで半分の魔力が持ってかれる。それがこの合成がEランクの理由だろう。今の俺の魔力量では、この細身の剣を一振り作り出すのがせいぜいだ。



 材料の組み合わせを試す余裕も、たくさん作る体力もない。


 だが、それでいい。焦る必要はない。


 じきに、材料さえ揃えば、この合成スキルはとんでもない力を発揮するだろう。


 「《鑑定》」


 無属性スキルの象徴、なんて言われるくらいには地味なスキルだが……俺にとっては、なくてはならない手札の一つだった。視界に現れた剣を見つめると、目の前に淡い青色のウィンドウが浮かび上がる。


 ―――

 【クラフト・エッジ】

 種別:片手剣

 攻撃力:38

 耐久度:45/45

 追加効果:火属性ダメージ【微】

 備考:木材片×4、鉄片×1、火魔石×1 による合成品。素材の質により性能変動あり。

 ―――


 「やっぱり、火魔石の効果が乗ってるな」


 火属性ダメージ【微】。この“【微】”ってやつがクセモノだ。体感で言えば、炎が刃に薄く纏ってる程度。雑魚相手なら多少の火傷は期待できるが、正面からの一撃で倒せるほどの威力じゃない。


 他に習得した無属性魔法はもう2つ。といっても、冒険者じゃなくても覚えられる魔法なんだが、どうやら俺には魔法の才能もないらしい。


【クイック】

 自身のスピードを上げることができる。速さは自身の魔力量に比例する。指折りの冒険者なら何倍にもスピードを上げることができるが、俺はせいぜい1.3倍くらい。正直本当に使い道があるのかすらわからない。


【筋力強化】

 名前の通り、自身の筋力を強化する魔法。本来は体全体の筋力を強化する魔法だが、俺は一部分の筋力を強化するだけ。これも実際に使う場面があるのかもわからない。


 机代わりの切り株の上に、まとめておいた荷物が置かれている。粗末な布で作ったリュックに、ひとつずつ選び抜いた道具を詰めていく。


 「三年分の研究成果……とは言っても、持っていけるのはほんの一部だけ、か」


 必要最低限の素材。魔石のかけら数個と、鍛冶に使えそうな金属片。それと、記録用のノート。雨に濡れても平気なように、何度も修繕したボロ布で丁寧に包んである。


 最後に、壁に立てかけてあった剣を手に取る。剣を元の素材に分解してリュックにしまう。


 あとは、俺の《合成》と《鑑定》――それだけが武器だ。


 長かった。


 この辺境の山奥で、独り、スキルの実験と自給自足を繰り返して三年。


 火を起こす術も、草を煎じて薬にする知識も、全部ここで身につけた。最初の一年は飢えに泣き、二年目は怪我に苦しみ、三年目でようやく、“生き残る”という感覚を掴んだ。


 人に見捨てられ、捨てられ、罵られた俺は、それでもいつか“冒険者になる”という夢だけは手放さなかった。


 「よし……行くか」


 足元の土を踏みしめ、街道へと続く細道に踏み出す。

 木漏れ日が差し込む林の中。見慣れた風景とも、これでしばらくお別れだ。


 街へ行く理由は、ただひとつ。


 冒険者登録。


 かつて、俺の父と母がやっていた職業。子供の頃、家に帰ってくるたびによく聞かせてくれた。炎の竜を退けた話、深海の魔物と交わした契約、空を割って舞い降りた雷の精霊との戦い……。——まるで魔法のような話だった。俺も、見てみたい。あの光景を。両親が聴かせてくれた魔法のような景色を...。


 森を抜け、見下ろす先に街の輪郭が見えた。あれが、冒険の街——ラグスティア。人も、情報も、魔物すら集まる交易都市。


「やっと……ここまで来られた……」


息を切らせながら、俺は休む間もなくギルドの門を押し開けた。


  ギルドの扉を開けた瞬間、ぐわっと音と匂いが押し寄せてきた。           

 騒がしい声、こすれる金属音、安酒のにおい。それに、なんだかわからない肉を焼いたような匂いまで混じってる。まさに「冒険者の集まる場所」って感じだった。       


 「……うわ、想像以上にゴチャついてるな……」                  


 ちょっとだけ気圧されつつ、俺はカウンターに向かって歩く。奥にいたオジサンが、こっちを見てニヤッと笑った。


 「お? 新入りか? 登録かい?」


 「あぁ、冒険者登録をお願いしたいんだが」


 「んじゃ、名前と年齢、それからスキルを教えてくれ。もし鑑定魔法持ちなら自分のステータスも書いてくれ。」


 カウンターのオジサンはすぐに一枚の用紙を引き出しから取り出す。俺は促されるまま、簡単な書類に記入していく。ペンの動きがちょっとだけ震えてるのは、自分でもわかる。果たして本当に入れるのだろうか。


------------------------

<冒険者登録用紙>

【名前】 レオン・フェルド


<スキル申告欄>

【鑑定】―――Eスキル



<所持スキル申告欄>

【鑑定】―――無属性魔法

【クイック】―――無属性魔法

【筋力強化】―――無属性魔法


 【レオン・フェルド】

 種別:人間

 攻撃力:30

 スピード:48                         耐久力:18

 知性:60

 追加効果:無属性攻撃、Eランクスキル

 備考:ただの人間

 ―――



 書き終えた紙を差し出すと、カウンターのオジサンは目を細めて一読し、そのまま「ふむふむ」と鼻を鳴らした。



 「自分自身でもわかってると思うが、このくらいは全員が所持している。というか……それが“前提”なんだよ。残念だが、これじゃあ生きていくことは難しいぜ」



 言葉は穏やかだけど、はっきりとした“線引き”がそこにあった。



 「……そうか」



 俺は小さくうなずいた。



 「もちろん、ルールとしては登録自体はできる。けど、現実問題、Eランクのスキルしかない奴を雇うパーティはまずいない。ソロでやるにも……正直、討伐対象の魔物ですら、最近じゃ強くなってきてる」



 「……」



 「Dランクのスキルなら、最低限の戦力と見なされて、Dランク冒険者としてスタートできる。でも前代未聞のEランクとなるとなぁ……本当に“冒険”するには、心細い。いや、命が惜しくなるレベルだ。しかもステータスも平均かそれ以下か...」



 「……でも、それでも登録はできるんだろ?」



 「まぁな。ギルドは誰にでも門を開いてる。そういう建前だから。けど……」



 オジサンはちょっと言い淀んで、それでも言った。



 「……そういう奴の末路を、何人も見てきたよ」



 静かな声だったけど、妙に重たく響いた。



 俺は黙ってうなずいた。ありがたい忠告だった。



「あぁ。でもありがとう」



 俺は軽く頭を下げて、床においてあった荷物を持ち上げる。。

 オジサンは何も言わず、それを見届けただけだった。



 ――そうだよな。世の中、そんな甘くない。

 期待してなかったつもりだったけど、ほんの少しだけ、どこかで「もしかして」なんて思ってた自分がいて。そんな自分に、ちょっとだけムカついた。



 ギルドを出ると、外はもうすっかり夕方で、空はオレンジ色に染まってた。



 「……くそ、俺ってほんと、何も変わってねぇな」



 誰にも聞こえないように、ポツリとつぶやく。肩にかけた荷物は軽いけど、気持ちは重かった。



 このまま宿に戻って、明日どうするか考えよう。そう思って歩き出した、その時だった。



 ――キャァァァァァッ!!



 鋭く突き刺さるような悲鳴が、街外れのほうから聞こえてきた。



 「……!」



 体が一瞬で強張る。反射的に振り向くと、街道の向こう、視線の先に見えたのは——信じられない光景だった。



 森の影から、ぬうっと姿を現したのは、全身が黒い毛で覆われた異形の魔物。背丈は二メートルを超え、腕は異様に長く、鋭く曲がった爪が夕日に照らされて光っている。目が合った気がして、背筋がゾッとした。



 「……魔物だ。街にこんな近くまで……!」



 どうやら近くにいた荷運びの商人たちの馬車が狙われたらしく、複数人が地面に尻もちをついて逃げられずにいた。



 逃げるか? いや、それが普通だ。スキルも装備もまともじゃない俺が勝てる相手じゃない。



 でも——。



 このまま引き返したら、あの人たちは……。



 ぐっと歯を食いしばる。心臓が嫌な音を立てて脈打つのがわかる。足が震えてる。でも、逃げたら……きっと一生後悔する。



 俺は必要な道具を荷物から出す。



 「《合成》——“木材片×4、鉄片×1、火魔石×1”……《クラフト・エッジ》」



 鉄製で、すぐに刃こぼれをするような代物。それでも——今の俺にできるのは、これだけだった。



 これが、俺の生まれて始めての戦いとなった。


 「鑑定」


 【ワイルドベア】

 種別:魔物

 攻撃力:75

 スピード:30                         耐久力:123

 知性:18

 追加効果:無属性攻撃

 備考:山奥に住んでいるクマ形の魔物。普段は山奥に住んでいるため、街へ降りることはまずない。

 ―――


 「……見た目の割に、ってところか」


 鑑定ウィンドウを閉じながら、俺は息を潜めて木陰に身を寄せた。体躯こそ巨体だが、攻撃力もスピードも並み。耐久力は高めだが、それも動きが鈍いせいだろう。


 問題なのは、合成剣がどこまで壊れないでいれるかってことだ。今の俺の魔力では、せいぜい一回の生成が限界だ。


 「……できれば、戦わずに済ませたいが」


 ワイルドベアは鼻を鳴らしながら、緩慢な足取りで木々を掻き分けて進んでいく。まだ俺には気づいていないようだ。


 ――が、そのとき、風向きが変わった。


 「……ッ」


 ぴくりとワイルドベアの耳が動き、次の瞬間、目の前の木を薙ぎ倒す勢いで突進してきた。


 「っ……速いッ!」


 咄嗟に【クイック】を展開。視界の端が歪むような感覚とともに、体が軽くなる。ギリギリのところで回避し、肩越しに跳ね上がる土煙を見た。


 「くそっ、化け物め……!」


 全身が粘土のようにぬるりと動いたかと思えば、ワイルドベアの巨体が一瞬で反転し、こちらを再び睨み据える。


 木々を押しのけて一直線に突っ込んでくるその姿は、まるで戦車。下手に真正面から斬りかかれば、今度こそ潰される。


 「横っ……!」


 再び【クイック】の加速を使い、横に跳ぶ。だが、さっきより反応が遅れてる。スキルの負担が、すでに体にきてるのがわかった。


 ――持って、あと数回。いや、それすら怪しい。


 「だったら……!」


「身体強化 最高出力!!」


 持って数秒だ。


 「身体強化 最高出力!!」


 全身に熱が走った。筋肉が引き絞られ、視界が一瞬だけ赤く染まる。限界を超えた魔力が、肉体の底を無理やりかき回している。


 呼吸が荒くなる。関節が悲鳴を上げてるのがわかる。でも、やるしかない。


 「来いよッ!!」


 吠えるように叫んだ瞬間、ワイルドベアが突進してきた。真っ直ぐ、ただ力任せに——だが、その軌道は読める。


 「そこだっ!!」


 地面を蹴る。爆発するような加速。自分でも信じられないほど、世界がスローに見えた。


 そして——すれ違いざま、右手の合成剣を思い切り振り抜く。


 ガギィィン!!!


 金属音というより、悲鳴に近い音。鉄が骨に当たり、刃が肉を裂く感触が、鈍く腕に伝わった。


 「が、ッ……!」


 剣が、折れた。剣が急激な力の変化に耐えることができなかったのだ。


 折れた刀身が宙を舞い、そのまま草むらに突き刺さる。けれど、斬撃は確かに届いていた。


 ワイルドベアの右肩がぱっくりと裂け、大量の血が噴き出す。


 「グゥゥゥ……アアアアアァァァ!!!」


 怒りの咆哮を上げて暴れる魔物。けれど、その動きは明らかに鈍った。


 「……まだだ!!」


 息が切れている。足が震えてる。視界も霞む。それでも、あと一撃。


「あと一撃で……!」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、俺は残った魔力をかき集めた。体内の回路が焼け付きそうなほど熱を持ち、皮膚の下を走る魔力がヒリヒリと痛む。


 だが、構わず手をかざす。


 「……再構成、《合成剣・短刃》!」


 力任せに魔力を圧縮し、最低限の形を模した剣を生成する。粗削りで、強度も落ちる。だが、切るだけなら——それで十分だ。


 短剣を握りしめる。手の震えが止まらない。だが、怖気は振り払った。生き残るには、やるしかない。


 「こい……!」


 ワイルドベアが血を滴らせながら、なおもこちらを睨む。その巨体が、地面を踏みしめて揺れるたび、鼓膜が震えるような圧が来る。


 だが、もう奴の動きは読める。鈍ってる。傷の痛みで、反応は確実に遅れている。


 「終わらせる……!」


 俺は、最後の【クイック】を展開した。もはや命を削るそれは、視界の色を変え、時の流れを歪ませる。


 地を蹴った瞬間、音が消えた。世界が無音になり、ただ自分と獣だけがそこにある。


 「おおおおおおおっ!!!」


 跳躍。地面が爆ぜるように割れ、風が渦を巻く。俺はワイルドベアの正面から跳び、その顔面めがけて、短剣を突き出した。


 「っらああああああッ!!」


 ――ズブッ。


 短剣が、眼窩の奥深くまで沈む。


 「グ、アアアアア……!」


 断末魔のような咆哮を上げ、ワイルドベアの体がのけぞる。その巨体が後ろに崩れ落ち、地面を揺らす轟音が森に響いた。


 俺は、その衝撃とともに吹き飛ばされるようにして、背中から地面に倒れ込んだ。


 「……ハァ、ハァ……終わった、か……?」


 身を起こす気力もない。全身が痛い。骨が何本かいってるかもしれない。だが、視線の先、地に伏した魔物の体は動かない。


 死んでいた。


 「……勝った……俺が、生き残ったんだ……」


 だが、そこで俺の記憶が切れた。


 気づくと、天井があった。


「……っ、ここは……?」


 白い天井。木枠の窓からはやわらかな陽光が差し込んでいる。


 視線を動かす。古びた木の家具、粗末だが清潔な寝具、そして……薬草の香りが漂う、どこか懐かしい空気。


「宿……か?」


 身体を起こそうとした瞬間、激痛が走った。


「っ、ぐ……!」


 全身が鉛のように重い。特に右腕と左足、それから背中の痛みがひどい。骨がいってたのは間違いなさそうだった。


「ようやく目を覚ましたか。……死んだかと思ったぞ」


 低い声がして、視線を向けると、目の前にこの前のカウンターにいたオジサンが椅子に座っていた。


 「……あんたは、あのときの……」


 声を絞り出すと、オジサン――確か、冒険者ギルドの受付で見かけた男は無言で立ち上がり、窓際に歩いていく。陽の光が背中を縁取り、広い肩と無骨な背中が浮かび上がった。


「ガランだ。ギルドの管理官を任せてもらっている。ここはギルドの二階。まあ宿みたいなもんだ。先日、荷運びの商人たちの馬車がワイルドベアに狙われたらしく冒険者が駆けつけたところ、すでにワイルドベアは死亡。商人たちとお前だけがその場にいたとのことだ。一体何があった?」


 ガランの問いに、俺はしばらく黙っていた。喉が乾いている。胸の奥が焼けるように重い。けれど、あのときのことははっきりと覚えていた。


「……戦った。逃げる余裕も、隠れる場所もなかった。だから……戦った。もしあそこで逃げていたらなにかを失う気がしたんだ」


 自分でもうまく説明できない。だが、あのとき感じた感覚は確かに胸の奥に残っている。ただの恐怖だけじゃない、もっと切実な――自分が何者かであるために譲れない一線のようなもの。


 ガランは黙って俺の言葉を聞いていた。小さく息を吐くと、静かに窓から目を離して振り返る。


「そうか……お前は、ただの素人じゃなかったんだな」


「いや、素人だよ。剣の素振りしかしてないし、魔法だって人に教えられたわけじゃない。属性なんてもってのほかだ」


「だが、生き残った。そして、魔物を倒した。それが事実だ」


 そう言って、ガランは机の上から小さな布袋を取り出してこちらに放った。


 「……報酬だ。ワイルドベアの討伐依頼だ。あと、ワイルドベアのことだが、近くにかけよった冒険者たちによって討伐されたことになっている。そこは安心しろ」


 布袋を開けると、そこにはカードが入っていた。


「これは...」


「ギルドの登録証だ」


「……いいのか? こんな簡単に」


「簡単じゃなかったさ。お前が生きていたからこそ、やった甲斐があったってもんだ」


 そう言って、ガランはごつい指で自分の鼻先を軽くこすった。


【レオン・フェルド】

ランク:Eランク

攻撃力:35

防御力:20

スピード:50

知性:60

所持魔法:無属性攻撃、Eランクスキル


「あれ? この前よりも少しステータスが上がってる」


「この登録証には魔力が込められているから、持ち主が強くなれば登録証の数値もそれに応じて変化する。お前が生き延びて、あの状況で魔物を仕留めたってことは……まあ、それなりに“成長”したってことだろうな」


 ガランはそう言って、にやりと口の端を持ち上げた。


 俺はカードをじっと見つめた。確かに前に見たときより、数字は微かに上がっていた。たった数ポイントだが...。


「お前はEランクで、前代未聞のランクだ。しかも、正式な審査を経ていない“非公認”の登録証だ」


 ガランの声は低く、だがその響きには妙な温かさがあった。


「普通なら、こんなランクで冒険者活動なんて認められねえ。だが……お前は、あの状況で一人でワイルドベアを倒した。その実績がある。だからこそ、ギルドとしても例外として動かざるを得なかった。だがな――」


 ガランは俺の目をまっすぐに見据えた。


「だからこそ、“これから”が問われるんだ。力を証明しなきゃならねぇ。まずはDランクに、自力で昇格しろ。そうすれば、正式に認められる。堂々と依頼を受け、ギルドの名の下に冒険者として立てる」


「……わかった」


「ただな、ひとつだけ問題がある。お前はEランクだ。お前は非公認でありながら、どのランクにも所属していない扱いにもできる。言い換えれば……所属制限に縛られないってことだ」


 「……それって、つまり……」


「そうだ。お前は、どのダンジョンにも“入れる」


ガランは黙ったまま俺をしばらく見つめ、それからふいに、ぽつりと問いかけた。


「……なあ、お前は、なんでそこまで命を懸けて冒険者になりたいんだ? ワイルドベアと正面からやり合って、生きてるのが不思議なレベルだ。普通なら逃げる。生き残る道を選ぶ。だが、お前は違った。……なぜだ?」


「……夢だから」


 ぽつりと、自然に言葉がこぼれた。


「ずっと追い続けてきた夢なんだ。小さい頃から、剣を振ってる自分を想像して、魔法を使う自分に憧れて……気づいたら、その夢しか、なくなってた」


「そして何よりも俺をからかってきた奴らに強くなった自分を見せつけてやりたいんだ」


「そうか。でも復讐は自分自身をも傷つけてしまうからほどほどにしろよ。でも、登録おめでとう」


「あぁ。ありがとう」


 俺は登録証を手に持ち、正式な冒険者となった。



面白かったらブックマークと評価ポイントしてもらえると幸いです。人気がでたら連載版も書こうと思います。

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