そうしてみようと思う
「だって、しなこさんがしんどい気持ちになっているのがいやなんでしょ? おにいさんが大変になるよりもそっちがいやみたいだからさ」
海くんの発想は単純すぎるかもしれないけど、結局はそれが正解なのかもしれない。
「それは何度か考えたりはしてたけど異性として好きかどうかというものとは種類が違うような……。自分にとって志奈子は人として尊敬できる憧れのような存在と言うか、とにかく彼女が尊重されないような現実はあってはならないと――」
恋愛なのかどうかよりも、田阪さんの愛情が重すぎる。
「だから何と言うか……ただ幸せでいて欲しい」
ほらやっぱり。
どうしたらそこまで相手のことを思えるんだろうか
思いを吐き出した田阪さんは両目を固く閉じ、かきむしるように頭を抱え始めた。
しかしそれも長くは続かなかった。私が気づいて制止するよりも先に、その姿をかわいそうに思ったのか海くんが頭をなでだしたのだ。
「ちょ、ちょちょっと待って!」
あわてて――自分の運動神経のにぶさのわりには――すばやく海くんをひきはがし、海くんに何でそれをやめてほしいのか、田阪さんにどう謝ろうか頭を懸命に動かしていると、
「ありがとう」
と田阪さんは言って笑ってくれた。
やさしいから表面上笑顔なだけで怒りをかみ殺してるのかも、とビクつく気持ちはあったけどそうでないことはすぐに分かった。吹っ切れたようなすがすがしい表情が見えたからだ。
それから田阪さんは何も言わずにしばらく天をあおぎ、それからこちらに向き直ってこう話してくれた。
「スイッチングしてた時にしていた仕事は理想的な環境だったけどフルパワーで何とかついていけるようなものでした。今の自分にはふさわしくない仕事だと感じました。歪んでいるようでした。
本来のあるべき姿に戻すのは当然です。僕にできるのはせめてその中で努力するしかない。胸を張ってその成果を見せれるように。恥ずかしくないその姿勢を見せれるように。あっているかどうかは分からないけど、そうしてみようと思います。
じゃないと合わす顔がないですから」
その声は大きくはないけど力強く感じた。