2・猫と鏡の旅
「飼い猫ぉ?ちょっと冗談じゃないよ、この美しさの秘訣はね、運動量にあるんだから。見てこの木登りの早さ、そして降り立つ時の優雅さ。」
猫はそう言って飛び跳ねるように気ののぼり、花びらのように地面に降り立った。
そして何事もなかったかのように毛づくろいを再び始めた。
「すごいね。」
「だろう?飼い猫なんて窮屈でやってらんないよ。見てあの美しさのないことったら。スピードはない、腹は丸い、しなやかさがなっちゃいないよ。」
首輪のついた猫をチラリと見たが、そこには肥えて人間が好きそうなやわらかそうで丸っこい猫がいた。
「ねぇ、僕は幸せ人形を探しに行きたいんだ、手伝ってくれないかな。」
「ええ?あたいがかい?まぁでも、この町にも少し飽きてきたところさ、ここで出会ったのもなんかの縁なんだろう、いいさ、付き合ってあげるよ。」
そう言って猫は背中に鏡を乗せた。
「あんた、見かけによらず重いのね。」
そういいながら落ちそうになる鏡を必死でバランスを保ち歩き始める。
鏡は人間の肩くらいまで映すくらいの大きさがある。
猫がこのまま背負っていくには少々大きすぎる大きさだ。
「・・・・・・ごめん。」
「で?人形とやらの居場所は分かってるんだろうね。」
「それが、全然・・・・・・。」
「ちょっと!しっかりしとくれよ!それじゃあたいはどこまでアンタに付き合わなけりゃならないんだい?途中でアンタのことなんて放り出しちまうかもしれないよ?」
猫はこれで二度目となるフーという音と共に毛並みを逆立てた。
「ごめん、途中で放り出してくれてもかまわないよ、でも今はありがとう。」
すると猫はフンと言った。いや、鼻を鳴らした。
「変わった奴。」
「そうかもしれない。」
鏡は顔のない顔で少しだけ微笑した。
「そういやあんた、僕って言ってるけどあんたに性別なんかないだろう?なんで僕なんだい?」
「セイベツ?ああそうか、生き物にはそういうものがあるんだったね、主人がそう言ってたっけ。これはね、主人が自分のことを僕って言うんだって教えてくれたんだ。今僕がしゃべれているのは主人のおかげかな。でも、人間には僕の声・・・・・・聞こえないみたいだった。」
「そりゃ人間と話そうなんて無理な話だね、音を発することのできるあたいたちの声でさえ人間にはなんて言ってるのか理解できちゃいないのさ。あんたなんか音すら出せないじゃないか。」
その瞬間鏡が地面にこすれ、こつん、ズルズルという音を立てた。
すると猫はため息をついて言い直した。
「・・・・・・何かにぶつからきゃ・・・・・・。」
「でもそれじゃあ変だ、どうして僕たちは話せるんだろう?」
「さぁね、きっと縁があったのさ。じゃなかったらあたいも何かあるのさ。」
猫はあくびをして、あるところまで行くと鏡を下ろした。
「ああ!肩が凝った。さて、これからアンタをどう運ぼうかね。」
猫はおろした鏡を静かに見つめそしてからこういった。
「やっぱりあたいはどいつにも劣らず美しい・・・・・・自分で魅入っちまうよ。」
といった。
鏡は表情などないが静かに苦笑した。
鏡は自分の前に広がる景色を不思議な気持ちで眺めていた。
青い空、ちゃんと見たのはいつ頃のことだろうか。
それに自然も、ましてや猫など、鏡は厳重に保管され、いつも日のあたらないくらい警備が厳重な地下室に常に閉じ込められていた。
人形の行方は知れないが、人形もおそらく鏡と同じ思いをしていたであろう。
あるいは、まだしているかもしれない。
ああ、平和だ、とても不思議だ。
目の前には欲望ばかりの人間ではなく、自分のことが大好きで綺麗好きな猫がいる。
猫を見たのもいつ以来だろう。
マスターがたまに遊びに来る猫を可愛がっていたのを見てからそれ以来か・・・・・・。
ああ、動きたい。
どうして動きたいのに動けないんだろう。
僕はただ、マスターにほめて欲しかったんだ。
僕を巡って目の前で人が死んでいくなんて考えたことさえもなかったのに。
僕は幸せ鏡、でもマスターが死なくなってから僕は幸せ鏡の裏に持つ不幸せ鏡となった。
人間は噂した。
幸せ鏡も人形も確かに願いを叶えてくれる。
でもそれは自分の命と引き換えに・・・・・・だ。と。
違うんだ。
違うんだ。
僕は、僕たちはただほめて欲しかった。
喜んでもらいたかったんだ。
誰かを不幸にしたかったわけじゃないのに・・・・・・。
「あれアグレマン?アグレマンじゃないか。懐かしいね、どこ行ってたんだい?」
「ああ、ファッシノ、ファッシノじゃないですか。本当だ、ずいぶんと久しいですね。」
「また外国に行ってたのかい?あんた、飼い猫と思われてるんじゃないの?」
「かまいませんよ、彼らは僕を気に入ってくれているようですし、僕もここだけではなく世界をしりたいですから。他にもまだ行く場所があるので、では。」
「ああ、またね。」