入学式の日
「つむぎ〜、さっさと降りてきなさい」
下から母の声がする。
糸瀬つむぎは、白地の布団からゆっくりと起き上がると、頭を掻いた。
ケガ2,3本ほど抜ける。
アクビをしつつ、布団を畳んで1階に降りた。
「入学式でしょ?ほら、響子ちゃんと行くんだから、早く支度しなさい」
母は、慌てながら机に目玉焼きを置いて行った。
「真尋は?」
母が聞いてきた。
「まだ寝てる。起こしてこようか?」
「いい。お父さんが起こしてくるから」
父は、俺がやるのかと面倒そうな顔をしながら2階に上がっていった。
支度を終えて家の前で待っていると、少し遅れて響子が来た。
「つむぎちゃん、ごめん」
響子が、ふくよかな体を揺らしながら歩いてきた。
「いいよ。こっちも遅れそうだったし」
つむぎは、素っ気なく早口に答えると、あるき出した。
春と行っても4月のはじめだからなのか、桜はまばらだ。
「桜、まだあんまり咲いてないね」
つむぎが響子に話しかけた。さっきの素っ気なさを少し反省して明るく言ってみる。
「そうだね」
響子は思ったより、興味なさそうだ。
「杉、すごいね」
「うん」
話題を降ってみてもあんまり返してくれない。大人たちは後ろの方で楽しそうにワイワイ話している。
この落差に、つむぎはシュンとした。
(幼稚園のときから変わっちゃったな・・)
みんな、そんなもんなんだな、と思う。つむぎはずうっと変わらない。ずっと明るいままだし、ずっと純粋なままだし。
(一足先に大人になったんだね)
大人だったら、成長を普通に喜ぶだろう。いい子になったと親戚なりに自慢するだろう。
でも、つむぎは友達には変わらないでほしいと思う。ずっと、幼稚園の頃の響子でいてほしいと思う。大人にならずに、ずっと、純粋に遊んでいたいと思う。
つむぎは、そんなことを考えながら、道を歩いていく。
あたりはまだ疎らに田んぼが残っている。
「世田谷でも結構このあたりはまだ田んぼ残っている感じなのに、変わりましたよね」
と、父が切り出した。
「そうですよね、古津なんかは、もうほぼないですし、この辺の宮坂だって、減り始めてますよね」
響子の母が返した。
「あそこの、津城さんも、最近お父さんが亡くなって、田んぼ畳んだんじゃなかったでしたっけ。今度、マンションが建つんで」
響子の父も乗っかり始めた。
「今北と、古津の4丁目のでっかいゴルフ場も住宅になるんでしょう?最近すごいですよ。ここに人が集まって。都心だって地下下がってんのに」
「不景気でも上がることあるんですね」
響子も加わりだした。
「確か、今北産業も、古津の工場潰して、住宅作り始めたんでしょ?グループ会社の今北住宅興業が」
「そうだったねぇ」
つむぎの母も、腕を組んで同調した。
大人たちが、ずっと話している。つむぎは、大人が何を言っているのか何一つわからない。響子も話に入り込み始めている。大人たちも、驚きもせずに会話を続けている。
つむぎは、恐怖心すら覚えた。
自分は何も変わっていない。
小学生になったのに、幼稚園の自分を引きずり続けている。
いつの間にか、険しい顔になっていた。
「どうしたの?つむぎちゃん」
響子に話しかけられ、我に返った。気づけば、新陰小の児童玄関についている。
「ううん。なんでもない」
「良かった」
響子は、先行くねと言って、玄関前に張り出されているクラスを見に行こうとした。
「ねぇ、響子ちゃん」
響子は振り返った。
「変わったね」
響子はキョトンとしている。
「何が?」
「いろいろと」
つむぎは、フフッと笑うと、クラスを見に行った。
クラスは、つむぎが2組、響子が1組だった。
気づいた方いるかもしれないですが、雰囲気はドリカムの「あなたとトゥラッタッタ」を意識してます。
もちろん、名前もこちらからお借りしまして。
なんとか、差別化できるようにしてます。