今だけは
馬二頭を連れて戻ってきたエリアは、マルクが動けるようになるまで焚き火の威力を落とさぬよう見張りを続けた。
施設内の目処が立ったと報告が来る頃には、マルクもどうにか外見と重さを変えられるようになったらしい。レジストに施設内へと連れられていくのを見送ってから、その場を片付け、ティナとともに子どもたちを迎えにいく。
別の小屋にいたハーフエルフひとりを加え、子どもたちは全員で七人。子どもたちが落ち着いたのを見届けてから、タフルとアーキスにあとを任せて小屋を出た。このあとはまたレジストに呼ばれているが、どこにいるのかがわからない。
中央のどこかだろうと思い向かっていると、資材を抱えたリーと出くわした。
「お前らが本部待機だったの、これに参加するからだったんだな」
ちょうどこれを運ぶから、というリーと並んで歩き出す。
「うん。ティナの魔法が役に立つかもって」
「お前らふたりで一人前扱いだもんな」
「そうだよー」
頷くと、相変わらずだなと笑われる。
「ま、実際の人手はふたり分あるから助かったけどな」
なんの気もなしにつけ加えられた言葉が嬉しくて、エリアは緩む口元を見られないようにリーから視線を逸らした。
レジストがいるのは中央部にある二棟続きの食事場。ここが当面の拠点になるようで、片隅にテーブルが寄せられ、空いた場所には防寒具を被せられたマルクが座っている。
「見つけた食料、奥に運んでおきます」
リーはそう告げて立ち止まらずに進んでいった。エリアはレジストを見上げ、お待たせしましたと頭を下げる。
「今からだと、明日の朝…少し遅めになるかと」
「構わない。無理させてすまないな」
「大丈夫ですよー」
にこりと笑い、エリアはティナの手を取った。
「じゃあティナ、お願いね」
こくりと頷くティナ。
いつもとは違い、ティナは全力で魔法を放つ必要がある。万が一足りなくて昏倒してしまうと今後の動きに支障が出てしまうので、自分が出せるありったけの魔力をティナへと渡していく。
「もう大丈夫」
ティナの声にエリアは魔力を止めた。直後ふらりと揺れた身体をティナが支え、近くの椅子に座らせる。
大丈夫かと視線で問う姉に、同じく視線で平気だと返すエリア。焚き火を維持するのに魔力を使っていたために、いつもよりも疲労が濃い。
「行ってくる」
「うん」
短く声をかけ合ってから、レジストとともに小屋を出ていくティナを見送った。
小屋に残ったエリアは心配そうにこちらを見るマルクに笑みを返す。思っていた以上に魔力を消費している理由は、もちろんマルクにも気付かれているのだろう。
「明日のこともある。先に休んでいろ」
「わかりました。でも…」
まだ移動できそうにないと言おうとした時、奥の部屋からリーが戻ってきた。
「赤いの?」
「ちょうどいいところに。エリアを待機場所に連れていってやれ」
座り込むエリアの顔色に気付いて声をかけたリーに、すかさずマルクが告げる。
「魔力の枯渇状態で動けないんだ」
「えっ? わ、わかりました。赤いの、大丈夫か?」
慌てた様子で駆け寄ってくるリー。思ってもいない事態に、エリアは内心うろたえる。
「大丈夫、だから」
「でも動けないんだろ?」
少し考える様子を見せたリーは、触るぞ、と断ってエリアを横抱きに抱えあげた。
瞳を見開き、出そうになった悲鳴を呑み込むエリア。
「い、いい、自分で……」
あまりの事態に、いつもどんな態度を取っていたのかがわからなくなってしまって。かろうじて出た言葉に、リーは呆れ顔で見下ろした。
「いいからじっとしてろ。じゃあマルクさん、送ってきます」
マルクにそう告げ、背に回した手で器用に扉を開けて外に出たリーは、こちらが休むために確保してある小屋へと向かう。
しがみつくどころかもたれかかることさえできずに、エリアはただその腕の中で固まっていた。
「なんつーか、魔法使えるのも大変だな」
大きく揺れないようにだろう、強めに抱え込まれて密着した身体からもリーの声が響いてくる。
「マルクさんも落ち着いたみたいだし。こっちは大丈夫だからゆっくり休んどけ」
自分の想いに気付いてからは、決して詰めることができなかった距離。リーが自分のことを意識していないからこその近さが、嬉しくも悲しい。
「落としゃしねぇから楽にしてろって」
こわばる理由を勘違いしているのだろう。軽口なのは、少しでも自分が気を緩められるようにという気遣いだとわかっている。
自分だからと特別に向けられたものではない。しかしそれでもその優しさが嬉しいのも本当で。
(……ごめんね、ラミエ…。今だけだから……)
心中謝り、リーの胸へと頭を預ける。
二度とないだろうこの距離を、思い出にできたらと思うのに。
それでも、リーの顔を見ることができなかった。
一段落したのは夜半を回ってからだった。
居住用として使われている小屋がいくつかあったので、そのひとつを子どもたち用にしたほか、魔力回復のため双子が休んでいる小屋をこちらの休憩場として、そして拘束した十六人も収容してある。
居住用と食事場のほかは、物置きと何かしらの作業場らしき小屋が数棟。ここについてはまた改めて調査をすることになっていた。
北側、ティナの拓いた先へとアドを捜しに行ったクフトとヴィズも、何も見つけることができなかったと言って戻ってきた。明るくなってからもう一度見に行くことになっている。
ティナとエリア、そして見張りに立つグレイルとソジェッツを除いた面々が、拠点とした食事場へと集まっていた。
「この先だが。海路だと一度に移動できる人数が限られるため陸路を使う。まずは俺とヴィズ、ティナとエリアが先行する」
地図上に黒の一番までの直線を書き入れるレジスト。
「ここから黒の一番までは馬で二日。どのみち馬車でなければ運びきれないから、ある程度道を作りながら行く」
アドを探す時と同様、帰路もティナが切り拓きながら進むという。とはいえ、エリアから魔力を受け渡しても一日三撃が限度。道中の道をすべて拓けるわけではないが、確実に時短にはなる。
既にフィエルカームの落ちた跡から三撃目を撃っているティナと、魔力を渡して枯渇状態に陥ったエリア。ふたりの回復を待ってから出発になるので、おそらくは明日の昼前にここを出ることになるようだ。
「三日で戻る。この人数だと物資も厳しいだろうが、それまでなんとか凌いでくれ」
四日ではなく三日と言い切り、レジストは場を閉じた。
「大きく出たな」
皆がそれぞれ持ち場に戻ったあと。食堂に残ったレジストに防寒具を返しながら、マルクが笑う。
「どうするつもりだ?」
「一日目、龍が入れる限界地点に中継地を作る。二日目、三人を残して俺が単騎で黒の一番に。保安に頼んで必要物資を連絡する。三日目、朝までに龍で中継地に戻り、そこから馬を使えばいけるだろ」
あとは任せて休めと皆に言われて拠点に残ったレジストは、一日の短縮をそう説明した。
「リーを連れていけばお前が戻らずとも目印になるんじゃないのか?」
「中継地を作るのにエルフは外せない。これ以上こっちの人数を割けないからな」
子どもたちはもちろん、拘束した男たちも死なせるわけにはいかない。どうしてもこちらに人数が必要だった。
「最短距離を測るためにも、お前にはここにいてもらわないとならない。その間―――」
「十分すぎるほど気遣われているからな。心配ない」
みなまで言わせず、マルクが遮る。
「気をつけて行ってこい」
声音に籠もる信頼に、返せる言葉は少なく。
「ああ。お前みたいな無茶はしない」
「どうだかな」
せめてもと抗議を混ぜると、呆れた笑みを返された。





