片割れとして
青の五番からメルシナ村までの間も励ますように寄り添ってくれていたラミエのお陰で、いつもよりは比較的心穏やかに辿り着けたリー。メルシナ村と街道の間の森に降りてから、ぼんやりと森の木を見上げながら回復を待っていた。
視覚阻害の魔法があるとはいえ、龍の体は大きく、あまり見通しのいい場所に降り立つわけにはいかない。街道沿いに植えられた木々のお陰でこうして龍の降りる場所に困らないのだな、と。常緑の濃い緑に新しく芽生え始めた柔らかな緑が混ざる景色を眺めながら、なんとなく思う。
ヴォーディスでは北に山脈が見えているらしい。
街道沿いも、ヴォーディスも。空から見るとまた違う景色が見られるのかもしれない。
尤も、自分は怖くて見下ろせないが。
内心苦笑してから、リーは立ち上がる。
「じゃ、行くか」
ラミエに向かってそう言うと、怪訝そうに見返された。
護り龍に誰かを会わせるには、守護する町村の長と護り龍自身に許可を得なければならない。なのでいつも同行員はここでリーを降ろして引き返すのだとラミエも聞いていたのだろう。
「皆に紹介したいんだ」
同行員としてではなく、自分の大事な人としてのラミエ。そしてここにあるのは自分にとって大切な縁。だからこそ、互いを知ってほしかった。
「カナートなら会いたがると思うがな」
迷うラミエの背をフェイが押す。
「前に話したことあるけど、アリアにも会わせたいし」
「片割れ…って言ったよね」
どんなものかピンとこないのだろうラミエになんと説明すればいいのかと考えてみるが、リー自身も上手く言葉が見つからず。
「…誰よりも身近な特別、なんだと思う」
自分からはまだ絆を結んでいないので、アディーリアが自分に対して抱いている気持ちとはまた違うかもしれないが。
その存在を感じ、その気持ちを感じることができるアディーリアは、誰よりも内側に存在するようだった。
「特別……」
「もっ、もちろんラミエとはまた違う意味でだからっっ」
慌ててつけ足すと、わかってるからというように微笑まれる。
「…うん、私も会ってみたい」
穏やかな笑みに嫉妬はなく。言葉通りに受け入れてくれたラミエに、誤解されなかった安堵とこんな曖昧な言葉を信じてもらえることへの感謝を覚えながら。
会ったら絶対驚くと思う、と返すと、先程よりも更に不思議そうな顔をされた。
村長のザイシェにウェルトナックの許可を取ってもらい、ラミエを伴い池へと向かう。
青の五番の時点ではいつも通りの様子だったアディーリア。メルシナ村のあるレグルス地区に近付くにつれそわそわした気持ちになり、もしかしてを経て確信へと変わり。今はもうその喜びが抑えられることなく伝わってくる。
森を抜け、視界が開けた瞬間。金色の光が一直線に奔った。
「リー!!」
やはり来たかと思いながら、突っ込んできたアディーリアをなんとか受け止める。
「こないだはありがとな」
「ううん! 来てくれて嬉しい!!」
そのままぺとりとくっつくアディーリアの頭を撫でながら、リーは目を丸くするラミエを促して池の縁へと進んでいった。
池からはウェルトナックと家族たちが顔を出し、少々苦さの見える顔つきでこちらを見ている。
「いつも済まぬな」
「全然」
ほら、とアディーリアを池へと帰してから、リーは一歩うしろにいるラミエの隣まで下がった。
「先に紹介しとく」
「同行員のラミエ・ワクラー・アス・ロットシェルです。よろしくお願いします!」
リーの言葉に、弾かれたようにラミエが頭を下げる。
「……なんていうか……大事な人だから、会わせておきたくて……」
普段はここまで連れてはこない同行員を伴った理由をしどろもどろにそう説明するリー。ウェルトナックはまじまじとリーを見てから、うしろで成り行きを見ているフェイへと視線を移す。笑うでもなく、からかうでもなく、ただ頷くフェイに、ウェルトナックもそうかと呟いた。
(……大事な人……)
リーの言葉を心中で繰り返しながら、アディーリアは水面からリーを見上げる。
自分に向けられるものとはまた違う、見たことのない優しい顔がそこにはあった。
リーからの絆を結んでいなくても、それが特別を示していることは伝わって。
水面より下の手を無意識に握り込みながら、アディーリアは己の心中がリーに伝わらないように抑え込む。
鱗を逆さまに撫でた時のような、痛みとまではいかない僅かな引っ掛かり。知らない顔をするリーに、以前兄たちに感じたように、置いていかれる寂しさを感じたのかもしれない。
リーの隣で微笑むエルフは優しい人なのだと本能で理解できていた。自分たちに害をなす相手ではない。何より、リーが大事だというのだから、そんな人物であるはずがない。
ウェルトナックから順に紹介され、池の縁に膝をついた彼女から丁寧に挨拶をされる。
柔らかに微笑む彼女のことを好きになれるだろうとわかっていた。
わかっているのに素直に名を口にできない自分に戸惑っていると、揺れに気付いたリーが手を伸ばしてくれる。
頭を撫でてくれる手も、向けられる笑みも、いつも通り優しく温かい。
今はまだ変わらず、大好きで大切な自分の片割れ。
目の前にいると溢れる大好きな気持ちそのままに、その手に擦り寄る。
リーからの絆を結ぶまでは。
まだ、この気持ちのまま―――。
ラミエを見つめるアディーリアから伝わる漠然とした不安に、リーは落ち着かせるように頭を撫でていた。
人懐こいアディーリアにしては珍しいその様子に、やはり相手がエルフであることを心配してくれているのだろうかと思う。
すりすりと甘えるように頭を寄せてきていたアディーリア。視線が合うとにこりと笑ってから、隣のラミエへと向いた。
「リーの片割れのアディーリアです! よろしくね」
「ラミエです」
笑い合うふたりにほっとしてから、あのあとのことを報告する。
とはいっても、ヴォーディスでのことは既にチェドラームトが話しにきてくれていたらしい。リーからは、見つかった子どもたちのその後や、現在進行中の作戦でまた進展があるだろうと伝えておいた。
「それでさ、ここに来る前にヤトのところに寄ってきたんだ」
「食堂にいるってジャイルが言ってた!!」
案の定喰いついたアディーリアが、いいなぁと羨ましそうにリーを見る。
「アディーリアもヤトのご飯食べたい! ソリッドにも会いたい!」
「アディーリア、落ち着いて」
興奮気味の様子をユーディラルに咎められ、しゅんと肩を落としたアディーリア。
一方、ウェルトナックはリーが何を言うつもりなのか気付いているのだろう。伺いを立てるように顔を見るリーに眼を細め、それでいいとばかりに頷いた。
「アディーリア」
うつむくアディーリアに声をかけると、ぴょこんと弾かれたように顔が上がる。
「俺だって食ってないし、ソリッドにも会ってないからさ」
期待の眼差しに笑みを返し、待ち望んでいるだろう言葉を続ける。
「今度、一緒に行こう」
「うん!!」
池から飛び出したアディーリアを抱き止めてその背を撫でながら、初めてここに来てからまだ一年も経っていないのだなと考える。
レジストたちとはまた違う形かもしれないが、それでも自分たちの間に確かにある絆。
この先もともに育んでいければと、柄にもない願いは龍の眼に見透かされていたようで。
嬉しそうに抱きつくアディーリアの満面の笑みと、抑えきれずに伝わる喜びに、リーも素直に表情を和らげる。
全身で喜びを伝えてくるアディーリア。隣のラミエに視線を移すと、幸せそうに綻んで。
池からはウェルトナックたちが微笑ましそうに見つめ、フェイもここでは自然と緩む。
偶然得られた繋がりはいつの間にか己の中を大きく占め、日の差す水面が輝くように明るく照らしてくれている。
一際眩く輝く片割れに恥じずにいられるように、と。
細められる金の眼に笑い返しながら、リーは改めてそんな決意を固めた。
お読みくださりありがとうございます!
『新米同行員の初仕事』本編完結となります。
途中までどうなることやらと思いましたが、終わってみればそれなりに文字数が。
一応今作メインメンバーのはずなのに、ティナの台詞の少ないこと……(笑)。
このあとは恒例余話となります。
ひとまず本編完結までお読みいただきありがとうございました!





