北の果てには
三の月もそろそろ半ばを迎えようかという頃。リーは久し振りに顔を合わせたアーキス共々マルクに呼び出された。どうやらふたり揃うのを待っていたらしい。
説明を面倒くさがるマルクらしいなと思いながら、相変わらず主のいない組織長室で話を聞いた。
レジストは保安協同団とともに、新たに見つかった反組合のアジトの制圧に行っているらしい。
ヴォーディスにあったあの施設はどちらかというと研究用で、潰したからといって反組合が瓦解するようなものではないという。
あそこにいた子どもたちは比較的低年齢で拐われ、教え込むのに時間がかかる技術を習得させられていたようだ。エルメ同様自分の家族や故郷のことは覚えていない子ばかりだが、エルメの家族を探す時に集めた資料や情報が役に立ち、数人は家族を見つけられたそうだ。
レジストたちが向かっているのはアリアやライルたちの年頃の子たちが連れていかれたという場所のひとつ。
リーはヴォーディスの森の中、アーキスは施設での事後処理を手伝っていたため不参加だが、聞き出せた五ヶ所を同時に制圧するため請負人組織からも応援が行っている。
ヴォーディスでは消耗した様子であったマルクも、今ではすっかり元通りで。尤もお陰でこちらはこき使われ、約半月を森の中で過ごす羽目になったのだが。
それでもぐったりと動けなかったあの姿よりはこの方がいいかと思っていると、余計なお世話だとばかりに睨まれた。
リーたちが調べていた森の中には、やはり馬が頻繁に通った跡はなく、施設内への物資の補給はほぼ海運によるものだった。目印もなく視界も悪く迷いやすい陸路に比べ、天候さえよければ見通しのいい海路の方が安全かつ短時間で行き来できるのだろう。
一番街道の北側、反組合に与して物資の運搬に協力していた漁村も特定された。過酷な土地では普通に生活するにもほかの土地より金がかかる。漁獲量がよくても潤うことのない村の財政に業を煮やしての離反だった。
取れた魚を食料として買い取ってもらうほか、余剰分は組合には報告せずに流通させていたという。そして元々あの洞窟も、この漁村が見つけていたものだった。
あの施設自体、規模は後々大きくなったそうだが、最初は数人で十年以上前に始めたものらしい。
その間のことについてはまだ調査中、どれだけ明るみに出るかはわからないままだ。
扱っていた技術に関しても、既に落命しているハーフエルフが昔聞き出したものらしく、もはや相手もわからない。残っていた資料からもそれほど詳しく教わったものではなさそうだと、アーキスが報告をした。
最後に、とふたりを見てマルクが告げる。
「アドの行方はわからずじまいだ」
明るくなってからの調査で何ヶ所か血痕が見つかったが、どの方向へ逃げたかも含めて痕跡は上手く隠され、あとを追えなかったそうだ。
「ほとぼりが冷めるまでヴォーディス内に潜伏している可能性はあるが、たいして食料もない土地だ。長くはいられないだろう」
「北の方に逃げた可能性は…」
アーキスがフェイに聞いた話では、ヴォーディスは北西に広がり、果てには山が見えるという。龍には立ち入れぬ寒さであっても、魔法の使えるハーフエルフならなんとかなるかもしれない。
リーの疑問に、そうだとしたら、とマルクが答える。
「引き返してくるか、そのまま死ぬかだな」
思わぬ強い言葉に瞠目するリーたちに、表情を変えずに続けるマルク。
「北の山脈付近はヴォーディスよりも気温が低く、人も生きられない。まぁもちろん、俺も聞いた話だがな」
「聞いたって誰に……」
思わず零れた呟きに、結局マルクは何も答えなかった。
「なんかすっきりしねぇけどな」
宿に戻ってきたリーのぼやきに、確かにね、とアーキスも珍しく苦笑を見せる。
「結局俺たち誰もアドの姿を見てないままなんだよね」
「だよなぁ…。ホントにいるのかってくらい」
状況からすると傷を負っているようだが、もちろん確証はない。
「……要するに、あれ以上北には探しに行くなってことだよな」
「そうとも取れるよね」
マルクは端から北の捜索をするつもりはないような言い草で。聞いた話だという割には微塵も疑っていない様子なのは、マルクが真実を見る眼を持つ龍であるからだろうか。
「ヴォーディスより寒いって。どんなだよ」
「そもそもどうしてそれを知ってるのかも不思議だよね」
人も入れぬ極寒の地。人はもちろん、ヴォーディス上空を飛べぬ龍がそれを知るはずもなく。
ヴォーディスが未開の地のままなのは、進んだ先に待つのが人も住めぬ地だとわかっているからなのだろうかと。ふとそんなことを考えながら、リーは息をついて話題を変える。
「アーキスはこれからどうするんだ?」
昨日の夜に帰ってきたアーキスにそう聞くと、ハウアーンに行くと返ってきた。
「向こうで見たことを技師連に報告しないとだからね」
一般人が行くには過酷なヴォーディス。アーキスが調査に加わったのは、施設まで行けない技師たちの代わりを担うためでもある。
「研究所にも帰りに寄ってきたから。暫く大丈夫だと思う」
「ああ、あの子、懐いてたもんな」
捕まえた非戦闘員―――研究者の話では、施設にいたハーフエルフの少年は拐われてきたのではなく、あの施設で生まれたのだという。ハーフエルフの母親は亡くなり、ひとり残されていたらしい。
「レーヴェって、アーキスの技師名だよな」
「うん。ひとりじゃないって思ってほしくて」
名すらなかった少年はアーキスによりレーヴェと名付けられ、第三研究所で保護されることになった。
まだアーキス以外にはあまり心を開いていない様子らしいが、ハーフエルフが多い、そして何より皆が生きることを楽しんでいるあの場所なら、きっとそのうちに慣れてくれるだろう。
「今度一緒に会いに行くか」
「うん。リーにならすぐ懐いてくれると思うよ」
「どうだか」
何度か顔を合わせたが結局アーキスのうしろから出てきてくれなかった白銀の髪の少年を思い出し、それでも、とリーは表情を和らげる。
レーヴェにもきっとそんなアーキスの思いは届いている。
いつか養成所時代のアーキスの話をしてやろうと心に決め、あれとこれとと候補を考えていると。
「何ニヤニヤしてるの」
見透かされていたように、ジト目でアーキスが見てくる。
「べ、別にしてねぇって」
「そう?」
ますます疑うような眼差しを向けてきておいてから、気は済んだのか、ふっとアーキスが辞色を和らげた。
「リーはメルシナ村に行くんだよね」
先程マルクからアリアとライルに報告をしに行くようにと言われていたのを見ていたアーキスに、リーはげんなりとした様子で溜息をつく。
「いらねぇっつってんのに……」
組織からの報告でもあるから行きは送ってやると言われ、青の五番に寄ってから行きたいのでいらないと丁重にお断りしたのだが、別に少し寄るぐらい構わないと押し切られた。
毎度のその様子に、アーキスは相変わらずだねと笑う。
「ヤトとサーシャさんによろしくね」
保安協同団から連絡はきているだろうが、報告ついでにヤトたちの様子を見るつもりだった。
「ああ。伝えとく」
移動手段に関しては少々、否、かなり気が重いが、どうすることもできない。
早く着けるだけマシだと思い込むことにして、リーは出発まで増えていくだろう溜息をまた零した。





