4 【5月4日坂町さんとのデート前】
【5月4日坂町さんとのデート前】
カシャ。午後3時、都会の真ん中に人工的に作られた緑溢れる公園でカメラのシャッター音が鳴る。このシャッター音は人が入り混じる騒音でさえも、それを上書きする様に聞こえてしまう。なので写真を撮るには時と場所を選ばなければならない。
この公園でただ一人、カメラを持った男がまた写真を撮った。
何回もカシャという音が鳴り響いても、その公園に行き交う人々は誰も不信がらなかった。むしろそれは風景の一部だと捉えていた。
また男は写真を撮った。すると公園の入り口から女がその男を見つけて駆け寄った。
「中川さん、また写真を撮ってるんですか? 写真家でもないくせに」
この余計な一言をつける無神経な女は坂町という。
カシャとカメラをまた音を鳴らして、中川はレンズから顔を離した。腕につけた時計を見て坂町に顔を向ける。
「35分の遅刻だ」
「仕方ないじゃいですか、準備に時間がかかるんですよ。 ところでお昼ごはんは食べました?」
坂町は強引に話を変えて、馴れ馴れしく後ろから中川の肩を掴んだ。
「食べたよ」
それだけ言って、カメラを操作して昼食時の写真を画面に映した。
「この写真ブレてますよ、見せるの間違えていません?」
坂町が見たのはハンバーガーだと分かる一歩手前の写真だった。
「いや、これでいいんだ」
中川は次々と別の写真を画面に写しだして話し始めた。
「僕が撮りたいのは日常の一場面なんだ。 こうした動きのある写真を撮ることで、誰もが意識したことない次の行動までの見えない切り取り線を実現させることが出来るんだ。しかも巻き戻すことが出来ないものを一枚の写真にすることで記録的なものへと変容できてしまう。 そのうえ迫力があり—-」
まるで子供のような顔で語る中川の姿は、中川と付き合っている坂町でさえも少し気持ち悪くうつった。 中川の語りを止めようと、スマホを取り出して写真のアルバムを開いた。
「私の写真も見てくださいよ」
そう言って見せた写真はSNSから保存したような、どこにでもある色鮮やかな写真だった。
中川は口を閉じて、スマホの画面をマジマジと見る。 つまらない写真だと思ったが、それをそのまま口に出してしまうと彼女が怒ってしまうので別の言葉を探した。
そして考えること数秒、当たり障りのない褒め言葉を口にした。
それを坂町は聞いて、満足な顔を見せた。
「それで、今日はどこに行きます?」
坂町は本来の予定であること後のデートに行く場所を聞いた。
「もう決めてるんだ、アデルモードの写真展を見に行きたいんだ」
「ああ、あの中川さんのパクリもと」
「失礼な、影響を受けただけだ」
そのアデルモードとは、現代のアメリカの写真家で中川と同じようなブレた写真を撮っている。 中川は学生の頃、その写真と出会い心の奥から見惚れた。
「しかし僕とアデルモードの根本的な違いがある、それは現実に切り取り線を描いていることだよ。 このシャッター音がその印さ」
そう言って中川はカメラを構えて、レンズを坂町に向けた。
カシャ。
(終わり)