表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/52

それぞれの胸の内

 書類と登録証を受け取ったルゼックは、記入内容の確認をしておくので昼過ぎにもう一度来るようにと告げた。

 それまで家に来るかとフォードに聞かれたが、またにすると答えたアーキス。

 弟たちには悪いと思いつつも、少し落ち着く時間が欲しかった。

 フォードと別れ、宿泊施設に戻って。

 部屋でひとり、言いようのない胸中に吐息をつく。

 初めて聞いた父の本音。

 初めて話した自分の本音。

 もう自分の中でも割り切れているつもりだった。だからこそ、六年も経ってようやく口にできたお互いの思いは、今更といえば今更で。

 なのに込み上げるものは、やはり嬉しさが勝り。

 そんな自分がどこか情けなくも幸せで。

 ひとりで生きていけると思っていた、あの頃の自分にはなかった感情だった。



 昼を過ぎてから、アーキスは再び本部を訪れた。迎えてくれたルゼックから、書類に不備はなかったことと、それぞれ師に受領してもらわねばならないので時間がかかることを伝えられた。

 合の月に来ると返すとなんだか含みのある笑顔を向けられたので、アーキスは少しむくれてそういえばと呟く。

「俺が来てること父さんに話したの、ルゼックさんだよね?」

 じっと見据えるが、動じた様子もなく肩をすくめるルゼック。

「さぁてな」

「しらばっくれてもわかってるんだからね」

 どう見ても仕事に来た様子ではなかったフォード。話が終わったらすぐ帰ってしまったことからしても、自分と話すためだけに来たのだと考える方が自然だ。

 変わらぬ表情のルゼックを暫く睨み返してから、アーキスはふっと息を吐く。

「……ありがと」

 込められる言葉通りの気持ち。

 素直に示したアーキスに、ニンマリと口の端を上げて。今からでは移動するのも中途半端になるだろうからと、ルゼックはもう一泊していくように勧めた。



 夕方に来客だと呼び出され宿泊施設を出ると、自分と同じ色を纏う青年がふたり立っていた。

 見覚えはないが面影は残る。あの日呆然と自分を見ていた瞳には、今は喜びと後悔が浮かんでいた。

「…兄さん」

 優しげな顔付きの青年は、その先の言葉を継げずにうつむいて黙り込む。

 少し背の高い青年がその背に手を添えて、まっすぐにアーキスを見つめた。

「突然ごめん。来てるって聞いたから…」

 すっかり成長したその姿に、自分が離れていた時間の長さを感じながら。アーキスもそっと手を伸ばす。

「カルフォ」

 うつむく青年の肩に触れ。

「リド」

 こちらを見つめる青年の腕に触れて。

「会いに来てくれてありがとう」

 心からそう告げると、ふたりの青年に抱きつかれた。



 そのまま泣き出したふたりがあまりに目立つので、慌てて弟たちを借りている部屋に連れてきたアーキス。

 誘導するために取った手は部屋に入っても放してもらえず、片手ずつぎゅっと握り込まれている。

「父さっ、から、聞、て……」

 しゃくりあげながら話すカルフォ。ぼたぼたとその大きな瞳から涙を零し、ますます強く手を握る。

「どう、ても…すぐ、謝っ、たく、て……」

「…それで、会いに来たんだ…」

 またうつむいてしまったカルフォから言葉を引き継ぎ、リドは空いている手で涙を拭った。

「…兄さんは、まだそんなつもりじゃなかったかもしれないけど……」

「ごめんなさいっ! 僕、僕が、あんなこと…言っ、た、から……」

「ふたりは何も悪くないよ」

 ぎゅうっとふたりの手を握り返し、きっぱりとアーキスが言い切る。

「意地を張って、何も話さず決めた俺が自分勝手だったんだから。ふたりが謝ることなんて何もないよ」

 ぶんぶんと(かぶり)を振るカルフォと拭った涙がまた溢れているリドを順番に見つめて。

 込み上げる思いの雫はもう堪えることができそうになかったから、ふたりの手を引っ張って振り切り、顔を見られないように片腕ずつで抱きしめた。

「謝るのは俺の方。ずっと返事も出さなくてごめん」

 抱える腕に力を込めて、アーキスもまた、ずっと奥底に沈めたままだった後悔を言葉にする。

「…兄らしいことなんて、なんにもできなかったのに。それでも俺のこと、諦めないでいてくれてありがとう」

 苦さを含んだその声に、アーキスの肩越しのふたりの瞳が見開かれ、直後に苦しそうに伏せられた。

「そ、なこ、と……ないっ」

「…僕らにとって、兄さんが兄さんじゃなかったことなんてないよ」

 素直に零れた気持ちを受け止めるように、六年の隔たりを埋めるように。ふたりもぎゅっとアーキスを抱きしめ返す。

 その温かさを感じながら、アーキスも視線を落とした。



 落ち着いてから、三人で顔を見合わせ笑い合って。

 思い出したように、リドが白い封筒を差し出した。

「エレンから。待ってる、って」

 礼を言って受け取って、今は見ずに机に置く。

 そのあとは互いに思い出を語り、夕食を一緒に食べた。また来てと何度も念を押し、名残惜しそうに帰るふたりを見送ってから。

 再び戻った部屋で、アーキスは今日一日を振り返る。

 もしかして都合のいい夢であったのではないかと思うくらい、今日一日で色々とあった。

 薄れる後悔と募る幸福に、自分の弱さと今までの頑なさを笑う。

 自分を心配して、一緒に行こうかとまで言ってくれていたリー。断って正解だったと本当に思う。

 親友に見せるには情けなく恥ずかしい今の自分。

 それでも我が事のように喜んでくれるとわかっているから、そのうちこの気持ちも含めて話すつもりだった。

 大きく息を吐いてから、アーキスは未読のままの手紙に手を伸ばす。

 書かれた自分の名と、母親同然の乳母の名。

 母親が亡くなったあと、親類筋から乳母として来てくれるようになったエレンたち三姉妹。自分たちにつきっきりの手が必要なくなってからは、交代で食事の世話や家事をしに来てくれていた。

 封を開けて手紙を広げる。急いで書いたのだろう、見慣れた文字は少し崩れ、溢れんばかりの喜びを綴っていた。

 合の月に寄ると言ったことも、もう聞いているらしい。自分の好物を目一杯用意して待っているから、と。そう締めくくられていた。

 どこまでも自分を気遣い甘やかすエレンらしいその言葉。

 もう少し先の六年振りの再会を思い、不肖の息子なりに感謝と謝罪を伝えようと決めた。



 手元に残ったままの白い封筒は、あの日の出来事が夢ではなかったのだと示すようで。

 大事にしまい直し、アーキスは荷を閉じる。

 七の月の間、ここ黒の四番から海側へと街道を逸れて、暫く歩いてみるつもりだった。

 探すのは、ラックが話していたという監禁場所。

 ここ西端の黒の街道を始め、端の街道の外側は、漁村が集まる地域と人の少ない寂れた地域とが混在していた。場所によっては森が深くなり、そういった場所にはエルフの集落があるといわれている。そしてそれは同時に、人が少なく、魔物が現れやすい場所でもあった。

 一番気温が低い北の海岸付近と北西の森林地帯ヴォーディスへは、組織が調査員を派遣することになっている。

 西岸は正直そこまで寒くはないが、あのやせ細った身体では体温も碌に保てなかっただろうと思い、駄目元でこちらを歩くことにした。

 何も見つからないかもしれない。

 しかしそれでも、何かをせずにはいられなかった。



 日浦海里様 https://mypage.syosetu.com/2275893/ より、第三弾終了時の人物相関図をいただきました。

 一話目の人物紹介の最後に挿し込んであります。


 前回に引き続き、ネタ満載で作ってくださいました。

 笑えるふたつ名もありますので、どうぞご覧くださいね。


 この場をお借りして。

 日浦様、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小池ともかの作品
新着更新順
ポイントが高い順
バナー作
コロン様
2i2d78wocscr68qx4ksgdsjlhwr2_tos_dw_dw_1hfi.png
バナー作
冬野ほたる様
シリーズへのリンクです
― 新着の感想 ―
[一言] アーキスとその家族。 フォード、カルフォ、リド、エレンたち。 空白の六年よりも更に長い年月を家族として共に暮らしていて そこにはきっと語りきれない物語があって たくさんの葛藤の末に今があるの…
[良い点]  表題通り胸の内の想いが溢れた感じですね。ゆずれない想いがあったにしろ、兄弟が再会できて良かったです。それでも次の大きな波の前の序章に過ぎないのでしょうか。 [気になる点]   [一言] …
[良い点]  ひとりで生きてゆけると思っていた六年前のアーキス。それを考えると胸が痛いですね(´-`) 生きてはいけるけど、生きてはいけない。それがわかった六年は無駄ではなかった。泣きます……(*T^…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ