34. 魔法
「それは、大変だったね。あたいだったら魔法のステッキで懲らしめてるよ」
ウヒカはお得意の魔法のステッキを取り出して振った。
「ねぇ、あいつって何者?」
「名前はナルーシと言ってました。とても素早い動きで……隙を見て逃げようとしてもダメでした」
「ナルーシ? 陰気な名前だね。それで、なにかされたの?」
「わたしと結婚したいとおっしゃっていました」
「そいつは飛んだサイコ野郎だね」
気丈にふるまってはいるが、ロマン姫は彼の顔を思い浮かべるだけで身の毛がよだつほど、心的障害を負ってしまっていたのだ
「まあ、いいじゃねーかぁ、こうして助かったんだからさ」
ズボラはいつの間にかテーブルに着き食べ物や飲み物を注文していた。ほかのふたりもすでに食べたり飲んだりしている。
「せっかくだからあたいたちも一緒になにか食べよう。ねえ姫さま」
「えっ? よろしいのですか?」
「うん、タダだから大丈夫」
「いえ、そういう意味ではありません。わたしのような厄介者が一緒になって食を囲ってもよろしいのでしょうか」
「ああ、いいっていいて。関係ないから」
「そうですか。では、お言葉にあまえさせていただきます」
そのころ、ナルーシは目が覚めて頭を抱えていた。
「なんだったんだ、あの不自然な会話は。なんの話をしていたんだ。まったく」
辺りを見回すと誰もいなかった。ロマン姫を追っていたことをどうにか思い出して捜したが見つからかった。
「ぼくの意識がないときロマン姫を誰かが連れ去り、そして……」
ナルーシは感づいた。ここに誰もいないこと。ロマン姫はどこかに逃げていたこと。その彼女を追っていたとき、変な三人組に強引に引き留められたこと。この三つの共通点を合わせると、あるひとつの仮説が導き出される。
それは、ぼくの意識がない間に誰かが来て、ロマン姫を連れ去りロマンティス城へ向かっている途中。
「間違いない」
ナルーシは急いで自分の飛虫船に戻り、飛虫船を起動させた。
「向かえ、ロマンティス城だ」
ナルーシを乗せた飛虫船はロマンティス城へと向かった。
「パレセク」
「はい」
「飛虫船を見つけたらぼくに教えろ。それから地図を出せ」
「わかりました。地図を出します」
ロマンティス王国全土の地図が映し出された。
「やはりなにも見つからないね。この地図の欠点は相手の飛虫船を登録しないとその位置情報が地図に映らないことだ」
ナルーシは頭の回転を速くさせて、次にどういう行動を取ればロマン姫を取り戻すことができるかを考えた。
「周りを見たい。透明にしろ」
「わかりました。透明にします」
船内の壁や床は透明になった。ナルーシは周囲を確認しながらできる限り遠くを眺めた。
「あっ! 見つけた」
小さな点ほどのものが宙に浮いているのを目にしてナルーシは確信した。あれにロマン姫が乗っているのだと。
「あの飛虫船を追え」
「わかりました」
ウヒカたちはナルーシが追っていることを知らずに、勝利の美酒を味わっていた。
「しかし、ロマン姫さまはなんで騎士さまに会いたいんだ?」
ズボラがたずねると姫は頬を紅潮させた。
「夢を見たのです。わたしが何者かに襲われるところを騎士さまに助けてもらう……でも、きっとこれが、あなたたちが……いいえ、わたしを助けようとしてくれた方たちがわたしの騎士さまなんですわ」
「ふうん、まあどうでもいいけどな。なあグータラ」
ズボラはグータラにおまえも同じ考えだよなと後押しを求めた。
「えっ? そうかなぁ、俺たちは英雄になったんだ。こうしてロマン姫さまを助け出したし」
「えいゆうかぁ……たしかにな、うん、たしかに。じゃあ俺たちは英雄ってことなんだな」
「そうだよ。なあ、おまえもそう思うよな。ナマケ」
グータラはナマケに話を振った。だが、彼は寝ていた。
「なんだ寝てるのか」
「うふふ、先ほどの戦いに疲れましたのね」
ロマン姫は聖母のようにナマケを眺め、それからウヒカを眺めた。ウヒカはさっきから黙っていた。
「ウヒカさん、なにを考えていらっしゃるの?」
「いや、あたいの考え過ぎかもしれないけど、なーんか簡単すぎるっていうか……」
「かんたん? いいえ、わたしを助け出してくれること自体、簡単なことではありませんわ。素晴らしい作戦をお立てになったのでしょう?」
「んーちょっとね。でも、そんな大それた作戦じゃないよ」
「どんな作戦でも、成功すればいいことですわ」
「そうかなぁ」
「それより、ウヒカさんは透明の魔法が使えるのでしょ? ほかにどんな魔法が使えるのかしら」
「使える魔法って言っても、基本は頭の中でイメージして出してるだけだから。あと、この魔法のステッキと呪文が必要なだけ、あっ! そうそう、ちょっとした振り付けも必要なんだ」
ウヒカは懐から魔法の説明書の取り出した。
「そこに書いてあるんだよ」
ロマン姫は食い入るように見つめながら、その説明書を読み上げた。
「魔法のステッキを手に持ち、頭の中に魔法をイメージしながら13文字の言葉を唱える。それと同時に軽めの振り付けをすること。それができれば魔法は君のものだぞって書いてあるわ」
ロマン姫は魔法が使えている自分を妄想しながら微笑んだ。ウヒカは訂正にも似たことを言った。
「なんでもできそうと思うでしょ? 出ないって、あんな魔法やこんな魔法をイメージしてるけど出ないんだよ。だから、あたい暇なとき、いつも練習してるんだ」
「へーそんなご苦労をなさっているのですね。あの、こう言ってはなんですが、なにか見せてもらえませんか?」
「えっ?」
「この目で魔法を見てみたのです」
「うーん、わかったよ。じゃあ、あたいが最初にできるようになった魔法を見せるよ」
ウヒカは魔法のステッキを手に持ち【パングル・ジングル・パジワッピー】と呪文を唱えた。
すると、そこそこ強い風が辺りに吹き出した。
「まあ、すごいわ。わたしはこんな魔法を初めてみましたわ」
「風の魔法だよ」
説明書が風に乗ってズボラの顔に張り付いた。
「ん? なんだ?」
ズボラは魔法の説明書を顔からはがし、それを読み上げた。
「誰でも魔法使いになれる極秘書? なかなか面白そーじゃねーか。……なるほど、頭でイメージしたやつは形となって出る仕組みなんだな。どうりでウヒカが熱中するわけだぜ」
「あたいはもっとすごいやつを出したいんだよ。でも出ないんだよ」
「そうかぁ、簡単じゃねーかそんなの。ちょっとその魔法のステッキを貸してくれ」
「いいけど、多分出ないよ」
「いいからいいから」
ウヒカはズボラに魔法のステッキを手渡した。
「こいつを振りながら魔法をイメージして、13文字の言葉を唱えればいいんだな」
「そうだけど、ひとつ抜けてるよ。軽い振り付けが」
「そんなもん適当にやればなんとかなるだろ」
ズボラは杖を振りながら【ナンダカ・ノミタイ・サケヲクレ】と呪文を唱えた。
だが、なにも出なかった。何回か試したが結局のところズボラには魔法のイメージがわかなかったのだ。
「んーなかなか出ねーなぁ」
ズボラは頭を掻きながらなにがおかしいのかわからずに、ウヒカに魔法のステッキを返した。
「ウヒカさんがする魔法は人を救う魔法ですわね」
ロマン姫は改めてウヒカのする魔法にときめきを感じた。
「そうかなぁ……武器屋にこれが売っていたから買っただけなんだけど」
「それでも、わたしを助けてくれたことは感謝してもしきれま……」
ロマン姫はあることを思い出した。
「すみませんが、ウヒカさんたちが駆けつけてくる前に、わたしを助けに来てくれた方たちがいました」
「助けに来た人?」
「はい、チータ化の男の人と、ヒツジ化の男の人と、クマ化の男の人でしたわ」
「それって……」
その言葉を聞いたズボラは話の間に入った。
「セカチたちか」
「セカチさん?」
「ああ」
「お知り合いなんですか?」
「知り合いってほどのもんじゃねーけどな」
「そうですか。その方たちがわたしを助けるためにナルーシにやられてしまったのです。ですから、南に海岸まで戻っていただきたのですが」
「そうか、じゃあ戻ろうじゃねーか」
それを聞いたウヒカはズボラを止めた。
「ちょっと待ってよ。引き返したらナルーシってやつと鉢合わせするじゃない」
「べつにいいじゃねーかぁ、鉢合わせしても」
「ダメだよ。あいつの隙を作って、せっかくロマン姫さまを助け出したってのに」
「捕まったら、また取り戻せばいいじゃねーか」
「……いいのか?」
ウヒカはロマン姫にたずねた。ロマン姫はちょっと困り笑いをすると話し出した。
「そうですわね。誠に勝手で申し訳ありませんが、もし、わたしがまた捕まるようなことがありましたら、そのときはわたしを……」
「助け出せって?」
「はい、すみません」
「うーん、わかったよ」
「ありがとうございます」
ウヒカはズボラたちにたずねた。
「おまえたちも本当にいいんだな? 引き返しても」
「ああ、しょーがねーじゃねーかぁ、ロマン姫さまが言っているんだぜ。なあ、グータラ」
グータラはすでに眠っていた。テーブルに持たれるようにしながらいびきをかいている。
「なんだ寝てたのか、しょーがねーなぁ」
「じゃあ、戻るよ」
ウヒカはパレセクに南の海岸へ行くように言うと、ゾウゴロウは方向を変えて南の海岸へ向かい始めた。
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