14. 奪還
ズボラは思わず声を出した。そこにいたのは紛れもないナマケだったからだ。彼は安眠枕をしきながら居心地よさそうに眠っている。
長椅子には、懸賞金の紙を楽しそうに読んでいるウシ化の男女が座っていた。
それに構わず、ズボラはさっそく杖をナマケの手元に近づけた。するとどうだ。ナマケは杖をつかんだではないか。
ズボラはそのまま勢いよく引っ張り出した。
女は長椅子の下から何者かが出てきたのに驚くと、「きゃー!」と声を出して、すぐさま立ち上がった。男のほうは「どうした?」と目の前で行われていことに腹を立て、ズボラたちに怒鳴りつけた。
「おいっ! てめー!」
ズボラはナマケを起こそうとしているが、全く起きる気配はなかった。怒鳴り声を聞いて顔を上げると、目の前には体の大きなウシ化の男が立っていた。
「そこの男、いま椅子の下で俺の女になにかやってたろ」
指をさされているナマケは寝ているため反応はない。代わりにズボラが応対した。
「ナマケは寝てただけだぜ」
「寝てただと? ふざけるな! 見てみろ」
男は彼女であろう女を指さした。女はびくびくと震えながら泣いている。
「この落とし前、どうつけるつもりだ」
「落とし前っつってもー、俺たちなにも持ってねーぜ」
「あるじゃねーかよ」
そう言いながら、ズボラのしているクロバーの指輪を指さした。
「この指輪で落とし前とやらがつくのか?」
「そうだよ。それをこっちに渡してもらおうか」
「ああいいけど、ちょっとその前にこの中に入っている物を出してもいいか?」
「なにが入ってんだよ」
「べつに大したもんじゃねーよ」
ズボラはおもむろに指輪の中にあるものを取り出した。それは、愛用のバッグ、酒の入った水筒だけだった。
「これでよし」
「入ってたのはそれだけか?」
「ああ、指輪の中は空だぜ」
「ふうん、そうか。まあいいや」
男はずっと泣いている彼女に指輪を見せた。すると、彼女は泣き止み目を丸くしながらその指輪を見つめた。
「どうだ? これがクロバーの指輪だ。おまえにあげるよ」
「ほ、本当? わたしにくれるの?」
「ああ、プレゼントだ」
そんな会話をしながらウシ化のカップルは去っていった。それを眺めていた一行はウヒカのもとへと戻っていった。
酒場に着き中に入ってみると「よー、こっちこっち」とウヒカの呼び声が聞こえ、ズボラたちは彼女の席に向かった。
「ずいぶんと速かったね」
ナマケをその辺に寝かせズボラとグータラは席に着いた。ウヒカは気を利かせて酒の注文をする。
「酒を出せばナマケは起きるよな?」
ウヒカがそう聞いてきたので、ズボラは「さあな」と返した。それから、遠慮なく酒を飲んだ。グータラも同じく酒に手をつける。
「ナマケから自分の家の場所を聞くまでここで待機だな」
ウヒカは「ひひひ」と笑いながら上機嫌に言う。
「それで? なにか当てでもあんのか?」
ズボラがたずねるとウヒカはうんうんとうなずきながら答えた。
「占い師に聞いてみようと思うんだ」
「占い師かぁ、なるほど」
「でさぁ、その店がわからないんだよ。だから、指輪ちょっと貸して」
「えっ?」
「クロバーの指輪だよ。持ってるでしょ?」
「それで居場所がわかるのか?」
「そうだよ。地図が見れるでしょ」
「えっ? ってこはナマケの家もわかるじゃねーか」
「それがわからないんだなぁ。一般の家はわからない仕組みなんだよ」
「そうなんだ」
「そんなことより、早く指輪貸してくれよ」
「ゆびわぁ……」
ズボラはウシ化のカップルに指輪を上げたことを説明するのが面倒に感じ、グータラに視線を送った。グータラは酒を吹き出しそうになるのをこらえながらゆっくりとカップをテーブルに置いて説明した。
「あのぅ、指輪、いやその指輪は……取られちゃった」
「えっ!? 誰に!」
「ウシ化のカップルに」
「なんで?」
「ナマケが椅子の下で寝てて、それで起こした拍子にそこに座っていた彼女が泣いちゃってさ」
「まじかよ。やべーよ。どうすんだよ」
「まあ、仕方ないね」
「……よし、わかった。あたいをいますぐそいつらのところへ連れて行ってくれ」
「えっ?」
「あたいが取り返してやるよ」
ウヒカは立ち上がりズボラたちをあおった。それに対してズボラはのんびりした口調で答える。
「いまそこへ行っても、もういねーと思うぜ」
「なに言ってんだよ。そこへ行ってみなきゃわからないだろ」
「あーでも、もう面倒くせーよ。それに酒場に来て酒を飲んでる途中だぜ」
「あの指輪がないとなにかと不便だろ。これからロマン姫を助けに行くってときに必要なものじゃないか」
「そうは言ってもなぁ、まだナマケも起きねーし」
「彼は寝かせておけばいいじゃん」
「そうはいかねーよ。一緒にロマン姫を救出しに行くんだからなぁ。ここに寝かせていったら、またどこかに行っちまうかも知んねーぜ」
「だったら、グータラをここに残していけばいい」
「それもだめだぜ。俺はさっきいた場所を忘れちまったからなぁ。グータラは覚えているよな?」
ズボラはグータラにたずねると首を縦に振り答えた。
「じゃあ、ズボラはここに残ってグータラに道案内させる」
「しょーがねー、グータラ行ってくれるか?」
その言葉にグータラは首をかしげる。それからウヒカに理由を話し出した。
「直接やったのはズボラだから、ズボラが行かないと話にならないかもしれない」
「えっ?」
「うん、ズボラがナマケを引っ張り出した拍子にそうなったんだから、ズボラがいないと向こうも相手にしてもらえないかも」
「あ? あ、ああ……わかったよ。じゃあ、みんなで行こう」
こうして、一行はウシ化のカップルに会うべく橋の近くにある長椅子まで向かった。
「ここにいたんだが、あっちに行っちまったんだぜ」
ズボラはその方向に指をさして説明した。ウヒカは彼らの足取りを追うため辺りを調べた。
「うーん、ここからあっちに向かったってことは……あっちにあるのはたしか高級料理屋! やばい、早くしないとその料理屋に入っちゃうよ」
ウヒカはそうとわかったら走り出した。ズボラは彼女がさっさと行ってしまったので自分たちもそこへ向かうことにした。ズボラとグータラはナマケを例のように担ぎゆっくりと歩き出す。
ウヒカがホシヨウという高級料理屋の目の前に着いてみると、そこにはウシ化のカップルがいた。彼らはちょうど中へ入ろうとしている。
「ちょっとあんたたち!」
ウヒカの声に彼らは振り向いた。じりじりとウヒカが近寄ると彼らは優しそうに対応してきた。
「はい、どちらさまですか? わたしたちになにか御用ですか?」
男がそう言うとウヒカはズボラが言っていたことを話し出した。
「あんたたちズボラの指輪持ってるでしょ? それを返してもらいんだけど」
「ずぼらのゆびわ? よくわからないですが人違いじゃなですか?」
「そんなことない。ウシ化のカップルだって言ってた」
「ウシ化のカップルって言ってもほかにもいらっしゃいますから」
「いや、証人がいるんだよ。なあズボラ」
ウヒカは振り返るとそこには誰もいなかった。「あっ」と声がこぼれる。まだズボラたちが来ていないことを知ると、なんとかして彼らをここにとどめておこうと考えた。
「ん? 誰もいませんけど」
「と、とにかく、さっきまでなにをやっていたのか話してもらえませんか?」
彼らはお互いに顔を見合わせると彼女のほうが話し出した。
「わたしたちは……」
そのころ、ズボラたちはウヒカが走っていった場所まで追いつこうとしていた。1時間ほど経ち、ようやくウヒカとウシ化のカップルがいる場所までたどり着いた。
「えーっと、えーっと……」
ウヒカはなにか言うことがないか考えあぐねている。そのようすに男は言葉を返した。
「もういいでしょ、指輪はもともとわたしたちのものなんです。わたしたちこれからそこのお店でお食事をしようと決めているので、これで」
彼らが去ろうとしたとき、ズボラたちがウヒカの後ろに到着した。
「待たせたなぁ」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。