31. 独壇
1ページを読み終え次のページに差し掛かろうとしたとき、セカチの爪がのど元まで来ていた。ナルーシはそれをいとも簡単にふわりとかわしながら続きを読んでいる。
だが、連続してナルーシの後ろから爪が突き刺さろうとしていた。ナルーシはそれに気づき空高く飛び跳ねて上空から下を眺めた。そこにはセカチが二人いたのだ。
「なるほど、分身の拳か」
セカチは休まず縦横無尽に走り回り攻撃を仕掛けていく。そんな彼を見ていたピタリはぼそりとつぶやいた。
「セカチ、そろそろ仕留めなければ持ちません」
「どうした? ピタリ」
となりでセカチの戦いを見ていたセイカクがピタリにたずねた。
「セカチの体はもう限界に来ている。もってあと1分17秒」
「俺が出て行ってやってもいいけど。あの速さについていけないからな。力なら俺のほうが上なんだが」
「まだ大丈夫ですよ彼は。1分もあれば十分でしょう」
「だといいが」
そんな彼らの思いをよそにセカチはナルーシに攻撃をひたすら仕掛けていく。しかし、当たらない。
「避けてばっかりじゃ、俺は倒せねえぞ」
隙を作らせるためにセカチは彼に攻撃させようと考えたが、ナルーシはそれを気にせず華麗にかわしていった。
「そうだ! 特別にロマン姫をここに連れてこよう」
ナルーシはそう言うと、すぐさま「乗せてくれ」と言って船内に入って行った。いったん戦いが止む。
セカチは上下に肩を動かしながら息を切らしている。
「ちくしょう、全然当たらない」
しばらくして、ロマン姫の腕を引っ張りながらナルーシが現れた。
「これから、ぼくの戦いをロマン姫に見せてあげるよ」
それから、ナルーシはロマン姫の手を引き寄せて耳元でささやく。
「そして、それが終わったらぼくと結婚してもらうよ」
その言葉にロマン姫は顔を背けるだけで精いっぱいだった。
「ロマン姫を離せ! この変態やろう」
セカチは我慢ができずにそう言った。だが、ナルーシはそれを気にも留めず、さらに彼女の体を引き寄せる。
「いいのかな、そんなことを言ってさ」
「わかった。俺が言いたいのはロマン姫がおまえと一緒にいたんじゃ、攻撃できないってことだ。だから、ロマン姫を放してもらおうか」
「ふふふ、たしかに、そうしないとぼくの華麗な戦いを見せられないからね」
ナルーシはロマン姫の手を離した。
「ロマン姫、逃げたりしたら、また、閉じ込めるからね」
ロマン姫が出てきたと気づいたウヒカは急いでズボラたちを起こしに行った。
「おい! 起きろ」
その声に三人はなんの反応も見せない。ぐっすり眠っている彼らを起こすにはどうすればいいのかウヒカは考えたが、面倒くさいという理由で魔法を使うことにした。
【パングルジングルパジワッピー】
すると風が吹きそれは竜巻になって彼らを巻き込んだ。ぐるぐると回転し上空まで到達してその竜巻は消えた。
そのまま上空から三人は振ってきて地面に叩きつけられた。
「あ、なんだぁ、もう時間か?」
ズボラは起き上がると首を押さえながら言った。
「時間て? なにかあるの?」
グータラは腕をさすりながらたずねた。ウヒカはなにも言わずにもうひとりを待った。しかし、いくら待ってもナマケが起きる様子はなかった。
「ナマケは? ナマケが起きないよ」
ウヒカはもう待っていられず、ナマケのそばに駆け寄った。彼は安眠枕を敷いて気持ちよさそうに眠っていたのだ。
「なんで寝てるんだよ。あたいがさっき起こしたのに」
「起こした? 起こし方が悪かったんじゃねーのか? ナマケはこの杖がねーと起きねーんだぜ」
ズボラはナマケに近づき杖を彼の手にふれさせた。するとナマケは杖をつかみながら寝返りを打つ。そのままズボラは杖を持ち上げてナマケは立たせた。
「ほら、これで起きただろ」
ナマケはぼーっとしているが次第に目が覚めていった。
「んーあれ? ここどこ?」
「ロマン姫をさらったやつの目の前に来ているんだぜ」
「え? そうなの? じゃあぼくは、また眠ることにするよ」
ナマケは横になり眠ろうとしたが素早い動きでウヒカがそれを阻止した。
「だめだよ。眠っちゃ」
ナマケの体を抱えて無理やり立たせる。しかし、今度は反対方向に倒れようとしてきた。倒れたら眠ってしまうと思ったウヒカはふたたび彼を倒させないように反対側に回り込んだ。
「ズボラ、そっちを押さえて」
「そっち? ってどっちだ?」
「そっちだよ。あたいとは逆のほう」
「わかった」
「ちがう、あたいに背を向けてどうするんだよ」
「こっちか」
「ちがう、ふたりでナマケを支えるんだよ」
「なんだ、そんなことだったのか」
倒れないようにふたりでナマケをはさんだはいいが、彼がちゃんと起きるまで支えなければならないのかとウヒカは思った。
「なあ、こうしててもらちがあかねーから、とりあえず倒ししちまったほうがいいんじゃねーのか? そうすりゃ起きっかもしんねーぜ」
「そうね。そうしよう」
ふたりは手を離した。するとどうだ。ナマケは普通に立っているではないか。右にも左にも倒れることなく普通に立っている。いやそれ以上の立ち方だ。むしろ直立不動に近い。
「あれー? ぼくたちこれからロマン姫を助けるんだよね」
「倒れねーのかよ」
「あーなにが?」
「なんでもないよ。じゃあ行くよ」
四人は岩陰に隠れてようすを見ることにした。思った通りロマン姫は無防備にもほどがあるほどセカチとナルーシの戦いを見物していた。
「チャーンス」
ウヒカは上機嫌になりながら舌なめずりをした。
「あそこにロマン姫がいるだろ?」
「ああ、あれがロマン姫ってやつか」
ズボラは初めて生で見る彼女のオーラを感じて急に面倒くさくなってきた。
「うん、あたいがロマン姫のところまで行くから、あんたたちはあたいがあいつらにバレないように援護してよ」
「えんご? そんなことできねーなぁ。だって俺たちなんも武器持ってねーんだぜ。なあ」
ズボラはグータラに振った。
「うん、そうだね。俺たち戦う趣味はないんだ。逃げる専門だから」
「べつに戦えなんて言ってないよ。ただあいつらの注意を引けってこと」
「注意を引けって言っても、俺たち誰かの注意を引きたい趣味はないんだ。関わらない専門だから」
「なんでもいいんだよ。あたいがあいつらにバレないようにしてくれれば」
「バレないようにしてくれればって言っても、俺たちウヒカをバレないようにさせる趣味はないんだ。隠れる専門だから」
「……わかったよ。じゃあなにもしなくていいよ。ただ、彼らの前に出て行ってくれれば」
「あ、それならなんとか」
グータラが納得するとズボラは言った。
「あいつらの前に出て行くんだな? しょーがねーなぁ、じゃあやるか」
そのころ、セカチとナルーシの戦いに終止符が打たれようとしていた。
「そろそろ君の攻撃を避けるのも飽きてきたよ。ぼくはそんなに暇じゃないんだ。だってこれからロマン姫とふたりで暮らすんだから」
ナルーシはセカチをあおりながら鏡を見て、自分の顔を念入りにチェックしていた。体力の限界に来たセカチはその場にひざまずいた。
「あれぇ、もう攻撃してこないのかい? それじゃあ、ぼくの攻撃を見せてあげるよ」
ナルーシは振り返りロマン姫に言った。
「ぼくの華麗な攻撃をよーく見ててよ。ロマン姫」
ナルーシはセカチに向かって蹴りを繰り出した。すると目の前に急に何者かが現れてその者を思い切り蹴り飛ばした。
「セイカク!」
突然現れた者はセイカクだった。セカチをかばうためにセイカクはナルーシの攻撃を受けたのだ。
「ロマン姫、こちらです」
ピタリがロマン姫の後ろにいて手を引いた。
「あなたは……」
「彼らの仲間です」
ピタリはセイカクがおとりになっている間にロマン姫を救出しようという作戦を立てていたのだ。だが、うまくはいかなかった。
「そこ、ぼくが気づいていないとでも思った?」
ナルーシは消えるような素早い動きでピタリの間合いまで行き、それから蹴り飛ばした。
「さあて、これで邪魔者もいなくなったことだし、次はないよ」
今度は手に力をためて握りこぶしを作り、そして、いっきにセカチの顔を殴りに行った。
「やめてー!」
唐突に聞こえてきたロマン姫の叫び。ナルーシは攻撃を止めると、ロマン姫のほうを向いた。
「もうやめて。おねがい」
「お姫さまがそう言うならやめてやってもいいよ。ただし、ぼくとここでキスしてくれたらね」
「……キス?」
「だってそうだろ。ぼくたちは愛し合っているんだからさ」
困惑するロマン姫。誰か誰か、本当に助けに来て。そうしなければわたしの唇は彼のものになってしまいます。と震えながら辺りを確認するが、むせかえるような潮の香りのする砂浜には誰もいなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




