15. 勝負
その声にそこにいた者は振り向いた。ズボラとグータラの間に杖があり、それにナマケがぶら下がっているのを目撃する。
ズボラとグータラは杖を下しナマケを地面に寝かせた。
「遅いよ~」
ウヒカはすがるようにズボラたちに近寄った。ウシ化のカップルはお互いに顔を見合わせる。
「あいつらでしょ? 指輪を取られたってのは」
ウヒカが言うとズボラは「ああ、そうだっけか」と答えた。ズボラは彼らが自分の指輪を取った人物だとは思えなかった。それは、他人のことなどいちいち覚えていないからだ。
「そうだよ。ほかにいないもん」
「んんーじゃあ、そうなんかな。グータラあいつらだったっけ?」
グータラは目が点になるほどよーく彼らの顔を見つめた。しかし首をかしげた。それは、似ている人かもしれないという不安が頭を過ったからだ。
「さあ、どうだったかな」
「えっ!? ちょっとふたりとも、指輪を取られた相手の顔も覚えてないの?」
ズボラとグータラは斜め上を見ながら考えだした。
そんなやり取りを見ながらウシ化の男はしびれを切らして言った。
「どうやら人違いだったようだな。まったく、どうしてくれるんだ。いままでの無駄な時間をどうやって落とし前をつけるつもりだ?」
『落とし前』という言葉にズボラとグータラはピンときた。
「おとしまえ?」
その言葉を口にした瞬間、ズボラの中で彼らと会ったときのことが走馬灯のようによみがえった。
「ああ! 思い出した。こいつらだ。こいつらだぜ」
ウシ化のカップルに三人の視線が集中する。
「やっぱりあんたたちだったんだ。指輪を取ったの」
ウヒカが言うと男は鼻を鳴らして反論してきた。
「言いがかりもそのくらいにしろよ。もともと俺の女に手を出したのが原因だろ。この指輪はその慰謝料ってことだ」
「いやいやいや、ちがう。その指輪はズボラたちのもんだ」
「子猫ちゃん、それは通らない。俺たちはそいつらの同意のうえでこの指輪をもらったんだ。だからこの指輪は俺たちのものだ」
「どうい? 同意したのか?」
ウヒカはズボラにたずねた。しかし、ズボラは首をかしげて言っている意味がわからないそぶりを見せている。つづいてグータラに目をやっても、彼も同じように空を見上げながら表情を曇らせている。
そんな彼らを見て男は口汚く罵ってきた。
「おまえら、しらを切るつもりか? 俺の女にちょっかい出しやがってよ。まったく呆れるぜ。おまえらみたいなやつがいるからこの世界はあほの集まりなんだよ!」
それを聞いたウヒカは黙っていられずに言い返した。
「なによ、あんたたちなんかちんけじゃない! 人のものを取って、あたかもそれが自分のものだって言い切るその姿勢。正直さむいわ」
「なんだと」
「やんのか」
「ミエッチ」と隣で見ていた彼女が彼をなだめる。肩に乗せている彼女の手を見て彼はため息をついた。
「わりーな、コワチャン。ついむきになっちまった」
「もう行きましょう」
「そうだな。こんなやつら相手にしててもらちが明かねぇ」
「ちょっと待てよ」とウヒカは彼らを呼び止めた。「逃げるのか?」と立てつづけに言う。
「ふん、どうせあんたはその程度の男だよ。都合が悪くなった瞬間にしっぽを撒いて逃げるんだ。このヘタレがっ!」
「うんだとコラー!」
ミエッチは振り返りウヒカをにらみつけた。コワチャンは彼を止めようとしたが怖くて声すらかけることができなかった。
「誰がヘタレだ! 今度ヘタレって言ってみろ、殺してやる……」
「ヘタレヘタレ」
「ぶっ殺す!」
ミエッチはウヒカに突進してきた。ウヒカは華麗にかわすと魔法のステッキを取り出して軽い振り付けをしながら【パングル・ジングル・パジワッピー】と呪文を唱えた。
するとステッキから火の玉が飛び出し、それがミエッチの尻を焼く。
「あちー!」
ミエッチはパタパタと自分の尻をはたいて火を消した。頭にきた状態の彼は顔を真っ赤にしてウヒカをにらみつけると、また突進しようとしてきた。
「ちょっと待ってよ」
ウヒカは手を出して彼を止めさせた。
「あたいはケンカをしに来たんじゃない。その指輪をかけて勝負をしに来たんだ」
「あ? しょうぶ? 殴り合いがそうじゃねーのか?」
「ちがうちがう、ギャンブルだよ」
「ギャンブル?」
「そう、初めからあたいがあんたに勝てるなんて思ってないよ。だから、こっちもこっちでちゃんと用意してたんだよ」
そう言って、ウヒカはほほえむとその場にカードを広げた。それはマル、サンカク、シカクのマークがついたカードだった。
「カードバトルを知ってるよな?」
「……ああ、あの子どもだましみたいな遊びだろ」
「それが違うんだなぁ。奥が深いんだよこのギャンブルは」
「まあいいや。やってやろうじゃねーか。だが、俺は指輪を賭ける。おまえはなにを賭けるんだ?」
「あたいのこの魔法のステッキだよ」
「へっ、そんなの欲しくねーよ、もっと金目のものを用意しねーとやらねぇ」
「これを売れば100リボンはくだらないけど」
「少ねーんだよ。この指輪、クロバーの指輪だろ? 7000ちかくするやつだ。だったらそれ同等のものを持ってきてもらわねーとなぁ」
ウヒカはクロバーの指輪なみのものを用意するためになにかないかと考えた。家にあるものはほとんど売ってしまったため、金に変えれるものはほとんどなかった。
なにかないかとズボラたちに聞いてみようと思い、話しかけた。
「なあ、だれか金目のもの持ってないか?」
返事がない。どうしたのかと振り向いてみると三人は眠っていた。
「おい! 起きろ!」
全然目覚める気配はない。彼らはとても熟睡している。そのやり取りを見ていたミエッチはあくびをしながら言った。
「どうすんだ? やるのか? やらねーのか?」
「まて、やるよ」
「じゃあ、なにを賭けるんだ?」
「あいつらだ」
ウヒカはズボラたちを指さした。
「あ? あんなやつらを賭けたって1リボンにもなりゃしねーぜ」
「あいつらをおまえの奴隷にしてやる。とりあえず頭金だ」
「どれいだと?」
「そうだよ。あたいはあいつらの親分なんだ。だからあたいの言うことは絶対なんだよ」
「頭金って言ったな。ほかになにを用意してくれるんだ?」
「プラス、きっちり7000リボンを上乗せしてやるよ」
「その言葉、本当だろうな」
「ああ、そうともさ」
「いいだろ。やってやるカードバトルを」
こうして、ウヒカとミエッチのカードバトルが始まった。
「やり方はわかってるよな?」
ウヒカはたずねるとミエッチは三枚のカードを切りながら答えた。
「知ってるって。こうやってカードを切ってから裏返しに並べて、その中のどれかをめくる。それで、マルはサンカクに勝ち、サンカクはシカクに勝ち、シカクはマルに勝つっていうルールだ」
「なんだ、興味ないわりには案外知ってんじゃん」
「コワチャンとたまにやってるからな」
「彼女か」
「ああ、まあな」
「じゃあ話が早い。さっさと始めよう」
ウヒカとミエッチはカードを切り並べ終え、あとはめくるだけになった。自分のカードに手をふれるまではどれを選ぶか考えていいが、ふれるとそのカードをめくらなければならない。
ミエッチは一枚のカードに手をふれた。彼は早々に選びウヒカを待つ作戦に出た。
ウヒカはどれにしようか迷っていた。直感だけが頼りのこの勝負は考えれば考えるほど深みにはまってしまうのだ。
相手がなぜそのカードを選んだのか? なぜそのタイミングでカードに手をふれたのか? そんな考察が頭の中をぐるぐるとめぐってしまう。
カード一枚めくるのに一日を費やす者もいるほどだ。
気がつけば辺りには人だかりができていた。高級料理屋のわきでやっているため人目につきやすいのだ。ケモにんは勝負ごとに興味津々であるため、こういった余興には集まる習性がある。
「早くしたほうがいいじゃないのか? 見物人が待ってるぜ」
ミエッチはにやりと笑みを見せながら言った。ウヒカは彼の口車には乗らなかった。黙ってどのカードをめくるかに集中している。
そして、ウヒカは一枚のカードを選んだ。