30. 作戦
「ここを滑るのか? ほかに出口はないのか?」
ウヒカは飛虫船からの出方に戸惑っていた。
「ああそうだぜ、ここを滑って外に出るんだ」
そう言って、ズボラはさっそく滑っていく。あとのふたりも滑り降りてウヒカだけが残された。
「パレセク」
「はい、お呼びでしょうかウヒカさま」
「ここを滑る以外にほかの出口はないの?」
「はい、ございません」
「そう……」
なんで入るときは自動で、出るときは原始的なんだ? と思いながら、ウヒカは一呼吸おいて滑り降りた。下に着くと三人は横になっていた。
「遅かったなぁ、なにか忘れものでもしたのか?」
ズボラはあくびながらたずねた。
「いや、それよりさっさと行くよ。ほら起きて」
だるそうにズボラとグータラは立ち上がるが、ナマケはすでに眠っていたためそれには反応しなかった。
「ナマケが起きないよ」
ウヒカに促されてしかたなくズボラは杖をナマケの手にふれさせた。すると、それをナマケがつかんだのを見てすくい上げるように彼を立たせた。
「これで起きたぜ」
「じゃあ行くよ」
ウヒカを先頭にあとを三人がついていく。が、結局ウヒカの歩行速度についていけず、どんどんと離されていく。途中でナマケが眠り、グータラも眠ったためズボラが彼らを引きずるようにして歩いていたが、ウヒカについていくのが面倒くさくなり、ついにはその場に寝ころんでしまった。
「あっ! おまえらなんでついてこないんだ?」
ウヒカは彼らに駆け寄ると、どうにかして歩かせようと考えを巡らせた。
「俺たち、ちょっと疲れちまったから先に行っててくれ。あとから行くからよ」
ズボラは仰向けになりそう言った。
「ダメだよ。あたいひとりで行けってのか?」
「ああ」
「さっきも言ったけど、あたいは弱いんだ。単身向かったところでそこにいるであろう悪党に勝てるわけないじゃん」
「そんなこと言ったら俺たちだってなにもできねーぜ」
「できるよ。あたいの前に立ってくれてればいいから」
「えっ? おまえの前に立つのか? じゃあ、グータラとナマケはどうするんだ?」
「だから、あたいの前に立つの」
「じゃあ、おまえの前の前にグータラとナマケが立つのか?」
「あ? うん、そうだよ。だからさっさと行くよ」
「まあ、立ってればいいって言うんならしょーがねー、いってやるか」
ズボラは立ち上がった。ほかふたりは寝ていたためどうにかして起こそうとした。グータラは起きたがナマケがまったく起きなかった。ズボラはいつも通り例のやり方で運ぶことにした。
「グータラ、そっち持ってくれ」
ズボラはナマケが杖をつかんだのを見てグータラに杖の端を持たせた。
「よーし、これでいけるぜ」
ズボラとグータラの間にナマケがぶら下がるようにつかまっている。歩くたびに左右に揺れるが、それでも目を覚まさない。
「どこに向かってるの?」
グータラがたずねるとズボラは答えた。
「ロマン姫をさらったやつに会いに行くんだぜ」
「えっ!? ロマン姫をさらったやつがこの先にいるの?」
「そうらしいぜ。詳しくはわからねーが、なんかいるらしーんだぜ」
「どうやって助けるだ?」
「ウヒカが言うには、俺たちは立ってればいいんだってさ」
「立ってる?」
「ああ、ウヒカの前に俺が立って、俺の前にグータラとナマケが立つんだって」
「……立ってるだけなら簡単だ」
「そうなんだぜ。ロマン姫を助ける方法は意外に簡単だったってことだぜ」
そんな会話をしながら進んでいくと、岩陰の向こうに飛虫船が見えてきた。ウヒカは体勢を低くして岩陰に隠れながら様子をうかがった。
「なんだ、あんなところに飛虫船があるぜ」
ズボラは指をさしながら言った。
「静かに。あれがロマン姫をさらったやつが乗っている飛虫船に違いないよ」
ウヒカは慎重に飛虫船の周囲を確認した。すると、誰かが立っているのがわかった。目を凝らしてよく見てみると見覚えがあった。
「あっ!」
「どうした? さらったやつがいたのか?」
「いや、あいつらだよ。あんたたちがライバルって言っているやつ」
「なに? ってことはミエッチのやつか?」
「ちがう、あれだよ。あの素早い動きの……なんて言ったかなぁ」
「すばやい? ライバル?」
「ほら、あの三人組の、チータ化の男とヒツジ化の男とクマ化の男の三人組」
「あー! セカチたちか」
「そう、それ」
「なんだ、あいつらも来てたのか。なら、あいつらに任せて帰ろうぜ」
「待って、ここまで来た意味ないじゃん。横取りしないと」
「そうか、じゃあ、とりあえずあいさつでもしてくるか」
ズボラは立ち上がると岩陰から出て行こうとした。
「ちょっと待ってよ」
すぐさまウヒカは彼を止めた。
「どうした? さっさといこうぜ」
「見つかったらだめだよ」
「なんでだ?」
「だってまだロマン姫をさらったやつがいないじゃない」
「そのうち出てくるだろうぜ」
「だから、あたいたちがいるってことが知れちゃいけないのよ」
「えっ? なんでだ? 俺たちの居場所が相手にわからないと相手は俺たちに気づかないぜ」
「それが狙いなんだよ。あんたらのライバルがロマン姫をさらったやつと悶着している間に横取りするって作戦なの」
「なんだそうなのか。だったら簡単だぜ。しかし、どうやるんだ? 俺たちはウヒカの前に立ってるだけだぜ」
「あんたたちが壁になってあたいを隠すの。それで隙をつきロマン姫をさらっていくんだよ。あたいが」
「あっ! それならいい作戦だぜ」
「でしょ」
「じゃあ、さっそくウヒカの前に出て行ってと」
ズボラはウヒカの前に行こうとしたが、ウヒカはそれを阻止した。
「だから、ちょっと待てって」
「なんだ? どうしたんだ?」
「まだ早いよ」
「早いほうがいいんじゃねーのかぁ」
「まだ、彼らがいるでしょ。いまはまだ彼らの行動を見るのよ」
「なんだそうなのか。じゃあ、なんかあったら言ってくれ。俺はそこで寝てるぜ」
「お好きに」
それから、しばらく経って動きがあった。飛虫船からロマン姫をさらったイタチ化の男ナルーシが姿を現した。
「これはこれは、どちらさんかな」
高みの見物でもするかのような上から目線でセカチたちを眺める。
「おまえがロマン姫をさらったやろうか?」
セカチはふてぶてしく椅子に座り、オオガネムシの酒が入ったグラスを口に傾けるナルーシを一括した。
「愚問だね。ぼくはこれでも紳士なんだよ。さらうだなんてはしたない真似はしないさ」
「ロマン姫はどこにいる?」
「ぼくの飛虫船の中さ」
「そうか、わかった」
セカチはナルーシの横を走り抜け、後ろにある飛虫船まで走り中へ入ろうとした。が、どこにも入り口が見当たらなかった。
「入り口がない!?」
「ははは、そりゃそうだよ。飛虫船は乗せてとぼくが言わないと乗せてくれないんだ」
その瞬間、ナルーシは飛虫船の中に入ってしまった。しばらくして飛虫船の後方にある場所から滑って戻ってきた。
「失礼した。あはは、ぼくは本当におっちょこちょいだ」
「ロマン姫をここに連れてきてもらおうか」
「どうしてだい? ぼくはねぇ、他人に命令されるのは嫌いなんだよ」
「じゃあ、力ずくでいくか」
セカチは飛び出していき鋭い爪をナルーシに向けて振るった。その爪が当たるか当たらないかくらいまで優雅に酒を飲んでいる。
「もらった!」
セカチの爪がナルーシの体をとらえた。だが、それは空振りに終わった。さっきまでそこにいたナルーシは消えていたのだ。
「こっちだよ」
声のするほうへ顔を向けると、いつの間にか彼は飛虫船の屋根に座っていた。
「てめぇ、なかなかやるじゃねえか」
セカチは内心、まだ本気を出していないとはいえ、自分の速さを超えてくる者がいるとは思わなかった。
「ぼくを倒したかったら、そうだね。隙をついてごらんよ」
「隙だと? わかった」
体が消えるほどの速さでセカチは飛び出した。またさっきと同じようにナルーシはセカチが来るまで優雅に本を読み始めた。
セカチは一気にナルーシに迫る。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




