願う未来
まだ少し早いが先に飲んでおこうということになり、食堂へと向かったリーとアーキス。
三の月も半ば、年受付に来ていた請負人たちの姿も既になく、食堂はすっかり落ち着きを取り戻していた。
「あら、いらっしゃい」
早いのね、と笑うカレナに注文を頼み、暫く振りかつまた当分お預けだなと話しながら、束の間の長閑な時間を楽しむふたり。
そのうちにいつもの面々が揃って到着した。
「そう、それじゃあまたすぐに出発なのね」
「ホント、忙しないわよね」
年受付が終わって落ち着いたので、リリックとコルンもまた食堂まで来るようになっていた。
「そういうものだからね」
自分はまたすぐに出立しなければならないから、もしレーヴェに何かあれば力になってあげてほしいと昨日のうちにふたりに頼んでいたアーキス。できることはするわよ、との即答をもらって、珍しく安堵の表情を見せていた。
「やっと皆で食事ができたと思ったんだけど」
ずっと本部で受付などをしていたラミエが少し寂しそうに笑う。
「ふたりとも、もう行っちゃうんだよね」
「ラミエは毎日まだかまだかって言ってたものね」
ちょうど聞こえたのだろう、食事を運んできたカレナがからかうように口を挟んだ。
「お姉ちゃん!」
赤くなる顔に、周りも笑う。
「まぁ、ずっと四人だったからな」
落ち着いた様子で酒を飲みながら、フェイが淡々と告げた。
二の月の間は敷地内で、三の月になってからはここで食事をしていたらしい。
立地上訪れるのは圧倒的に男が多いこの食堂。ただでさえ女性を連れていれば目立つというのに、揃いも揃って美人、しかもひとりは元ここの店員となれば、注目を浴びるのも当然のこと。
さぞかしフェイも妬みの視線を向けられていたのだろうなとふと思い、しかしそれを気にするフェイではないなとすぐに思い直す。
隣に座るアーキスもいつもながら気にした様子もなく。慣れたとはいえ、結局気になってしまうのは自分だけなのかと、リーは内心苦笑した。
「ほーふんはいっへひあえひゃっは」
「だからお前は」
口いっぱい頬張ったままもごもごと喋るエリアに、またかとリーがぼやく。
「何が?」
「ほーほーひん」
「そうなんだ? この間あんなに頑張ってたのにどうして?」
「なんでわかんだよ……」
普通に会話が成り立っているアーキスとエリアをジト目で見やってから、リーはティナへと視線を移した。
じっと見返したままいつまでも咀嚼を続けるティナに諦めの溜息をついてから、再びアーキスを見る。
「しはーふひなはふんえんはって」
「……アーキス」
「暫くティナが訓練だから同行員の仕事はないんだって」
「ほーはほ」
「お前はもう黙ってろ」
不服そうなエリアを睨みつけてから、つまり、と呆れ声で続けるリー。
「ふたり揃わねぇからってことか」
「そうね、来てるのエリアだけよね」
コルンに頷いて、エリアは口の中のものをごくんと飲み込んだ。
「毎日限界まで魔法を使ってたから、ティナ、一日に三回使えるようになったんだけど、代わりにまた加減ができなくなっちゃったの」
「全力でって言われてた」
こちらもいつの間に飲み込んだのか、ティナがそうつけ足してくる。
ヴォーディス内では拠点が同じことも多かったが、エリアとティナは道造り、リーは調査と内容が別だったため気付いていなかった。後半作業が早くなっていたのは、慣れではなくそのお陰らしい。
「四回撃てるようになるはず」
「あたしもね、魔力量増えたよー!」
「普通そんなに次々増えないんだけどって、父さんも不思議がってたよ」
セインの言葉を伝えたラミエが笑う。
「増えたんじゃなくて、使えてなかった分が使えるようになってきたのかもって」
「うん、そう言われたけどよくわかんない」
「そんなもんなのか?」
魔力というものがわからない自分にはどうあっても理解できない感覚だな、と。そう思いなんとなくラミエを見るが、ただ微笑まれただけだった。
食事後、食堂前でアーキス、宿舎前でフェイ、そしてラミエと彼女を送っていくリーと別れたエリア。
リリックとコルンともおやすみと挨拶をし、ティナとふたり部屋に戻ってきた。
(楽しかったな……)
ヴォーディスでの日々を思い出し、エリアはそっと笑みを浮かべる。
ずっと一緒というわけではなかったが、ティナのお陰でひと月近くも傍にいられた。
意識されない悲しさよりも、そこにリーがいる嬉しさが勝る。
どうしてほしいとも思わない。どうなりたいとも思わない。
ただ、傍にいられるのが幸せだった。
抱き上げて運んでもらえたことも。
そのあと暫く大丈夫かと気遣ってもらえたことも。
自分にとっては、大事な思い出のひとつ。
並んで歩いていくふたりのうしろ姿に少し胸は痛むけれど。
それでも大丈夫。
きっとこのままこの先も、こうして傍にいられる。自分はもうそれでいい―――。
「結局またすぐ発つことになったな」
ふたりになってからは手を繋いで歩きながら、少し申し訳なさそうにリーが呟く。
「訓練ももっとやりたかったんだけど」
アーキスより二日早く戻ってきたリー。かろうじて一日だけイアンに稽古をつけてもらうことができた。
それにしても、とヴォーディスでのレジストたちの様子を思い出す。
組織長であるレジストだが、イアンたちはもちろん保安員であるモートンもまた、彼を立てながらも至って自然に接していた。そこにあるのはやはり長年の信頼なのだろう。
もちろん間違いなく強くはある。しかしレジストが組織の長を務める理由は、こういったところにもあるのだろうと思えた。
一見はとてもそんな風には見えないが、自分たちを率いる者がこうした人格者であったことがなんだか誇らしく。迷いなくついていって大丈夫だと確信できた。
中級請負人だというのに、こうして組織を率いる面々と接する機会が増えた自分。己に足りぬものばかり目についてしまうがそれでもなんとか信頼に応えていければと、そんな意欲もこっそり燃やすリー。
そんな様子を横目で見て、ラミエがふふ、と笑う。
「……何」
「なんでもないよ」
どこか含みある笑みに問うものの、笑顔のままはぐらかされた。
「メルシナ村に行ったあとはどうするの?」
「七番街道に行くつもり」
話題を変えるラミエを暫く見てから、リーは素直に話に乗った。
「人手不足気味だったの、解消されてるか見てこようかなって」
「そっか。気をつけてね」
「ん、ありがとな」
会話が途切れるなり染み込んでくるような静寂の中、リーは暫くおあずけになる手の温かさを感じていた。
こうして触れ合うことにも少し慣れたが、そうなってくると今度は手放し難く。
いつの間にか欲張りになったものだと内心笑う。
それほどに握り合う手は心地よく、穏やかに自分を満たしてくれた。
これからも―――口に出せぬ願いが手に籠もる。
「……ラミエも調査とかの予定はないんだよな?」
浮かんだ想いに少し気恥ずかしくなり、紛らわせるようにそう問うと。
なぜだか少し驚いたように視線を合わせたラミエは、すぐにどうだろうねと微笑んだ。





