《余話》出逢いの先に待つものは
「ま、お前も板についたもんだよな」
百番の番号札の掛かった部屋の中。トマルが向かいの席でここぞとばかりに菓子を頬張る青年にそう言うと、青年姿のマルクはこの世の終わりのような溜息を返した。
「……仕方ないだろう。そうするしかないのだから」
「好きなもんは好き、でいいじゃねぇか」
「それとこれとは別だ」
本来の容姿を変え、副長として人の上に立つマルク。こちらも長年同じようなことをしてはいるが、組織副長と一介の庭師では見られている相手の数が違いすぎる。
こうしてほとんど人の来ないこの部屋で普段大っぴらに食べられない菓子を食べるのが、いつの頃からかマルクの息抜きとなっていた。
このことを知るのは自分のほかは片割れのレジストだけだとマルクは思っているだろうが、実はクフトからは時折ふたり分の菓子が差し入れられている。
出された菓子を食べ尽くし、お茶まできちんと飲み終えてから、いつもの姿に戻ったマルクが立ち上がった。
「とにかく。場所を借りて悪いが、明日ここにギルスレイドを連れてきてくれ」
「わかった」
頼んだと言い残して慌ただしく去っていくマルクを見送ってから、トマルは息をつく。
脳裏によぎるのは、先日のメルシナ村でのことだった―――。
ロードムの捜索に協力してくれたことへの礼とヴォーディスでのことを知らせるために訪れたメルシナ村で、チェドラームトはウェルトナックだけを話があると連れ出した。
「……アディーリアのことだ」
そう切り出したチェドラームトに、ウェルトナックは慌てる様子もなく何かと問う。
「あれは龍の……片割れとしての気持ちじゃないだろう?」
片割れに抱く愛情と親近感―――アリュート川でのアディーリアの様子は、龍としてのそれを逸脱しているように見えた。
曖昧な言葉に問い返すこともなく、ウェルトナックはチェドラームトを見たまま深く息をつく。
「……そうかもしれないが。そもそもどこまでが龍としてのそれだと区切れるものでもあるまい」
「しかし―――」
「言いたいことはわかっている」
チェドラームトを遮るウェルトナックの声に苦さはなく。既に受け入れたのだと窺える静けさに満ちていた。
「あやつは生まれた時から人の傍にいる。違う種だとわかってはいても、まだ龍と人とを根本的に別のものだと理解できていないままだ」
エルフやドワーフなら近似種であり人と交わることもできる。一方で、感情を持ち人語を解しても龍は魔物。種以前にその存在そのものが異なる。
自分たちには当たり前のその認識の欠落は、アディーリアが護り龍の―――人との親和性の高いウェルトナックの子であるがゆえだろう。
「初めて、しかも龍として成熟する前に得た片割れが愛子。黄金龍のあやつには、リーは一生のうち唯一の相手だからな」
何のせいでも、誰のせいでもなく。ひとつだけならたいしたことのない欠片がただ重なってしまっただけ。
受け入れたのではなく、受け入れるしかなかったのだと。ウェルトナックの心情にようやく思い至ったチェドラームトは、続く言葉を呑むしかなく。
「……すまん」
「気にするな」
気にかけてくれてありがとうと礼まで返され、チェドラームトは苦笑する。
こちらのやるせなさは伝わったのだろう。ウェルトナックもまた仕方なさそうに笑い、池の方を見やった。
「……この先あやつはつらい思いもするかもしれぬが。それでも逢えぬよりはと、そう思ってな……」
諦めではなく、希望として。
紡がれたウェルトナックの言葉に既視感を覚えるが、その時はわからず。
ただそうであればと願うことしかできなかった。
(……あれはギルスレイドだったんだな)
翌日、呼び出しに応じてやってきたギルを迎えにいきながら、トマルは内心独りごちる。
自身は過酷な現状に置かれても、過去の出逢いを悔いることはないその姿。
ウェルトナックの言葉に重なるのは、かつてのギルスレイドだった。
本部の受付へと行くと、既にくすんだ金の髪の青年が待っていた。
「トマルさん、お久し振りです」
受付カウンターの横で穏やかに金の瞳を細める青年は、今は龍でも人でもない、かつて龍であったもの。
何ものでもなくなった彼は、残る僅かな時間を恩人との約束とともに過ごしたいと願い、ここへ来たと言っていた。
「ああ。わざわざ悪かったな」
「いえ」
にこやかに、最古の記憶を持つそれは微笑んだ。
お読みくださりありがとうございます。
『新米同行員の初仕事』、余話も含めて完結となります。
第五弾のメインはチェドラームト…ではなく、ギル。
レストアシリーズ第五弾『闇の中の黄金龍』、八月頃から開始できればと思っております。
改めまして。
ここまでおつきあいくださりありがとうございます!
またお目にかかれることを願って。





