32. 翻弄
「や、めてください。ロマン姫さま」
セカチは力を振り絞って声を出した。
「俺のことは気にしないでください。あなたを助けにきた……」
ナルーシはセカチを踏みつぶして気を失わせた。
「まったく、ぼくの邪魔をするからさ。寝てろ」
ナルーシの行動に対してロマン姫は後ずさりをするが、それは焼け石に水だった。
「おっと、ぼくのお姫さま、どこに行くのかな? 手を離すとすぐに逃げる癖はいただけないな」
ロマン姫は立ち止まり不快な表情を見せる。
「ふふ、そんな嫌そうな顔をしないでおくれよ。ぼくだって痛みはあるんだから」
ナルーシはふたたびロマン姫に近づき、手を取り体を引き寄せた。
「さあ、これで邪魔者はいなくなった。ふたりきりの世界でいっしょに……」
ロマン姫はしっかりと体をつかまれているため動けない。ナルーシの顔がゆっくりと近づいて来る。あと数センチで唇同士がふれようとしている。
ロマン姫はそうさせないために必死に頭を動かそうとするが、しっかりと顔を押さえつけられているため抵抗できなかった。
目をつぶるロマン姫。覚悟を決めた彼女は彼のキスを受け入れることにした。すると、いくら待ってもその感覚を感じない。なにをもったいぶっているのかと薄目を開けて確認してみると、ナルーシの目はロマン姫を見ていなかった。
その先にいるなにかをじーっとにらみつけるように見ていたのだ。
「すまない。お客さんが来たようだ。続きはまた後で」
ナルーシはロマン姫から手を離すと、その客のほうへ歩いて行った。
「君たち、もしかしてロマン姫を助けに来たってわけじゃないよね」
誰と話しているのかと思いロマン姫は振り返った。そこにいたのはズボラとグータラとナマケだった。例のようにナマケを真ん中に担いでいる。
「いや、俺たちロマン姫を助けに来たんだけど、立ってるだけだから」
「え?」
「立ってればいいって言ってたからさぁ、ちょっとここで立たせてもらうぜ」
「え? なにを? たつ?」
ズボラとグータラはナマケを担いでいるのに疲れてナマケを下した。ナマケは砂浜に顔が当たると目を覚ました。
「あれ、ここは?」
「砂浜だぜ」
「すな? なんでここに?」
「ロマン姫を助けに来たんだぜ」
「あーどこにロマン姫がいるの?」
「えーっと、あっ! あそこにいるじゃねーかぁ」
「えー、あーホントだ。じゃあ、助けなくちゃね」
「ああ、だが、立ってればいいんだって」
「立ってる?」
「ああ、簡単だろ」
ナマケは起き上がり立ち上がった。それを見てグータラが言った。
「ナマケがひとりで立つなんてなかなか見ない光景だな」
「ああ、たしかにな。いつもそうなら楽なんだがなぁ」
そう言いながら、ズボラは立ってるのも面倒くさくなり砂浜に座った。
「それより君たちはなんだね? ロマン姫を助けに来たんじゃないのかな」
ナルーシは三人のやり取りに嫌気がさしてその会話を止めた。
「ああ、そうだぜ。だが、立ってていいって言ったから。だから俺たち立ってるんだぜ。なあ」
ズボラはグータラに振った。
「うん、そうだね。俺たち立ってればいいって言われたんだ。そうだよな、ナマケ」
ナマケはなんのことを言っているのかわからなかったため、都合のいいように返した。
「あー、でも疲れたら寝ててもいいって言ってたよね」
「あれ? そうだったっけ」
グータラはそんなことをウヒカが言っていたか思い出そうとしたが、なにも思い出せなかった。それを聞いたズボラは上機嫌になりながら言った。
「なんだぁ、そんなこと言ってたのかぁ、じゃあべつに立ってなくてもいいーんじゃん」
ズボラはその場に寝転んだ。それにつられてあとのふたりも寝転ぶ。彼らの行動の意味不明さについていけないナルーシは彼らを追い返すために丁重に話しかけた。
「すまないが、君たちがここにいられると困るのだよ。プレゼントをあげるからここから引き揚げてくれませんかね」
「なに? プレゼントだって!?」
グータラは上体を起こして目を輝かせた。
彼はプレゼントをもらいたかったのだ。ズボラがナマケに安眠枕を渡したとき本当は自分もなにか欲しいと思っていた。
「あ、ああ君たちにプレゼントを上げる。きっと気に入ると思うよ」
ナルーシは船内に引き返して行った。
ロマン姫は助けに来てくれたのかもしれない、その者たちを見守っていた。すると、肩になにかふれるのを感じて振り向いた。しかし、そこにはなにもなかった。
「ロマン姫さま、助けに来ました。おっと声を出さないでください。あたいはいま魔法で透明になっているのです」
小声がロマン姫の耳元で聞こえてきた。
「申し遅れましたが、あたいはウヒカっていう者です。いまから姫さまをあたいの乗ってきた飛虫船まで移動させますから。あたいに従ってください」
ロマン姫は彼女の言うことにただうなずいた。
ウヒカはロマン姫と手をつなぎ歩き出した。しかし、ナルーシが船内から出てきたためウヒカは足を止める。
ナルーシはそこそこ大きめの樽を持ってきて、ズボラたちのところへと行こうとしていた。
「おやおやロマン姫、ひとりで寂しいかもしれないがもうすこし待っていてくれ。こいつをあの連中に渡したら戻ってくるからさ」
ナルーシが遠ざかるのを見計らい。ウヒカはそーっと歩き出した。それにつられてロマン姫も歩き出す。
「あの」
ロマン姫はあの三人のことや魔法についてとても気になりウヒカにたずねた。
「静かにしてください。バレたら終わりですから」
「でも、あの方たちは?」
「ああ、彼らはおとりです。姫さまを助けるため、あいつの気を引いているのです」
「そうですか。わたしのために申し訳ありません」
「謝んなくっていい、それより黙ってて」
「もうひとつだけいいかしら」
「なに」
「透明になる魔法でわたしも透明に」
「そうしたいのはやまやまですが、声を張って呪文を唱えないといけないのです。それと同時に振り付けもやらないと」
「そんなことをしないとならないのですか?」
「うん、だからそれをやったら間違いなくあいつに見つかちゃうよ」
「そうですか。わかりました」
ナルーシは酒樽を持ってズボラたちの前にふたたび登場した。
「ほうら、プレゼントだ」
酒樽を彼らの前に置くと三人は物珍しそうにそれを眺めた。
「これは、まさか。酒でも入ってんのかぁ?」
ズボラは思わずたずねた。ナルーシは大きくうなずいて「そうだよ」と答えた。
「ぼく特性のお酒が中に入っているんだ。どうだい? 気に入ったかい?」
「気に入るもなにも、酒なら大歓迎だぜ。よーしさっそく飲もうじゃねーか」
ズボラは酒樽を開けようとした。だが、ナルーシはそれを止めた。
「ダメダメここで飲んじゃ、せっかくのお酒が台無しになってしまうよ」
「え? いや、ここで飲んだほうが絶対うまいって」
「でも、ないじゃないか。注げるものが」
「大丈夫大丈夫、手で受け止めて飲むから、なあ」
ズボラはあとのふたりに話を振った。
「うん、そうだね。むしろそっちのほうが返ってうまいはずだよ」
グータラは酒樽をさすりながら言った。ナルーシは負けじと忠告をしていく。
「ほらでも、もったいないじゃないか。こぼれちゃうのがさ」
「いや、もらいもんだから、べつに、なあナマケ」
グータラはナマケに話を振った。ナマケはいつの間にか酒樽の上に乗って寝ようとしていた。
「そーだねー、あーもらったものだからね。んーこれはー贅沢に飲んじゃったほうがいいよね」
「ナマケの言うとおりだぜ。波が見えるこんな素晴らしい場所で飲める酒はめったにない。波見酒と行こうじゃねーか」
ズボラは樽の栓を開けてそこから流れ出る酒を手ですくって飲み始めた。それに続きほかのふたりも飲み始める。
「あーあ、ぼく特性のお酒が……」
「うめーなぁ、しかし、おまえは一体誰なんだ? ロマン姫をさらった犯人か?」
ズボラは波を見ながらナルーシに質問をした。
「さらったとは人聞きが悪い。ぼくはねぇ、姫があんな狭苦しい城にいるなんてかわいそうだと思って、そこから出してあげたのさ。そう、むしろ姫を救ったんだよ」
「あっ、そうだったのかぁ、なんだよ。それならそうと言ってくれればいいじゃねーか。じゃあ、おまえはいいやつなんだな」
「そのとおり、ぼくはいい人さ」
「そうかそうか、それならべつにいいか」
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