37.表裏
彼は沈黙した。僅かに口の端を困惑したように歪め、ああ、なるほど、そう言うように。
彼は、口を開いた。
「時間稼ぎだな」
「……」
【剣聖】が、何かを準備している。そのための時間稼ぎの会話。彼がその行為に付き合う意味はまるで無い。
だが、彼は答えた。
「まあいい。答えてやる。俺は、自分が善の側に立つ人間だとは微塵も思わない。これで満足か?」
「……つまり、お前は自身が悪人である事を認める、と?【第一剣・至正】」
振り抜かれる長剣を、彼は丁寧に黒刀で弾く。
威力はそう高くはない。だが決して無視は出来ない。
彼は意識的に防御重視の立ち回りを行った。
振り下ろされる刃、不意打ちの拳撃、蹴撃。手数は減ったが、一撃一撃の攻撃の重さは増している。
魔剣との融合に限らず【剣聖】自身が彼の技量に追いついてきている面もある。
それでも【剣聖】の攻撃は彼には当たらない。
表情には出ないだけで、苛立ちが【剣聖】の中に募っていった。
「それは違う。俺は決して善人ではないが、悪人ではない」
「人殺しという、罪を犯しておいて、お前は、自身が悪人では無いと……!?」
「さっき言ったと思うんだが。善悪と罪咎そのものに関わりはない。悪を行った結果、罪人となる事はある。……根本的な問題だが」
自らに向かってくる長剣を正確に防いで彼は【剣聖】に刺突を放った。明らかに、威力の高い一撃。
もろに刺突を食らい吹き飛ばされた【剣聖】へ、彼は言う。
「何故お前は殺人を悪だ罪だと断言出来る?」
「は?」
「殺人そのものを言葉として表すのであれば、人を殺す行為。何故それが悪である、と即答出来る?」
「ふざけるな!!答えるまでも無いだろう!!」
「お前も『英雄』として大勢の人間を殺した」
黒刀と魔剣が金属の弾けるような音を立ててぶつかり合う。彼の言葉に、【剣聖】は一言も発さない。
だが彼は構わず言葉を続けた。
「国同士の戦争に【剣聖】の名で台頭し、敵国の大勢の兵士を虐殺した。だが、お前は祖国では敵を退けた『英雄』と呼ばれた。殺人が悪だと断言出来るなら、【剣聖】、お前も悪人であり罪人だ」
「……それは違う。俺は、国を救った」
「ああ、事実だな。救国の為の大虐殺は、常に正義の名の下に肯定される。殺さなければ護れなかった、結果的に戦争を短く終わらせられた、兵士も死ぬ覚悟で戦場に出ている。……だが、それは」
一泊置いて。
彼は、告げた。
「単なる言い訳でしかない」
その言葉を合図にしたように、【剣聖】の動きが鈍った。
怒り。そして、お前がよくも偉そうに、お前に何が分かる、そういった心の中の声が聞こえてくるような鬼気迫る表情。
そんな【剣聖】を前に、しかし彼は冷静に言葉を続けた。
「人類は、理由のある殺人を正当化する。大義の為の犠牲。平和の為の殺戮。親を殺された子による復讐。正義を掲げた悪の討伐。同情という言葉で殺人の正当化を行う。快楽の為の殺人。戦争犯罪者。行き過ぎた復讐。正義によって討伐された悪。同情の余地が無い、同情出来ないのであればそれは悪しき事であるとして裁く。だが、それらはどちらも等しく殺人だ」
「お、前は、本当、に……!!!!」
「お前の問いに答えてやる」
【剣聖】の反論を彼は許さなかった。
「人類は正義による『真実』を盾にする。俺は『事実』で罪人を裁く。俺は罪人だ。殺すのも罪人だ。そこに私情は無い。単なる、義務だ」
一際、強力な、感情による、力任せな振り下ろしが、彼の黒刀に叩きつけられた。【剣聖】の感情に呼応するように魔力が溢れ、その刀身に纏われていく。
怒り心頭に発する。
その言葉を体現するかのように、【剣聖】は彼に怒鳴った。
「ふざけるなよ……ッ!!罪の大きさは、お前の匙加減一つで決まる、そうだろう!?お前が『生きている事』が罪だと言えば、罪人として裁く!!お前の行動に正当性はない!!」
「正当性?それこそ、お前に決められるような事ではないな」
「黙れ!!!!【爆震弾】!!」
至近距離から放たれた爆撃の魔術。しかし彼は回避しようとはせず真っ向から魔術とぶつかった。
「……熱いな」
「……【第二剣・】」
ピキ、と。【剣聖】の中で何かが切れた。
「【悪裂】ッ!!!!【火槍】ッ!!!!【雷雨】ッ!!!!」
「【神楽】」
魔剣の斬撃は【神楽】で弾いて防ぎ、魔術は左腕を盾にして防いだ。左腕を焼く火の槍。体を通り抜ける電撃。
治癒能力任せの彼の態度。まるで感情を煽るようなその姿勢。【剣聖】の怒りは、更に加速した。
「いい、加減に……!!!!」
「感情任せの理論を聞く気はない」
彼は黒刀を【剣聖】に向けた。
「この場にいるのは俺とお前だけだ。いくらお前が俺を悪人だ、罪人だと糾弾したところで何の意味もない。……お前は一体、何がしたいんだ?俺を論破したいのか、生き残りたいのか、俺を殺したいのか。訳が分からん」
「…………ああ、やっぱりそうだな。お前の事を、理解なんか出来ない」
【剣聖】の自分に言い聞かせるような言葉。
彼は、心底うんざりした表情で吐き捨てた。
「誰が理解してくれ、と言ったんだ?」
同時、走る虹の軌跡。
【剣聖】は口を固く引き締めて彼に斬りかかった。
斬撃、刺突、拳撃、蹴撃、爆撃、雷撃、氷撃、捕縛。
魔剣、魔術、体術。
己の持ち得る技術と経験の全てを使って目前の彼へと攻撃する【剣聖】は、今まさに一つの壁を越えようとしていた。
「【至正】」
「【神楽】」
彼の黒刀が、魔剣を弾く。
魔剣の威力は刻一刻と上昇していく。魔剣による強化と、【剣聖】の実力が『彼』という格上の存在によって引き伸ばされる。威力が際限無く上がるということは、それすなわち制御出来る限界点を超えた場合暴走する結果に繋がる。
だが【剣聖】にそういった様子は見られない。
彼は感心したように呟いた。
「流石英雄だ」
返事は無く。
ただ斬撃だけが彼へと向かってきていた。彼もただ黒刀を振るう。
弾き、受け止め、反撃する。お互いの体に防ぎきれなかった斬撃の傷が重ねられていく。
その最中、彼は行動を変えた。
「……面倒だな」
パシ、と右手の黒刀を逆手に左手に持ち替える。ただ、持ち替えただけ。
しかし確実な変化が起こる。
瞬時、彼の動きが加速した。
連続した斬撃。
彼は、逆手に持った黒刀を固定。【剣聖】の周囲を回るように高速で移動する。
【剣聖】の体を幾重もの斬撃が斬り裂いていった。
「ぐ……!!」
決して浅くはない、幾筋もの傷が【剣聖】の体に刻まれていく。再生の追いつかない速度での連続斬撃。威力が低いのかと問われれば、そんなはずがない。
刀剣を逆手に持つ利点。
順手よりも、遥かに力がかかりやすい。
彼の仕込みはそれだけではない。
「小賢しい……!!」
黒刀が右手から左手に。
黒刀の持ち方が順手から逆手に。
攻撃の手、刃の位置が反転する。
たったそれだけ、しかしそれだけで人間の脳は混乱する。ましてや戦闘中、僅かな混乱が大きな隙へとなり得る。
対応し始めた【剣聖】。
すぐさま彼は次の攻撃を繰り出した。
空いている右手に長刀を顕現させ、大きく距離を取ってから刺突の構えをとった。
「【雨月】」
「【氷槍】!!」
彼の刺突と【剣聖】の放った氷の槍が衝突。
長刀と魔術がどちらも爆ぜるように粉砕され、消失した。
遠距離、近距離、近距離、遠距離と、何度も何度も距離を変え技を変え二人は戦う。時には彼の体に穴が空き、時には【剣聖】の体に斬撃の痕が残る。
だが、すぐに再生。
堂々巡りの形勢を繰り返し、しかしそれでも。
【剣聖】が先に限界を感じた。
(……まずい)
魔剣による無尽蔵にも思える魔力の供給。仕組みを説明するならば、人体内部に存在する魔力生成機関をそのまま搭載したような物。
つまり、魔力を生み出すにも時間が必要になる。
魔術を放ち、負った傷を再生させ続ければそのうち魔力の供給が追いつかなくなる。
だが、やめる事は出来ない。
手数を減らす事も、再生を止める事も。
彼が有利になるだけだ。
だが、勝ちの目はある。
魔術を極めた者だけが辿り着く、消滅魔術の先。それこそが奥の手。
【剣聖】は、静かにその瞬間を狙った。
「……埒が開かない」
動いた。
何度も見た動き。何度も食らった攻撃。
彼はその技を放った。
「【刹那】」
抜刀術。居合い斬り。
【剣聖】は、防がなかった。
彼の黒刀が体に触れ、血を撒き散らして斬られる、最中。
【剣聖】は静かに唱えた。
「【属性変化】」
そして、交差するように。
彼の黒刀が【剣聖】の胸部を斬り裂く。
【剣聖】の魔剣が彼の胸部に突き刺さる。
相打ちが、【剣聖】の狙いだった。
「……馬鹿、か、お、まぇ………は……」
「……」
彼は再度黒刀を動かそうとし、気づいた。
突き刺されたままの胸部にある、魔剣の、その属性が何であるのかを。
「…………まさ、か」
「【神滅属性】だ」
概念的存在すらも滅する、消滅魔術の更に先の魔術。
今使われているのは【神滅属性】。即ち、神を滅する事に特化した属性。使い手次第では、神、龍、魔、人、と対象にできる概念が増える。
その、神を滅する属性を纏った魔剣が引き抜かれると共に彼は崩れ落ちた。
胸の傷が再生する様子は見られず、血反吐を彼は地面にぶちまけた。
「が………ぁ……………」
黒刀を取り落とし、腕を伸ばし、立ちあがろうと必死に踠く彼。
その様を【剣聖】は静かに見下ろしていた。
「……楽に死ぬ事など、許さない」
憤怒と憎悪。
【剣聖】は歪んだ表情で倒れる彼に言い放った。
「苦しみ抜いて、死ね。お前の罪だ」




