2 【無能な警察】
【無能な警察】
人は顔に表情がついている。
笑う、泣く、怒る、苦しむ。それが出来ない人はいない。感情が気薄でも、何かが起こればそれが顔に出てくるものだ。
猟奇的な殺人鬼にも冷酷な裁判官にも表情はついている。
しかしそんなものを持たない人間がいたことに、刑事の野田は頭を悩ませていた。
暗い密室に、申し訳なさそうに椅子に座った男がひとり目の前に座っている。
男の名前は相沢といい、彼は殺人犯である。
どちらも口を開くことなく黙り込んでいた。空気は重く、窓もないこの取調室に緊張感がピアノ線のように張り巡らしていた。
紙を切り裂くように野田は口を開く。
「相沢さんねぇ、あなた人を殺しているんですよ」
野田は睨み、相沢それを見て、すみませんとだけ言ってまた頭を下げた。
「では無差別殺人として処理します」
ため息が混じるその言葉を聞いた相沢は申し訳なさそうに、「それは、ちょっと」と呟いた。
すると野田は、込み上がった怒りに任せ机を叩いた。
「いい加減にしろ! 」
相沢はその怒りを向けられても、変わらず黙っていた。
その相沢のなんとも言えない表情をみて、ますます苛立った。
野田は握りしめた拳に気づき、自身の感情を抑えるために男のカルテを眺めた。
身体、精神共に異常なし、どの項目を読んでもおかしなところはない、かえって普通すぎるぐらいだ。
この殺人事件についてのファイルを開けて、何回も読んだ報告書に目を通す。
しかしどこをどう読んでもこの相沢が犯人であることが分かる。
何も知らない子供が見たとしても、この男が殺したと思うだろう。
まずこの事件の全容について説明すると、この相沢が自宅で友人を殺したというとても分かりやすいものだ。事件の発覚は隣の家の住民がその友人の叫び声が聞いての通報だ。
当時警察が取り調べた結果、酒による暴行でなければ、なにか言い合った様子もない。ずっと静かだったと隣人は答えた。その後警察が取り調べて今に至った。
つまり相沢が殺したということ以外分からないのだ。
そしてそれを付け足すように、彼は今まで精神病を患っていないことがカルテに書いてある。
野田は頭を悩ませた。
行き着いた答えは、感情を出させることだった。
この取調室に入るまで、相沢の顔は無表情に近かった。
そして質疑応答が始まれば「すみません」の一点張りだった。
相沢は優柔不断ともとれない態度だ。
「相沢さん、なんで人を殺したんですか」
ため息の混じった声で話す。
「すみません……」
「だから! すみませんと言ってもわからないでしょう、あの時何が起きたんですか? 話してください」
「すみません」
その無表情な顔で謝った姿を見て、野田はとうとう握った拳を振りかざした。
綺麗に相沢の頬にあたり、椅子から転び落ちた。
野田の後ろにいた警察官はすぐに止めに入った。
「すみません…」
相沢は泣き出した、しかし何も話さなかった。
その泣いている顔を見て野田は満足した。
(終わり)