36.融合
魔剣の斬撃が、地を削り、空間を食い散らかす。
消滅の属性を以って振るわれる斬撃。理不尽な力そのものの攻撃から。
彼は、回避し続けていた。
「お前……ッ!!」
声を荒げる【剣聖】の非難するような視線はつゆ程も気にする事なく。首を捻り、半身を引き、黒刀で受け流し、飛び退き、常に【剣聖】から距離を離していく。【剣聖】が無理に踏み込めば何とか届く距離感を維持し、もし無理をしようものならその隙を突こうと。
徹底的な逃げの姿勢を取りながら、しかし彼は分析を進めていた。
(身体強化の度合いは大した事ない……か。だが消滅属性……被弾しなければ問題ないが……)
回避し続ける彼。
【剣聖】は苛立ち、少しずつ動きが雑になる。その瞬間、彼は反撃しようと意識を変えたが、すぐさま回避の姿勢に戻った。
「……落ち着け」
独り言を呟く【剣聖】。誰に向けたとも分からないその言葉に、彼は気づいた。
まるで、自分ではない誰かに言い聞かせるように、自身の暴走を抑えるためだろうか。今まさに魔剣を使いこなしている理由が彼にはそれ以外思い付かなかった。
「【属性変化】、【第一剣・至正】!!」
眉を顰めた彼へ。
【剣聖】は再び、魔剣を振るった。
再び、回避しようと動いた彼の左脇腹に。
斬撃が届いた。
距離を十分に離していた彼の体を、魔剣が斬り裂いた。彼は攻撃の届かない、届いたとしても浅い傷がつく程度の距離を維持していた。それにも関わらず、【剣聖】の魔剣による斬撃は彼の脇腹を捉えていた。
その傷を視認した彼は、違和感を覚えた。
「……?」
傷が治った。この斬撃に消滅属性の付与はされていない。
更に、一撃。
彼は、今度は防御を選択した。
彼の首を狙う魔剣を、黒刀が阻んだ。
「……ああ、そういうことか」
魔剣の軌道上の空間が、歪んでいた。無理矢理縮められた異常空間が、乱れた景色を映し出していた。
おそらくは空間属性の類。完全な回避は不可能な一撃。
無論、傷を無視する選択肢もある。
だが、彼は姿勢を変えた。黒刀を前面に、回避姿勢を攻撃姿勢に。
彼の気配の変化に【剣聖】はすぐに気づいた。
「……追いかけっこは終わ」
「【雨月】」
お前と話す気は無い、そう言うように彼は即座に刺突を放った。
空間を突き進む黒刀の刃。【剣聖】は魔剣で受け止め、反撃した。
「【第四剣・悪業】」
斬撃の嵐が、彼を襲う。
空間を超える必中の刃。全ての斬撃を彼は防ぎ、そして反撃をしようと構えたその瞬間。
彼は、大きく飛び退いた。
「【第二剣・悪烈】」
強力な斬撃が、彼の黒刀とぶつかる。受け流された衝撃は、遥か遠くまで突き抜けて行った。
攻撃が受け流された事実を視認しながら。
【剣聖】は思考していた。
(……当たらない)
彼の実力をよく分かっている。だが、苛立つ。
上手く立ち回れない自分にも。
魔剣を構え、距離を取った彼を見据える【剣聖】に。
彼は独り言のように呟いた。
「妻子は元気か?」
「……は?」
何故、彼が知っているのか。何故、今その事を言ったのか。
乱れた思考が、戦闘を阻害した。
「ッ!?しまっ……!!」
「【神楽】」
咄嗟の攻撃。
思考が別の方向に向きかけていたが故に、【剣聖】はいつもの行動を無意識に選んだ。
近づく相手に、最速で剣を振る。
あまりにも、読みやすい行動だった。
彼はその行動に、弾き、反撃する。既に何度も繰り返した動作。狙う先は首元。再生能力があろうと、人は人。首が落ちれば生きてはいられない。
黒刀は正確に【剣聖】の首を断とうとした。
首に迫る黒刀。
死。
死ぬ。
死が、そこに。
【剣聖】は吠えた。
何の意味もない、ただの声。
だが。
「ッ!?」
彼は吹き飛ばされた。
【剣聖】の体、否、魔剣から魔力の暴風が吹き荒れる。効率など考えてもいないエネルギーの強制放出が、彼を吹き飛ばした。
その異常事態に【剣聖】は困惑する事なく。
【剣聖】は感情に任せ、本能のままに怒鳴った。
「【爆震弾】!!!!」
飛び退いた彼の頰を熱気が撫で、エネルギーの熱球が側を通り過ぎていく。背後で爆裂する魔術に軽く視線を飛ばし、彼は呟いた。
「……厄介な」
【剣聖】が魔術を使い始めた。
魔力の放出に関してはただの力技、魔剣の属性変化は『魔剣』そのものを使いこなし始めた、そう考えられる。
それが出来たという事実。
適性が無ければ使えない魔術。
魔剣は【天魔】の才能そのものを圧縮している。
魔剣が、【天魔】の才能が、【剣聖】に溶け込み、同化している事は紛れもない事実であった。
だが、彼のすべき事は変わらない。
黒刀を手に、走り出した。
「【刹那】」
双方の距離を潰す居合斬り。【剣聖】の真横をすれ違う位置を突き進み、すれ違いざまに彼は黒刀を滑らせるようにして斬りかかった。
それに対して【剣聖】は、彼の黒刀を受け流し、右手一本で魔剣を構えて左手に魔法陣を構築、発動させた。
「【鉄薔薇の縛鎖】!!【第四剣・】」
迫る鉄の荊。
彼は左手に長刀を出現させ、体の向きを帰ると同時に振り抜いた。
「【羅刹】」
地面諸共消し飛ばす強撃。生成されたばかりの鉄の荊が瞬時に粉砕され、役目を果たす事なく消えていく。
その事実に【剣聖】は、そう上手くはいかないか、と呟いて剣を構え直し、すぐさま次の魔術を構築。魔法陣が展開され【剣聖】の声と共に発動した。
「【雷雨】!!【第五剣・正道】!!」
【天魔】が彼に放ったものと同じ、多数の雷を生み出す魔術。加えて、魔剣による刺突。
霰のように彼に向かっていく雷の雨と長剣の切先。彼は速度を上げて【雷雨】と刺突の斜線上から体をずらし、瞬時に回避。
戦闘開始直後に彼は回避、もしくは後退し続けていた。
しかし今は違う。
回避と防御、そして時には彼から攻撃をしている。
戦況は【剣聖】が魔術を使いこなし始めた事で一気に変化していた。この状況をどう傾けるか。彼は表情には出さず考えていた。
近づけば、魔剣による属性攻撃。
魔剣を捌いたとて、魔力放出による吹き飛ばし。
距離を離せば魔術。
懸念点は、何処まで【剣聖】が変わるのか、その一点。
魔剣に融合、適応し、魔術を使い始めた。
【天魔】の才能そのものを受け継いだ。
だが、その事実が果たして【剣聖】の勝利へと繋がるかどうか。
彼は、静かに思考を進めた。
その最中。
彼の右眼を狙った魔剣の刺突が放たれた。
「【神楽】」
黒刀で弾き、彼は【剣聖】を見据えた。
思考の海に沈んでいたとはいえ、僅かに遅れていれば彼の眼は抉られていたであろう、その速度。
魔剣との同調が進むに連れて【剣聖】の身体能力の強化状態も更に上昇していた。彼が対応出来なくなるのも、時間の問題。
その時だった。
【剣聖】は、彼を睨みつけて問うた。
「一つ、お前に聞いておく事がある」
「……この後に及んで何が聞きたい?」
お互いに武器は構えたまま。
【剣聖】は、その問いを口にした。
「お前自身は、自分が善の側に立つ存在だと、そう思っているのか?」
その問いに、彼はーー




