28. 監禁
一方そのころ、行方知れずだったロマン姫はある男に捕らえられていた。南の海岸に飛虫船を降ろして、浜辺にテーブルと椅子を並べてふたりは向かい合いながら座っていた。
「ぼくの用意したドレスはお気に召さないのかい? そのきみの着ているドレスは汚れているじゃないか」
ロマン姫はプイッと顔をそむける。それでもめげずにこの男、イタチ化のナルーシは彼女をものにしようとはげんでいた。
「まあ、それもよかろう。きみはそれでも美しい」
「……そんなにじろじろと見ないでよ、けがらわしい」
「こんなに天気のいい日に、こうしてきみと浜辺で食事をするのはなんて幸福なのか。きみもそう思わないかい?」
「ええ、まったく思いませんわ。この輝く日の光があなたを照らすなんてもったいないもの」
「いやいや、この天から降り注ぐ光はきみがいるからさ。きみのためのものだよ、これは」
「どうぞご勝手に、そう思っていればいいわ。いまにわたしを助けに来てくれる騎士さまが現れますもの」
「ぼくはね、捕らえたものは逃さない主義なんだ。だから、その騎士さまが現れたとしたら、丁重にお出迎えするつもりだよ。分からないのかい。この純白のような心の白さが」
「ええ、わかりませんわ。あなたはご自身でお気付きになっていないかもしれませんけど、身なりが白でも中身は真っ黒。いまごろお城ではわたしを捕えたあなたのことを躍起になって捜しているはずだわ」
「それは光栄だね。ぼくは、これでもそこそこ強いんだ。戦いになったらその強さを見せてあげるよ」
「ええ、見てみたいわ。あなたが騎士さまにひざまずくところをね」
「きみになら何度でもひざまずいてみせるよ。それよりせっかくきみのために用意した料理は食べないのかい? オオガネムシのソテーは。それにオオガネムシのお酒もあるよ」
「いいえ、けっこう。わたしあなたが見ていると喉通りませんもの」
「ふふふ、それだけぼくの魅力が強いってことかな」
ロマン姫は隙をついてそこから駆け出した。
「おやおや、また逃げようとするのかい。でも、それはできないことだよ」
ナルーシは素早い動きでロマン姫の目の前に移動した。
「うっ」
「まったく、困ったものだね。何度逃げようとしても同じことだよ」
ナルーシはロマン姫の腕をつかみ引き寄せた。
「放して!」
「強情なお姫さまだ。こんなことはしたくないけど、逃げ出すならきみを部屋に閉じ込めておくしかない。それに、ほかにも理由があるんだ。きみをさらったのはさ。むしろそっちのほうが重要でね」
ロマン姫は手を振り払おうとしたが、しっかりとつかまれているため振り払うことができなかった。
ナルーシはロマン姫の手を引っ張りながら飛虫船まで戻ると、ひとつの小部屋に彼女を監禁した。
「そこで頭を冷やすといい」
「はやく誰かわたしを助けに来て」と思いながら、はあっとロマン姫は深いため息をついた。
「こんな狭く寂しい部屋に閉じ込められて、窓から漏れる光にわたしを照らしてみる。見渡すとテーブルや椅子。殺風景な部屋はわたしをより一層苦しめる。お城にあるわたしの部屋。あの大きな部屋はわたしをやさしく包んでくれるの。でも、もう戻れない。名も知らぬ騎士さまわたしをはやく、はやく助けにきて」
3時間後。
「南の海岸に到着しました」とパレセクが言った。その声にウヒカは目を覚まして外を確認する。
「ふーん、なんの変哲もない海岸だわ」
それから、寝ているであろう三人を起こしに行った。思った通りズボラ、グータラ、ナマケは眠っていた。
「おい、着いたから起きろよ」
だが、全然起きる気配がない。この海岸にロマン姫をさらった犯人がいるかもしれない。ウヒカはひとりで戦いたくはなかった。できるだけこの三人を利用しよう考えているのだ。
杖を使ってナマケが起きたことを、ふと思い出してそれを試してみた。
「あれぇー? ここは?」
ナマケは杖をつかむと起き上がりあくびをしながらまた横になった。
「着いたんだよ。ロマン姫をさらった犯人がいるかもしれない南の海岸に」
「あーそうなんだー、あーそれはよかったねー」
そう言って目を閉じようとした。すかさずウヒカはそれを阻止した。
「おい、これからロマン姫を助けに行くんだろ?」
「あっ? あーそうだったけ? いやーなんか、あのーあれ? たしかあのーなんだっけ、えーっと、あれ? それってぼくたちが助けに行くの?」
「そうだよ、そう約束したでしょ」
「あーでもぼく、ちょっとそのーえーっと、ちょっとやることがー」
「やること? なに」
「えっと、えーっと、お酒を飲まないと」
「さけ? じゃあ、さっさと飲んじゃってよ。あたいはほかの奴ら起こすから」
「うん」
ナマケはそう言ってそのままふたたび眠りに着こうとした。ウヒカはそれを見逃さなかった。
「だから寝ちゃダメだってば! はやく酒を飲んできちゃってよ。やることがあるんでしょ?」
「あ? う、うん」
しぶしぶナマケは立ちあがると酒が置いてあるテーブルに向かった。
「さてと、ほかのふたりはどうやって起こそうかしら」
とてもぐっすりと眠っているズボラとグータラ、起きるまで待つようなことはできない、なぜならほかの者にロマン姫を救出されてしまうかもしれないからだ。
ウヒカはコップに入った酒をズボラとグータラの鼻に持っていった。
「ん? さけ? 酒を持ってきてくれたのか。ありがてぇ」
グータラは目を覚ますとそう言って、ウヒカから酒の入ったコップを取り上げ飲み出した。
「これであとひとり」
ウヒカは酒のにおいが効かないズボラにどうするか考えた。いままでの行動だったら酒のにおいを嗅げばここの三人は起きていた。だが、今回はなぜかズボラだけが起きない。いつもは大概最初に起きていたのに。
ウヒカはうーん、と考えながら「あれで行くか」とつぶやいた。ポケットから魔法のステッキを取り出すと、それをズボラに向けた。
「悪く思わないでね。これは目覚ましなんだから」
【パングルジングルパジワッピー】
呪文を唱えるとズボラの下から水が噴出した。そのまま彼を持ち上げて、天井へ吹き飛ばす。ズボラは天井にぶつかりそれから地面に叩きつけられた。
「ん? なんだぁ」
頭をポリポリとかきながらズボラは体を起こした。
「あれ? 俺の体が濡れているぜ。寝汗でもかいちまったかぁ、しょーがねーなぁ」
「やっと起きたわね。これからロマン姫を救出しにいくわよ」
ウヒカの言動になにを言っているのかわからなかったズボラは、適当に返事をした。
「助けに行くのか?」
「そう、だから、あんたもさっさと準備して。ほら、ほかのふたりはもう準備しているわよ」
そう言って振り向くとふたりとも眠っていた。ナマケは椅子に覆いかぶさるように眠り、グータラは仰向けの体勢でコップに口をつけたまま眠っている。
「えー!?」
ウヒカの叫びにズボラはのんきに答えた。
「なに驚いてんだ? いつものことじゃねーか」
「あたいはさっきあいつら起こしたところなんだよ」
「追い寝って言葉知らねーのか。起きてもすぐに眠くなるっていう現象だぜ」
「どうすればいいんだよ」
「まあまあ、そうあせんなって、とりあえず腹ごしらえしねーとなぁ」
ズボラはテーブルに着くと適当に食べ始めた。それを見てウヒカは仕方なく食事をすることにした。
「これからってときにのんきに食事だなんて」
「まあ、そう言わずにとりあえず食っとけばいいんだぜ」
「ああ、まあ」
ウヒカはしぶしぶと食事を始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。




