《余話》同士
「おかえりなさい」
請負人組織本部、帰還の報告に来ていたラミエは聞き慣れた声に振り返った。にこやかにこちらを見る紫銀の髪のエルフに、戻りましたと頭を下げる。
「報告が済んだなら、少しいいかしら?」
職員としてではなく旧知の顔を覗かせるミゼット。頷いたラミエに面会室で待っているようにと告げ、別の方向へと歩いていった。
本部内で珍しいなと思いながら、先に面会室へと来たラミエ。お茶を手にすぐにやってきたミゼットは、向き合うラミエに含みのある笑みを見せる。
「初めての同行員としての仕事はどうだった?」
口をつけかけていたカップを止め、テーブルに置き戻してから。ラミエは自分に回ってきた仕事が誰の差し金だったのかを理解した。
「楽しかったよ」
「その様子じゃちゃんと受け入れてあげられたみたいね」
誰の何をかは、考えるまでもない。
「当たり前だよ。こんなことで嫌いになるわけない」
言い切るラミエに、ミゼットは笑みを深める。
「そう。ならよかったわ」
穏やかに呟くその様子に、ミゼットが心配していたのは自分ではなくリーの方なのだろうと思った。
自分のことを幼い頃から知るミゼット。どう思うかなどすぐに想像がつくはずだ。だからこそリーが言い出しにくくなる前に、こうした機会を持たせてくれたのだろう。
エルフであるがゆえ、付き合いも長く、青年期が長いために人ほど年齢の差が影響しない。
自分にとってのミゼットは、母でも姉でも友でも師でもなく。
また同時に、そのすべてでもある。
そして新たに増えた関係は、同じく人を愛する者としてのそれ。
同じ想いを、そしていずれは同じ哀しみを抱く者、なのかもしれない。
穏やかに微笑むミゼットが抱えてきたものを、自分はまだ理解することができないが。いつの日か、少しだけでもその荷を分かち合える日が来るのかもしれない。
来てほしくはないその日―――しかし、来てしまっても自分に残るのは絶望だけではないのだと。そう思うことができるのは、ミゼットの姿を見てきたから。
その想いを抱えながらも歩みを止めない、その姿を見てきたから。
まだ弱い自分はこの先も揺れて悩むだろうが、それでも諦めきれない想いなのだと気付くことができたのは、彼女を―――その強さを、知っているからなのだ。
「……ありがとね」
「なぁに、改まっちゃって」
くすりと笑うミゼット。
向けられた眼差しは見守るそれではなく。ミゼットもまた自分と同じように、子や妹や生徒としてだけではなく、同じ想いを抱く者として見てくれているのだろうと思えた。
(……今なら聞けるかな……)
ふと浮かんだ思いは顔に出ていたらしい。どうしたのかと尋ねられ、ラミエは少し逡巡してから口火を切る。
「…ミゼットたちは、どうしてふたりでいることを選んだの?」
「ふたり?」
「ハーフエルフでも、ここなら生きていけるのに」
ハーフエルフが生きていける場所を整えながらも、自分たちの子を持たなかったミゼット。
リーと恋仲になり、その先を考えるようになってから。今まで漠然と疑問に思うだけだったミゼットたちの選択には、何か理由があるのではないかと思うようになった。
予想外の質問であっただろうに、ミゼットは微塵も驚いた様子を見せないまま、そうねと懐かしそうに笑う。
「……あの人がね、私を置いていくのは自分だけで十分だって」
ミゼットが嫁いだのは今の自分と変わらない頃だったという。エルフと人との子なら寿命は百五十年前後、ミゼットよりも先に亡くなるとわかっている。
いつもの見守るものではなく、どこか少女のような焦がれの混ざる笑みを浮かべるミゼット。亡くなって百年近く経つ夫への今も変わらぬ気持ちを覗かせたあと、遠くを見るようだった眼差しを手元へと落とす。
「それに……私には組織も、組織の皆もいたわ」
続けられた言葉とともにいつもの顔に戻ったミゼットからは、後悔も寂しさも感じられなかった。
「これは私の……私たちの答えだから。あなたたちはあなたたちの答えを探しなさいね」
ミゼットと別れて家へと戻りながら、ラミエはミゼットの言葉を考えていた。
(……自分たちの答え…)
今まで自分は残される側だと思っていた。しかしリーとともにバドック村、そしてメルシナ村へと行き、自分もまた残す側であることを知った。
いつでも来いと言ってくれたネイエフィール。
帰り際にはまた来てねと笑ってくれたアディーリア。
自分たちのことだけではなく。
同じようにリーを大切に思っている彼女たちに、自分ができることはなんだろうか―――。
足を止め、なんとなく空を見上げる。
リーの一生も、自分の一生も、龍の一生からすると、ほんの束の間なのかもしれないが。それでもその時間は一瞬ではない。
一緒にいるとあっという間で。会えない時間はどうにも長く。そんな風に感じながら、ずっとずっと重ねていく。
だからきっと、考える時間も十分にあるのだから。
この先、リーとともに。すぐには出せない答えを考えていけたら。
そんなことをぼんやりと考えながら。穏やかな空に、リーが初めて見せてくれた『苦手』を思い出す。
リーにもそんな面があるのだと知れたことを嬉しいと言ったら怒られるかもしれないが。
取り繕わないその姿に募るのは、呆れではなく愛しさなのだと。
本人には言えそうにないな、と。
花開くような微笑みを空へと向け、ラミエは再び歩き出した。
恒例ラミエ視点です。
以前感想返信でちらっと書いた、ミゼットが子を持たなかった理由。
もちろんこれだけが理由ではないですが、ようやく書くことができました。
ラミエはこの一作で少し強くなったように思います。
歩む距離が違うので、普通のカップルのように浮かれてばかりいられないのはかわいそうですが。
どちらも前向きですよね。
とても付き合いたてとは思えない(笑)。
では引き続き《余話》をどうぞ。





