25. 苦肉
「ウヒカさんはカードバトルがお好きなの?」
「いや、まあ一応」
「わたくしカードバトルをやったことがないんですの。ちょっとやってみてくださる?」
「えっ、いまやるの?」
「ええ」
「やるけど、相手がいないと」
「ならわたくしがやりますから」
「え? でも知らないんでしょ?」
「いいからいいから、教えてくださればいいですから」
「……わかったよ」
ウヒカはカードをテンシラムに渡した。
「これをどうするのかしら?」
「裏返しに並べて」
「これでいいのかしら」
「うん、それでこっちにあるカードとそっちにあるカードを一緒にめくったりするんだけど、めくんなくてもいい」
「なるほど、めくってもめくらなくてもいいわけね」
「うん、それで、カードにはマークが書いてあるんだよ。マルとサンカクとシカクなんだけど、マルはサンカクに強くてサンカクはシカクに強くてシカクはマルに強い」
「うん、それで」
「で、並べてあるカードのどれか一枚をめくって勝負をするってやつなんだけど」
「はーなるほど、マークで勝負するのね」
「まあ、そういうこと」
「なんとなくわかったわ。それじゃあ、始めましょう」
テンシラムは楽しそうに手元のカードを眺めた。やる気のないウヒカは適当にカードを切り始める。
「まずはこうやってカードを切って。それから並べる」
「こうね」
ふたりの前にはそれぞれのカードが並べられた。
「それで、同時にせーのって言ってどれか好きなカードをめくるの。さっきも言ったけどめくりたくなかったらめくらなくてもいいから」
「うん、わかったわ」
『せーの』
ふたりともカードをめくった。ウヒカはサンカク。テンシラムはマルだった。
「あたいがサンカクでそっちがマルだから。あたいの負け」
「わたくしの勝ちなの? ……こんなのが楽しいの?」
「まあ、勝負だから。実際にはこれに金を賭けるんだけど」
「お金を賭けるの? お金もないのに?」
「ギャンブルだし」
「あなたお金もないのにギャンブルやってらっしゃるの?」
「ないからやるんだよ。そんなことよりロマン姫の居場所は?」
「あ、そうでしたわね。少々お待ちください」
テンシラムは焚火に手をかざした。
「南と出ているわ」
「みなみ? 南のどこ?」
「えー、海岸がちょっと見えるわね」
「かいがん? 南の海岸にいるのか?」
「占いではそう出ているわね」
「わかったよ。それじゃあ」
ウヒカは立ち上がった。それにつられずにズボラたちはまだ飲み食いをしている。
「あら、もう行ってしまうの?」
「うん、早く行かないと」
「そうですか。では、鑑定料のほうを……」
「いくら?」
「5万リボンでございます」
「ご、5万!? なんでそんな高いんだ?」
「いえいえ、これでもうちではお安くしているんですよ」
「ちょっと待ってよ。聞いてないよ。こんなにするなんて」
「でも、その値段になりますのよ。ウヒカさん、ズボラさん、グータラさん、ナマケさんを占いましたので。それにお茶菓子などの用意、それらを合わせて5万になります。実際には10万をいただく予定でござましたけど、キャンペーン中ですのでお安いですのよ」
「ほかはともかく、グータラは占ってないだろ」
「なにをおっしゃいますの? ちゃんと占いましたよ。わたくしちゃんと占いました。そして出たのが、そうですか。という答えだったんです」
「なにそれ? そんなのただの会話じゃん」
「ご存じないかもしれませんが、わたくしは会話の途中でも占うことができるのですよ。焚火は部屋全体を映しますから」
「なんだよそれ……あたいたちはロマン姫を助けに行かなきゃならないんだよ。この国の姫だ。あなたもわかってるでしょ?」
「ええ、存じてますよ。ロマン姫さまは何者かにさらわれました。それが誰なのか、なんの目的で、すべてはわたくしの占い通りに向かえば見えてきますわ」
「南の海岸に行けばわかるのか?」
「はい」
ウヒカは深いため息をついた。だが、金を払うにも5万という大金はもっていない。そこで考えたのがやはりギャンブルだった。
「ちょっと相談なんだけどさ。あたいとギャンブルやらない?」
「ギャンブルですか?」
「すこしばかり持ち合わせがなくてね。その埋め合わせに、どう?」
「賭け事ですか? わたくしは構いませんが、本当によろしいのですか?」
「しかたない」
「わたくしはこう見えても占い師ですのよ。本当におやりになるの?」
「やるよ。勝負だ」
そうして、ウヒカとテンシラムのカードバトルが始まった。
「またカードバトルやるのか」
そう言いながら、ズボラは退屈になりあくびをした。
「金が要るんだよ」
「あれ? 持ってなかったか10万ぐらい」
「使ったでしょ。家の借金とさっき店で」
「あれ? そうだったかー、そいつはしょーがねーなぁ。まあ、とりあえず早く終わらせてくれ。寝てっからよ」
ズボラは地面に寝そべり眠ってしまった。それにつられてほかのふたりも地面に寝転がりそのまま睡眠。したのだが、ナマケだけは酒のにおいに誘われてそのまま飲み続けた。
「わたくし、ギャンブルは初めてですのよ。お手柔らかに」
「そんなの関係ねぇ。やるかやられるかだけだ」
「まあ、こわい」
「それより、あたいが勝ったらタダってことでどう?」
「いいですわよ。でも、わたくしが勝ちましたらそうですわね……あなたの恥ずかしい話を聞かせてもらうわよ」
「のぞむところだよ」
勝負が始まりお互いがカードをめくっていく。だが、お互いの勝ちたいという強い気持ちが相殺したのか、何十回も引き分けだった。
「なかなかやりますのね。わたくしの占いが通じないなんて」
「ひひひ、そんなの当たり前、あたいはこれに命を懸けているんだ」
「たかが遊びじゃない、こんなものに命を懸けるなんて、あなたどうかしているわ」
「どうとでも言えよ。あたいは負ける気がしねぇ」
「どうかしらね。このままいけばいずれあなたの負けは確実に訪れますのに」
「お得意の占いか。未来が見えるっていう」
「そうですわ。あなたの野垂れ死ぬ姿が明確に見えますわよ」
「勝手に見ればいいじゃない。あたいはあんたの屍を踏みつけている姿しか見えないんだから」
ふたたびカードバトルが始まった。お互いが引けを取らないまま数十回が続いた。だが、そのときだった。ナマケがテーブルにうつ伏せで倒れたのだ。彼はとてつもない睡魔に襲われて眠ってしまったのだ。
「ナマケなにやってんだ。おまえ!」
ウヒカの声は届かず、ナマケはすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「あっ!」
ウヒカが驚いたのは、テーブルに置いてあるカードが濡れていたからだ。ナマケが眠った瞬間に酒の入ったコップを倒してしまったのだ。
テーブルの上には透明な液体が侵食するように広がっていく。
ふたりはカードを濡らさないように急いで拾い上げたが、すでに手遅れだった。カードからしずくがぽたぽたと落ちる。
「カードがこんなことになってしまったら、もうできないわね。残念だけど勝負は終わりよ。4万7000でしたっけ? それにまけてあげますから、鑑定料を支払っていただけますか?」
テンシラムは手のひらを出してお金を要求してきた。しかし、ウヒカは首を縦に振らなかった。このままでは帰れない。
「勝負はまだ終わってない」
「え?」
「どちらかが勝つまでやる。それがギャンブルなんだよ」
「……うふふ、せっかく助け舟を出しましたのに、それを断るなんて。なんて強情なんでしょう」
「いいから、とりあえず布巾だ布巾を持ってきて。それから、もういちど勝負だよ」
テンシラムは布巾を持ってきて濡れたテーブルを拭いた。カードも拭き取ったが湿り気までは取れなかった。
そうして湿ったカードを手に持ちウヒカはカードを切った。カード同士の吸いつきも気にせず切っていく。テンシラムもやれやれと首を振りながらカードを切った。
そしてカードを並べ終えてふたたびカードバトルが始まった。
『せーの』で始まるカードバトルは以前として双方が引けをとらず、引き分けが続いた。それが何回か続き、しだいにカードが渇きはじめるとカードにはシミが浮かび上がった。
それに気がついたのはウヒカだった。お互いのカードの裏側についたシミの模様をおぼえ、そのカードのマークをおぼえる。それから相手がカードをめくるまで待つ。そうすることにより勝ちが確定する。
ウヒカがひひひと心で笑うと、とつぜん室内全体に鐘の音が鳴り響いた。
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