16. 勝敗
『せーの』
ミエッチはマル。ウヒカもマルだった。ふたりとも同じカードを引いた。辺りにいる見物人たちからはどよめきが起こる。
「あいこか、命拾いしたな」
ミエッチは得意げにそう言うと、ウヒカも負けずに言い返した。
「あんたがね」
「あー口だけならなんとでも言える。だが、次はそうはいかねぇ」
二枚ある自分のカードにふたりは目を向ける。今度はお互いが熟考。1時間経ち、2時間経ち、二人の熟考は止まらない。「早くめくっちまえ!」としびれを切らした見物人が罵声を浴びせはじめる。
二枚のうちの一枚をめくるだけなのにどうしても手が動かない。妙な緊張とハラハラ感がめくるという行動を止めていた。めくったら負けるかもしれないという不安もそこに混じり、ひたすら熟考してしまうのだ。
それらか1時間ほど経ちミエッチは動いた。一枚のカードに手を乗せる。すると周囲からはため息にも似たどよめきが沸き起こった。
ミエッチがカードに手をふれたことによって、ウヒカは追い込まれることになった。勝ちかあいこか負け。確率は三分の二で生還できるが、負ければ破産以上の苦しみが待っている。
軍資金もないのに嘘をついて高額な勝負を挑んでしまったのだ。もし負けたら……そんな考えが頭をよぎり、このままやめたいとさえ思ってしまう。
「早くめくれ!」
見物人のひとりがそう言うと、それに押されたかのようにほかの見物人も「めくれめくれ!」とあおりはじめる。
ウヒカは歯を食いしばりながらどれにするか悩んでいた。いやすでに悩むというより訳が分からなくなっていた。
そのとき、周りの声のうるささにナマケは目を覚ました。
「……ん? ここは?」
ナマケは辺りを見るとそこにはズボラとグータラが寝ていた。人だかりができている向こうにウヒカの姿が見える。ナマケはこの人だかりを見てなにかうまいものでも食べているんじゃないかと思い、ウヒカに近寄って行った。
「なに食べてるの?」
ウヒカの肩越しからナマケがのぞきこむ。
「ん? ナマケ! 起きたのか」
「うん、ねぇウヒカ。ぼくお腹すいちゃったよ」
すると、いつの間にかそこに飛んできていたアクキリムシに手を伸ばした。ちょうどカードの上にアクキリムシが止まっていたためナマケはそのカードにふれてしまった。
「あっ!」
ウヒカは驚きを見せて苦い顔をする。それを見逃さなかったミエッチはすぐに指摘した。
「いま触ったな。おまえ、そのカードをめくるでいいんだな」
「ま、待て、ちがう」
「違わない。カードに手をふれればそれは誰であろうとめくらなければならない」
「ノーカンだよ。いまのはこのナマケがアクキリムシを触ったんだよ。知ってるくせに」
となりではナマケがアクキリムシをむしゃむしゃと食べている。
「知ってるさ。俺は見てたんだこの目でしっかりと、そいつがカードにふれたのをな」
「ミエッチ、あんたってやつは……」
「どうしたどうした?」と言いながらズボラがやってきた。その後ろにはグータラがついている。彼らはさっき目覚めたばかりで、ナマケがいないことに気づき、もしかしたら人だかりの中にいるかもしれないという思いから来てみたのだ。
「おう、ナマケこんなところにいたのか」
ズボラが言うとナマケはあちこちとアクキリムシを探しながら答えた。
「うん」
「しかしー、またカードをやってるのか?」
「ウヒカがやってるんだよ」
「そうか、なあウヒカ、調子はどうだ?」
ズボラの声が聞こえないほどにウヒカはどうするか考え込んでいた。代わりにミエッチがその問いに答えた。
「ふふふ、もう終わりだ。カードをめくれば二分の一の確率で決着がつくからな」
「ああそうなんだ。じゃあさっさと終わらせてくれ。俺たちもう疲れたから家に帰りたいんだ」
「いいぜ、さあ、号令の時間だ」
ミエッチはウヒカを追い詰める。ウヒカはそれに応えるようにナマケがふれたカードに手を乗せ、祈りを込めるように目を閉じた。
『せーの』
ふたりは一斉にカードを裏返した。ミエッチはサンカク。ウヒカは手でマークを隠している。
「俺のはサンカクだ。さあ、その手をどけるんだ」
周囲からは「早くどけろよ」や「カードを見せろ」などの罵声が飛んでくる。ウヒカはそれに押されてしかたなく手をどけた。
そこに描かれているマークはシカクだった。その瞬間決着がついた。歓声や怒号のような叫び声が沸き起こる。
「あはははは、俺の勝ちだ! まったく調子に乗りやがって」
ミエッチはウヒカに暴言を吐く。ウヒカは首を振り言い訳をした。
「ちがう、これはみんなナマケのせいなんだ。あたいはもう一方を選ぼうとしていたんだよ。それなのに……」
ウヒカは悔しそうにしながらナマケをにらみつけた。
「え? ぼくが悪いの? ごめん今度は間違えないようにやるよ」
その言葉を耳にしたミエッチは陽気から一変した。
「おい、なんだ? おまえこいつを使ってなにか企んでやがったのか?」
「ち、ちがうよ。そうじゃないよ。勝手にカードを触るなって教え込んでいたんだよ。そしたら勝手に触っちゃったから」
「そんなことはどうでもいいんだよ。それより……」
ミエッチは半笑いのような顔をしながらウヒカに催促した。ウヒカは約束のことを思い出してズボラたちに言った。
「ご、ごめんみんな。あたい負けちまった」
「なんだ負けたのか。しょーがねーなぁ、じゃあ帰っか」
ズボラはそう言って帰ろうとすると、ミエッチがそれを止めた。
「ちょっと待て! おまえらはいまから俺の奴隷だ」
「どれい?」
ズボラは訳が分からないと言ったように首をかしげる。状況を飲み込めていない彼らにウヒカは事の説明をした。
「なあ、悪いけどあいつの奴隷になってくれないか。あたいが負けたらそうする約束なんだ」
「え? そうなのか? しょーがねーなぁ、じゃあ奴隷すっか」
「すまない」
ズボラはミエッチのところへ近寄った。あとのふたりが来ないのを見てミエッチは彼らを怒鳴った。
「そこのおまえらもだ! こっちにこい!」
そう言われてグータラとナマケはゆっくりと歩き出した。最初に着いたのはグータラだった。
「おせーよ。もっと早く歩け」
「うん」
グータラはそう答えてナマケを見た。彼はまだ遠くにいる。まだ一歩も動いてないほどの速度で移動している。
「おーい、早くしろ。日が暮れちまう」
ナマケはそれに応えようと必死に足を動かした。それから約20分かかりようやくミエッチのところまでたどり着く。
「ようし集まったな。これからおまえらは俺の奴隷だ。こき使ってやるからありがたく思え」
ナマケは立っていられずにその場に枕を敷いて寝る準備をし出した。
「おい、そこ寝るな。大体おまえはなぁ……」
グータラはズボラに小声でたずねた。
「こきつってなに?」
「さあ、わかんねーけどなにか買ってくれるんじゃねーかぁ」
ミエッチはいつまでもひざまずいているウヒカに言った。
「ウヒカって言ったか? 明日の12時までに7000リボンをここに持ってくるんだな。もし約束を破ったら、どうなるかわかってんだろうな」
「わかってるよ」
「ならいい。おい、行くぞ」
ウヒカはどうするか考えたが、負けた悔しさからなにも考えられなかった。一方、有頂天なミエッチはコワチャンの肩を抱きながら歩き出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。