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暗中

 アド回です。

 闇堕ち気味の思考が書かれています。

 読まずとも本編に大きな差し障りはないので、お気持ちがつらくなりそうな方は飛ばしてください。



 ベッドとテーブル、そして椅子がひとつずつしかない狭い部屋。散らかるというほど物もないが、片付いているというには積まれた服や置かれたままの食器が目につく。

 ベッドに横になっていた少年は、何度か向きを変えたり腹を抱えたりしていたが、やがてゆっくりと起き上がった。ノロノロとした動きでテーブルに置かれたままの水差しから水を注ぎ、椅子に座る。

 ひと口ずつ水を飲み切り、カップを押しのけてテーブルに突っ伏した少年。腹を押さえる手にぐっと力を入れ、溜息をついた。



 入口が開き、薄暗い部屋に灯りが差した。少年の白銀の髪が光を受けて場違いな輝きを湛える。

 テーブルに突っ伏していた少年が物音に気付いて顔を上げた。黙ったまま入ってきた男に、少年は縋るようにその漆黒の瞳を向ける。

「まだ起きていたのか」

 男はなんの感情も籠もらない声音で呟き、テーブルの上にランプを置いた。

「……お腹が空いて…眠れなくて……」

「そうか」

 ためらいがちに小さな声で呟いた少年に、男は特に慌てるでもなく、荷から取り出した布でくるんだ掌くらいのものを乱雑に少年の前に投げやる。飛びつくようにそれを手にした少年は、布をはぐ手ももどかしそうに中のパンにかじりついた。

 その様子を見ることもなく、男は奥にあるベッドに横になる。

 すぐにパンを食べ終わった少年は、暫くまだ物欲しそうに男を見ていた。しかし男に動くつもりがないことを悟ったのか、そろりとまた水を注ぐ。

 足りない分を満たすように二杯の水を詰め込んだ少年は、もう一度男を見てから、部屋の片隅に膝を抱えてうずくまった。



 物心ついた時には父親とふたりだった。

 母親は白銀の髪の美しいエルフだったという。母譲りの髪を見ながらそう話す父親の眼差しには恋慕と憎悪が入り混じり、やがてその憎悪だけが自分に向けられるようになった。

 エルフと人との間に生まれた父親よりもエルフの血が濃いはずなのに、碌に魔力もなく絆す力も弱い自分。母親が自分たちを捨てたのはそのせいだと責められても答えることなどできず、ただうつむき父親の気が済むのを待つしかなかった。

 父親は人を絆し、施されて生きていた。絆す力の弱い自分は足手まといになるのだろう、連れていってはもらえずに、いつも家で腹を減らしていた。

 そんな父親にとって、それでも幼い自分はまだ世話をせねばならない相手だったようで。足りぬまでもそうして食べ物を持って帰ってきてくれていた。

 しかし、エルフ同様青年期が長いハーフエルフ。次第に自分と父親の外見も変わらぬようになってくる。

 親子と名乗るには奇妙に映るようになってくると、父親はますます自分を持て余したのだろう。ある日いつものように出ていったきり戻ってこなくなった。

 長い間父親を待っていたが、空腹に耐えきれずに家を出た。外になどほとんど出たことのない自分。いくら外見は成人していても、中身は子ども以下の知識しかない。エルフの血を引く容姿と過酷な生活に否応なく磨かれた気配察知のお陰で生きながらえることだけはできたが、世の中のことをある程度理解する頃には母譲りの髪もすっかり色褪せ、身も心も擦り切れてしまっていた。

 ―――人もエルフもハーフエルフも嫌いだった。

 別に今更何が欲しいわけでもない。

 何を残したいわけでもない。

 ただ―――そう、ただ、自分も含め何もかも滅茶苦茶になればいいと思うだけ。

 果てていくものの姿を見ても溜飲など下がらないが、いずれの自分の姿と思うと少しだけ安堵できるような気がした。

 絶望に染まる目は自分と同じ。

 眼下の姿は己の成れの果て。

 救いなどない。それでよかった。



 ―――寒い。

 覚えた感覚に覚醒する。

 地についた尻から這い上がる冷たさに、ぼやけていた意識が痛みとともに呼び起こされた。

 木々が立ち並ぶ眼前の光景に、ここがどこであったかを理解する。改めて痛みを感じ、木にもたれかかったまま手首から先のない左腕に視線を落とした。

 ぞわりとした悪寒を覚えて真横に進路をずらした次の瞬間、左手が消し飛んだ。

 ついさっきまで自分がいた場所を、理不尽でしかない威力の魔法が一直線に抜けていった。なるべく血を落とさぬようその場を離れて火魔法で傷口を焼き塞いだあと、どうやら気を失っていたらしい。

 全くエルフというものは。どこまで忌々しいものなのか。

 心中毒づいてもまだ立ち上がる力はなく、そのまま息を整えながら。

 この寒さの中でよくぞ死ななかったなと嗤う。

 意識は戻ったものの、身体は芯まで冷えて動きも鈍く。血止めはしたものの冷やせない左腕は傷と火傷で疼き、風が吹き抜けるだけでも激痛が奔る。

 死んだ方が楽になれる。この苦痛からも陰鬱からも解放される。

 それでも自分は、死ねればよかった、とだけは思わない。



 更なる痛みを覚悟し、ゆっくりと息を吐いて立ち上がる。日の差しにくい森の中とはいえ、辺りはほんのり明るくなり、夜明けが近いことを示していた。

 気失っている間は見つからずに済んだが、明るくなればまた追手がかかる。魔法の跡を辿りながら捜索が行われる可能性が最も高いので、今のうちにもっと離れておかねばならない。

 それにしても、よりによってここへ来たのか、と。己への皮肉を混ぜて嘲りを浮かべる。

 間違いなくロードムが教えたのだろうが。拐った子どもの大半の行き先は別の場所、拠点はまだ何ヶ所もあるというのにどうしてここなのか。

 自分が逃げ込む可能性が高いと踏んだのか。

 過酷な調査を仕向けたかったのか。

 それとも、似た境遇のあれがいるからか。

 考えてもわからず。そして、別にどうでもよかった。

 座り込んでいた痕跡をできるだけごまかしてから歩き出す。

 どこまでも抗うことが、自分にできる唯一のこと。

 龍の気配から遠ざかるように北に向かう。

 未踏の地、何があるかわからないが。

 生きることなんて所詮はそんなもの―――。

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