17. お使い
「ミエッチってすごいわ。勝っちゃうんだから」
「まあ、俺にかかればこんなもんだ。それよりホシヨウに入ろうぜ。もともとここで食事をする予定だったからな。ちょっと遅くなっちまってわりーな。コワチャン」
「ううん、いいの。でも、ここ高いけど本当にいいの?」
「おう、だからいくらでも食べていいぜ」
ふたりは高級料理屋ホシヨウに入って行った。ミエッチはすぐさま出てきてズボラたちに言った。
「おまえらはここで待ってろ。もし逃げたらどうなるかわかってんだろうな」
「待ってればいいんだな。わかったぜ」
ズボラはそう答えて地面に座った。それにつられてほかのふたりも座り出す。
「しかし、いつそのこきつってやつを買って来てくれるんだろうな」
ズボラはそう言ってホシヨウの窓に手を当てて中をのぞき込んだ。そこはお上品にも、ナイフとフォークを使って食事を楽しんでいるケモにんたちの姿があった。
「買いに行ったんじゃないの? この中に」
グータラはそう答えて窓の中をのぞいた。
「あーなに見てるの?」
つづけてナマケが同じようにのぞき込む。すると、店からネズミ化の店員が出てきた。
「あのう、申し訳ないんですが。ほかへ行ってもらえますか? 店の中にいるお客さまが怖がっておられますので」
「え? ああいや俺たち頼まれたんだよ。ここで見張ってろって。なあ」
ズボラはほかのふたりに同意を求めた。ふたりとも首を縦に振る。
「失礼ですが、どちらさまに言われたのでしょうか?」
「えっと……なんだっけ? グータラ誰だっけ? あいつの名前」
グータラはさっきホシヨウに入って行った人物の名前を思い出そうとしたが全く思い出せなかった。
「コワチャンって言ってた」
ナマケはそう答えると店員は店に引き返して行った。
「コワチャンさまはおられますか?」
店員が呼びかけると、「はい、わたしですが」と返事があった。店員はそこに行き彼女に話しかけた。
「すみませんが、お客さま。店の外におられる方たちが店の中をのぞいているので、注意してきてもらってもよろしいでしょうか?」
「えっ? ……そと、ですか?」
「はい」
コワチャンはミエッチに視線を送った。微弱に震えているような彼女の目を見て、ミエッチは「わかりました。うちの者がすみません。いま言いつけてきます」と答えて外に出て行った。
「おい、おまえらおとなしくしてろ」
店を出るなりミエッチが言うと、ズボラたちはそこに飛んできているアクキリムシを頬張っていた。
「おとなしくしてるぜ。ちゃんと」
ズボラはそう返した。それでも気の収まらないミエッチは念を押すように頼みこむ。
「頼むよ。大事なデートの途中なんだ」
「そうなんだ。じゃあどうすればいいんだ?」
「だから、俺たちの食事が終わるまで、そっちの陰で隠れていてくれ」
「しょーがねーなぁ、わかったぜ」
「じゃあ、頼むよ」
なかば呆れながらミエッチは店に引き返して行った。
三人はしかたなく陰に隠れてミエッチたちが出てくるのを待った。結局、三人とも寝てしまったため何事も起きなかった。
「おい、おまえら起きろ!」
ミエッチたちは食事がすみズボラたちを捜してようやく見つけたところだった。彼らは建物の陰に隠れて寝ていたのだが、ズボラの寝相がとても悪く、一緒に寝ていたグータラとナマケを巻き込んで武器屋の近くにあるオウゴ焼きの小さな露店まで転がっていたのだ。
「ん? なんだ? もう終わったのか?」
ズボラはまぶしそうにしながら言った。
「ああ、そうだ。おまえらとりあえず、俺の家にこい」
「いえ? 泊めてくれるのか?」
「泊めるか泊めないかはこれから判断する。だからついてこい」
ミエッチは歩き出した。
ズボラはあくびをしながら立ち上がろうとして、ふと、ほかのふたりを見てみた。思ったとおり彼らはまだ寝ていた。
「しょーがねーなぁ」
ズボラはため息交じりに言うと、彼らの腕をつかみ歩き出す。ミエッチは後ろに彼らがついてきていないのを感じて振り返った。彼らは、さきほどいた場所からほとんど移動していない。
「おせーぞ。早くしろ」
ミエッチに言われてズボラは足早に歩いた。さっきよりも引きずる速度が増しているのに寝ているふたりは全く起きる気配はなかった。
そんなこんなでミエッチの家にたどり着いた。彼はそこそこいい家に住んでいる。
「とりあえず上がれ」
ミエッチは玄関を開けて彼らを上がらせた。いまだにグータラとナマケは眠っている。
部屋にはテーブルがありそれを囲うようにソファーが置かれている。それぞれが座り終わるとコワチャンは「いま、お茶の用意をしますね」と言ってキッチンへ向かおうとした。だが、ミエッチはそれを止めた。
「コワチャン。いいって、客じゃないから」
「えっ?」
「こいつらは俺の奴隷なんだから、そんなことしなくていいんだ」
すると、ズボラは腹が減っていたため催促をした。
「なんだ、そのお茶ってやつを出してくれないのか? こんないい家に住んでんのにお茶も出してくれないんじゃあ、金持ちってのもたかが知れてんだな」
「なんだと?」
「おまえの彼女が出すお茶ってのは相当うまいんだろう? だったら、つべこべ言わずにそのお茶ってんのを出してもらおうか。それとも、人には出せないほどまずいものだったりしてなぁ」
「……わ、わかった。コワチャンすまないがこいつらにお茶を出してやってくれ」
「は、はい」と言って、コワチャンはキッチンへと消えて行った。
ミエッチは前のめりになりズボラたちに言った。
「おまえらにやってもらいたい仕事がある。そうだなぁ……茶菓子だ。うちには茶菓子がねーんだよ。とりあえず買って来てもらえるか?」
「ちゃがし?」
「オウゴ焼きだよ。おまえらが寝ていた場所の近くにあっただろ。露店が」
「……ああ、あのうまそうなにおいのする食いもんか?」
「そうだ」
「しょーがねーなぁ、買って来てやっか」
「なんだその言い方はっ! 主人だぞ。おまえらのご主人だ! もっとていねいに言え」
「ていねい? 知らねーよ。それも食い物か? だったら買って来てやるよ」
「ああ、もういい。行け」
「わかったわかった。ちょっと待ってろ」
ズボラは熟睡しているふたりをむりやり起こした。グータラとナマケはなんとか目を覚ますとぼーっとしながら夢うつつの状態で辺りを見回した。
「おお、やっと起きたかグータラにナマケ」
ズボラはさっそく彼らに買い物へ行く説明をする。
「これからオウゴ焼きを買いに行くんだ。だから一緒に行こうぜ」
「おう?」
グータラはなんのことだかわからずに考え込んだ。ナマケはまた睡魔に襲われて横になろうとした。
「まて、寝るのは早いぜ。なんったってここにいるミエッチは金持ちなんだ。だから、お茶を出してくれるんだってさ。その代わり、茶菓子がないからそれを俺たちが買って来てやるって話なんだ」
「わかった。行くよ」
グータラは間髪入れずにそう返事した。残りのナマケはうつらうつらとしている。
「ナマケも行くだろ?」
「あーいやーそのー、えーっと、んー……」
「おい」とミエッチは会話に割り込んできた。
「誰かひとりここに残ってもらう」
「あ?」
「三人とも出て行ったら、逃げるかも知んねーだろ」
「逃げねーよ、なあ」
ズボラはほかのふたりに念を押した。ふたりは首を縦に振る。
「うそつけ。そんなの信じられるか」
「信じる信じないはおまえ次第だぜ。俺たちはちゃんと戻って来るって、なあ」
それを聞いて、グータラとナマケはうんうんとうなずいた。
「ダメだ。誰かひとり……そうだなぁ、じゃあ、そこのおまえ」
ミエッチはナマケを指さした。
「おまえはここに残れ」
「えー、あーぼく? ぼくここに残るの?」
「そうだ。べつにいいよな」
ミエッチはあとのふたりに問いかける。ズボラとグータラはしぶしぶとうなずき、そしてズボラが答えた。
「しょーがねーなぁ、じゃあ、ナマケを置いて行ってやるよ」
「そうだ。それでいいんだ」
「全く、強情なやつだぜ」
「つべこべ言わず、早く買ってこい」
「そういえば金がねーんだよ」
「盗んででもいいから買ってこい!」
そうして、なかば追い出されるようにふたりはミエッチの家を出た。
「じゃあ、とりあえず行ってみっか」
「うん」
ズボラたちはさっきいた場所がわからずあちこちと歩き回ったが、結局、誰かに聞いたほうが手っ取り早いと考え、道行く人にたずねることにした。しかし、一度聞いただけではわからなかったため、何人もの人たちにたずね回ったのだ。
そして、ようやくオウゴ焼きの場所にたどり着いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。