1. 出発
シズンエスタという世界のどこかの大陸の話。
そこには『ケモにん』という種族が住んでいた。ケモにんは人間に獣の一部分がついている生き物で、主に耳やしっぽや模様など。さらにその獣の着ぐるみを着ているのが主流で顔の部分は被らずに後ろに垂らすのが流行っている。
その町は栄えて、城には王さまがいた。だが、高額な賃貸料と税金のため、労働者には金がなかった。そんなある日……。
「あー腹減ったなー」
コアラ化の男グータラが虫を探しに夜の森を歩いていると空が光り輝いた。その光に照らされたアクキリムシを捕まえようと手を伸ばしたが、逃げられてしまう。グータラはまぶしそうに空を見上げた。
そこには飛虫船が飛んでいた。よく見てみると、タケクロ蝶という蝶々形の飛虫船だった。
「たすけてー!」
その声の主は、飛虫船の窓から乗り出そうとしているウサギ化のロマン姫だ。助けを求めようと手を振る彼女はグータラを見ると、ふたたび声を上げた。
「たすけてー! おねが……」
姫が言い終わる前にフードを被った者が彼女のドレスを引っ張り、船内に戻らせた。飛虫船はそのまま上空を通過していった。
グータラはそれを見て綺麗だなと思った。
次の日の朝。
パンダ化の男ズボラは友人の家に向かっていた。友人の家に行く途中でアクキリムシを何匹か捕まえながら歩いて行く。そしてその友人の家に着いた。
そこは木の上にある古びた木の家だった。ズボラはドアに向かってノックを9.5回叩いた。するとドアが開いた。
家の中にいたのはナマケモノ化の男ナマケだった。ズボラの友人である。ナマケはいつも寝ていた。
「ナマケ、飲もうぜ」
ズボラはそう言うとバッグから小さな酒樽を取り出した。お碗を置いてそれに酒を注いでいく。
「あーお酒持ってきたの? じゃあ飲もう」
ナマケは転がりながら酒のところまで来ると、仰向けで酒の注いであるお碗を手に取った。
えいーす……と、お互いがその合図で酒を飲んだ。ズボラは酒樽に口をつけてそのまま飲み始める。
「つまみも持って来たんだ」
「あーおつまみもあるんだね」
ズボラはさっき取ってきたばかりのアクキリムシを置いた。
「アクキリムシだね」
ナマケが言うと、自慢そうに「そうだ」とズボラが答える。ふたりはつまみを食べつつ酒を飲んだ。
「最近調子はどうだ? ナマケ」
「んーそれ昨日も聞いたよ」
「あれ? そうだったけか。わりいわりい」
「ズボラはどうなの?」
「こっちは大変だぜ。おとといのある晩、ノミラの幽霊に出くわしてさ。おっぱらってもおっぱらってもついてくるからさ、面倒くせーからそのままにしたんだ」
「へーそうなんだ」
「ところで今日出かけないか?」
「えー、ちょっ」
「まあまあ最後まで聞けって。今日町で市場が開かれるんだ。いろんな出店が出るんだけど、なかにはダリティア王国から輸入してきた指輪が出品されるらしいんだ」
「ゆびわ?」
「クロバーの指輪っていうんだ」
「ふーん、どんな指輪なの?」
「それがすごいんだよ」
そのとき、コンコンコンとドアを叩く音が聞こえてきた。ふたりはドアに目を向けると、ふたたびコンコンコンコンと速く叩いてきた。
「合図が違うぜ」
ズボラが言うと「開けてよ。忘れちゃったんだ」とドア越しから聞こえてくる。ふたりは顔を見合わせて「グータラ」とハモった。
ドアを開けてやるとグータラは這うように入ってきた。どこか落ち着かなく、腕や足を必死に動かして進み、自分の指定席であるソファに座った。
「聞いてくれよ」
開始早々、グータラは汗をかきながらなかば早口で話し始めた。
「あのさ、きのうさ、夜にさ、俺腹減ったから虫を取りに行ったんだよ。それから虫を見つけて捕まえようとしたら、光が空から、いきなり光がさ、降ってきて……」
「グータラ、まあ落ち着け」
ズボラはそう言ってお椀に酒を注いでグータラに渡した。グータラはそれをいっきに飲み干すと、おでこの汗を腕で拭き取り話をつづけた。
「でさ、そこを見たらさ、飛虫船に乗ったロマン姫がいたんだよ。でっ、たすけてーって言ってたんだ。その横にはフードを被った黒いやつがいたんだよ」
グータラの話を聞き終えて、ナマケとズボラはお互いに顔を見合わせた。グータラのいつものことだろうとふたりは思ったが、ここまで彼が必死に伝えてくることはとてもまれだった。
「どうせ冗談だろ? それより、今日さ町に行かないか? 市場が開かれてすごいものが売っているって話なんだよ」
ズボラはそう言ってふたりを交互に見た。ナマケは寝転がりながら酒をちびちびと飲んで知らないふりをしている。グータラはさっき話したことをできればその真相をここにいる3人で確かめようと考えていた。
「へ、へえーすごいものって?」
グータラはそうたずねながら、そんなことよりもやはり昨日見た光景が忘れられずにいた。
「クロバーの指輪って言ってさ、いろんなものがその中に入るって話なんだ」
「いろんなものって?」
「あーと、たとえば、酒とか……このお碗とか」
「それって、どういう仕組みで入るの?」
「さあ、それはわからねぇ。けど、それがあればいちいち道具なんて持たなくてもいいんだぜ」
「……うん、そうだね。でも高いんだろーなぁ」
「俺を誰だと思っているんだ。金持ちのズボラだぜ」
「えっ、おごってくれるの?」
「ああ、だから行こうぜ」
「じゃあ行こう」
ふたりは意気投合し町へ行くことを決意した。それから、ふたりはナマケに視線を移し、彼も連れて行こうと試みるが、ナマケはなかばいびきをかき始めていた。
「ナマケも行くだろ?」
ズボラは言った。しかし、ナマケは行く気を示さない。床の上でゴロゴロと寝ているだけだ。「行きたいよな?」とふたたび誘うが、目を閉じて渋い顔をしている。
「おごってやるからさ。なんでもおごるぜ、おまえの食べたいものだって好きなだけ。どうだ?」
「えー……ちょっと、今日は」
「今日はなんだよ?」
「いやーそのー、ちょっと調子が悪くて」
「調子が悪い? じゃあおまえに回復薬を買ってやるよ。それもダリティア王国から輸入されるって話だ」
「……いやーちょっと、そのー、読みたい本が……」
「はあ? おまえいつも寝てるだろ。本を読んでる姿を見たことないんだが」
「あーこっそりと」
「読んでるって?」
「うん」
「まあまあ、そんなこと言わずにさ、行こうぜ」
「でも……」
しょーがねーなぁ、と思いながらズボラは例の手段を取ることにした。ズボラはグータラに耳打ちをした。
「うん、わかった」
それからグータラは外に出て行った。それから1時間経ち、2時間経ち、3時間経ったころドアを叩く音がした。コンコンコンコンコン、またしばらくしてコンコンコンコンコンと叩いてきた。
「合図が違うぜ」
ズボラが言うと「忘れちゃったんだ。開けてよ」とグータラが返す。ズボラはため息をつきドアを開けてやった。
「はあ、はあ、と、取ってきたよ」
グータラは汗をかきながら持っているものを見せた。それは木の棒だった。
「ずいぶん遅かったな。まあいいや、これさえあれば……」
ズボラは棒を持つとナマケの前に差し出した。ナマケは目を細めながらその棒を眺めている。
「おまえの好きな棒を持ってきてやったぞ」
ズボラが言う前に、ナマケは寝返りを打って寝息を立て始めた。その行動に驚いたズボラは棒を持ち上げて不思議そうにその棒を眺めた。
「あれ? おっかしーなー。これが嫌いなやつじゃないんだが……なあ」
ズボラはグータラに振った。グータラは「うん、そうだったね」と答えて、棒の端をつかんだ。
「あーそれぼくの、寝床?」
ナマケが目を覚ますとそれを目指して歩き出した。10分後、その棒にしがみついてきた。ここぞとばかりにズボラは「そうだ、おまえの寝床だ」と言い放つ。
ナマケはその棒にぶら下がるようにつかまるとさっそく寝始めた。
「よーし、これでいい。おいグータラ、絶対そっちのつかんでる棒を落とすなよ」
「う、うん、わかったよ」
「それじゃあ、さっそく町へ行ってみっか」
こうして、彼らは町へ行くためナマケの部屋を出るのだった。
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