10. 宿泊
「ほう、さっきよりはいい手だな」
男が言う。女は相手をにらむような目つきをしながら自分のカードに念を送る。「こい、シカク」と、次のカードがそれになるように念じる。
「おまえが次にシカクを出せば、少なくとも負けることはない。だがマルを出せば……」
男は女をあおる。女はそれを無視しながら念を送りつづけた。
「せーの」
運命のかかったカードをふたりはひっくり返す。女はマル、男はシカクだった。またもや女は負けてしまった。
「あーあ、これじゃあ、あんたギャンブル向いてないからやめたほうがいいよ」
男はなかば呆れたように言うと魔法のステッキを手に取り酒場を出て行った。女は悔しい顔をしながらテーブルをただにらみつけ、それから握りこぶしを作りグッと目を閉じた。
「あれぇ、もしかして負けちまったのかぁ?」
ズボラは彼女にたずねる。女はゆっくりと目を開けて、握りこぶしを緩めると力なく顔を上げた。
「そうだ。すまない」
「えっ? じゃあ俺が貸した金は?」
「ない」
「ない? ないんじゃ、しょーがねーなぁ。どうすっかなー」
「その代わり、あたいについてきてくれ。今夜うちに泊めてやるよ」
「おお、いいのか?」
「ああ、汚いところだけどな」
「なんでもいいぜ。俺たちも泊まるところがなくて困っていたところなんだぜ」
「そっか。じゃあ、ちょうどよかったな」
こうして、ズボラたちは彼女についていくことにした。
酒場を出て城のほうへ歩き出す。途中で建物と建物の間を曲がり、そこから、ある程度進むと古びたレンガ造りの家が見えてきた。
「あそこがあたいに家だ」
女は小走りになり自宅へと向かった。家に着き中に入ると「適当にそこへ座ってくれ」と部屋の中央にあるテーブルを指さした。
「ああ、わりーねぇ」
ズボラは軽い口調で言い椅子に座る。部屋はテーブルと椅子以外はほぼなにも置いていなく、壁にいくつかの同じ魔法のステッキが飾られているだけだった。
「いまなにか用意してやるよ。そこで待ってて」
女は軽い足取りで奥にあるキッチンへ行こうしたが、あることを思い出して急に立ち止まった。
「あ! そうだ。お茶菓子がないや。悪いけど誰かアクキリムシを取ってきてくれないか?」
「アクキリムシ?」
ズボラはたずね返した。
「ああ、いまちょうど切らしててないんだよ。せっかく出そうと思ったのに」
「そうか。じゃあ取って来るかぁ。おまえたちも行こうぜ」
ズボラはグータラとナマケに目をやると、ひとりいないことがわかった。
「あれぇ? ナマケはどこ行ったんだ?」
ズボラの問いにグータラは答えた。
「いや、まだ来てないよ」
「え? あーそうか。まだ外か」
「うん」
「しょーがねーなぁ、ついでにナマケも捜してくるか」
「うん」
外に出るとズボラたちはまずナマケを捜すことにした。あちこちと捜していると遠くに誰かが倒れているのを発見。すぐさま駆け寄るとそれはナマケだった。
彼は安眠枕を頭に敷いて寝ている。どうやらズボラたちを追っている途中で眠くなりそのまま眠ってしまったようだ。
「こんなところにいたかぁ、しょーがねーなぁ」とズボラは杖を出して彼がつかむのを待つことにした。しばらく経ちナマケはその杖をつかんだ。
「よし、グータラそっちを持ってくれ」
「うん」
そうして、ナマケを運んでいき、途中、アクキリムシを捕まえるためにナマケを地面に下ろす。それからふたりは草むらに入りアクキリムシを探し始めた。
ズボラは適当に草をかき分けながら手にふれたアクキリムシをつかむと、それを次々と指輪に入れていく。グータラは探しているがいっこうに見つけることができなかった。
ズボラはある程度取ったあとグータラに話しかけた。
「こんなもんでいいだろ。グータラそろそろ戻ろうぜ」
「うん」
家に戻ると、女は杖にぶら下がっているナマケを見て驚きを見せた。
「どうしたんだ? そいつ」
「こういうやつなんだ」
「寝てるのか?」
「まあ、そんな感じだ。それより取ってきたぜ」
ナマケを下して、ズボラは指輪からアクキリムシを取り出した。
「おまえ、もしかしてそれって、クロバーの指輪か?」
女は好奇心に満ちた目でたずねる。ズボラはご満悦そうに答えた。
「ああ、本当はグータラとナマケの分も買おうとしたんだけどさぁ、金が足りなくて買えなかったんだぜ」
「いくらだったんだ?」
「えーっと、さあ忘れたぜ」
「いいなぁ、あたいもほしいなー」
「店で売ってたぜ。たぶん売り切れてはないだろうから、買うんならいまだぜ」
「そうしたいのはやまやま、金がなくてねぇ」
「そうなんだ。それはしょーがねーなぁ」
テーブルの上でアクキリムシが跳ねたりしている。「取ってきたこいつもらうよ」と言って、女はそれを全部つかむとキッチンへと向かった。
キッチンでジューという音。それとともに香ばしいにおいがしてくる。女は、そのできたものを皿に乗せて持ってきた。
「アクキリムシの炒め物だ」
「おお、すまねーなぁ」
ズボラはさっそく食べ始めた。それを見たグータラも遠慮なくいただいていく。
「なかなか、うめーじゃねーかぁ」
「ひひひ、ありがと。ところであんたたちは何者なの?」
「俺たちは……」
ズボラは自分たちのことの説明が面倒くさくなり会話を止めようとした。するとグータラが話を引き継いだ。
「俺たちはロマン姫を助けるために旅をしているんだよ」
「ああ、今朝、町にまかれた紙のことだね」
「うん」
「それで、なにか当てはあるの?」
「いやぁ……フードを被っている、しか」
グータラは話につまりズボラを見た。だが、彼はアクキリムシの炒め物を無心に食べている。
「フード? それ以外はなにかないのか?」
「う、うん」
「ロマン姫を助け出せば100万リボンだろ? あたいも捜そうと思ったんだけどさ、手掛りがなくて。どうしたもんか考えていたんだ」
「そう、その手掛りがないからこのロマンティス城へ来たんだよ」
「それで、なにかわかったのか?」
「いやー……」
ズボラは喉が渇き始めて飲物を彼女にたずねた。
「飲物かなんかねーかぁ? 喉が乾いちまって」
「あるよ。いま持ってくるから。なにがいいの?」
「できれば酒がいいなぁ」
「酒か。わかった」
彼女はキッチンから酒の入ったカップを持ってきて、それを三つならべた。
「わりーねぇ」
ズボラはその至れり尽くせりに感謝しながら酒を飲んだ。すると、そのにおいに誘われてナマケが目を覚ました。
「あれー、おいしそうなにおいがすると思ったら……」
ナマケはゆっくりと歩いてきて椅子に腰かけると、カップに注いである酒を飲もうとしてたずねた。
「これ飲んでいいの?」
「いいよ」
ナマケは酒を飲み始める。それからつまみであろうアクキリムシの炒め物に手を伸ばす。
「ところで自己紹介してなかったね」と女は言った。それに対して三人はうなずく。
「あたいはウヒカって言うんだ。よろしくね」
「俺はズボラ」
「グータラ」
「あーぼくはナマケ」
それぞれが自己紹介をし終わり、つまみもなくなったころズボラはウヒカに言った。
「このつまみ追加してくんねーか? もう、うまくてよぉ」
「ついか? もうないよ。あんたたちが取ってきたの全部使っちゃったから」
「そうか。それじゃあ、しょーがねーなぁ」
「まあ、また取ってきたらいつでも作ってやるよ」
「まあいいや、俺はもう寝る」
ズボラは椅子から立ち、その辺の床に寝そべった。それにつられてほかのふたりも床に寝そべり出す。
「おいおい、そんなところで寝たら風邪ひくぞ」
ウヒカは彼らの行動に困惑しながら気を使った。
「ああ、いいっていいって。俺たちこういう風に寝ても問題ねーから」
「まあ、うちには三人が寝れるほどのベッドはないけどさ」
見るとすでにグータラとナマケはいびきをかいている。ウヒカは彼らのだらしなさに小さくつぶやいた。
「しょうがないなー。新しくなったミユウにでも入ればいいのに」
ズボラは肘枕をしながらたずねた。
「ミユウって体を綺麗にするやつか?」
「うん、でも新しくなったんだよ」
「新しい? 服を脱ぐの面倒だからなぁ、最近は入ってねーなぁ」
「それがさ、服を脱がなくてもよくなったんだよ。この服を着たままゲートを通過するだけで服と体が綺麗になるんだ」
「へぇーそいつは便利だなぁ」
「あんたが入った酒場の出入り口にもあるから、それで綺麗になっているはずだけど」
「そうなんだ。全然気づかなかったけどなぁ」
「いまは出入り口にそれを設置する店が主流になってるからね」
「ふーん、まあどうでもいいや。じゃあ、俺の体は綺麗になってるんだな?」
「うん、そうさ。もとはダリティア王国で使われていたものなんだけど、それはお湯と一緒に浄化の魔法が出る仕組みになっているものだったんだ。でも、改良されて浄化だけが出るようになり、しかも箱式からゲート式になったんだって」
「そんなもんよく作るぜ。まあ、なんにしても俺は寝るぜ。これ以上綺麗になってもしょーがねーからなぁ」
ズボラはそのまま眠ってしまった。残されたウヒカは自分のベッドへ向かい、それから床についた。
ロマン姫を助けに行くかぁ……。100万だもんな。
ウヒカはそう思うと含み笑いを見せて眠りにつくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。




