急襲
まだ気付かれていない様子なので、できる限り静かに子どもが連れていかれた小屋へと向かう。
フィエルカームがこちらへ向けて動き出したため、もしアドがここにいるのならば、いつ気取られてもおかしくはない。その前に子どもたちの安全だけは確保しておきたかった。
件の小屋には外から錠がかけられていた。叩き壊し始めても中からはなんの反応もないままであったが、レジストはためらわずに扉を破る。
「請負人だ。助けにきた」
そう言いながら踏み込んでいくレジストに続き、リーも小屋に入る。大人が三人ほど寝転ぶのがやっとの小さな部屋には見るからに薄い毛布が乱雑に散らばり、壁の上にはランプがひとつ掛けられていた。その灯りの奥、部屋の隅に身を寄せ合う小さな影が見える。
やせ細った子どもが六人、怯えた目をしてレジストを見上げていた。その顔に助かったという安堵はなく、ただ現れた大きな男を怖がっているだけのように見える。
その様子を確認したレジストは、無言のまま小屋を出た。入れ替わりに入ってきたタフルが剣を手にしていないことに気付き、リーも慌てて小屋を出る。
タフルは子どもたちから少し距離を空けて膝をつき、驚かせてごめんねと頭を下げた。
「ここは寒いよね。皆でもうちょっと暖かいところに移ろうか」
落ちている毛布を拾って子どもたちへと差し出すと、暫く固まったままだった子どもたちがおずおずとそれを手に取った。ひとりずつに手渡し、皆がそれにくるまるのを待ってから、タフルはにこりと笑みを見せる。
「外に出るから、少しの間だけ我慢してね」
立ち上がったタフルが振り返るのを合図に、リーは入口から離れた。
ここからはタフルとソジェッツが子どもたちと柵外へと退避し、少し離れた場所で待機する。リーとアーキスはその補助と護衛として柵外に出るまでを確認してから、追手がなければ灯りのついている北側の建物を順に落としにかかることになっていた。
助かるというのに喜ぶ様子もなく、ただ言われた通りタフルのあとについていく子どもたちの様子は、アリュート山でのエルメによく似ていて。子どもらしい―――人らしい感情の起伏を失ってしまっているその姿に、これまでの過酷さが透けて見えるようだった。
子どもたちが皆無事に柵の外に出た頃には、西側から何か叫ぶような声や物を壊す音が聞こえるようになっていた。先に向かったレジストたちが急襲をかけているのだろう。
こちらに向かってきている人影がないことを確認してから、リーとアーキスは灯りのついているひとつ北側の二棟続きの小屋へと向かった。近付くと中からは何やら慌てた様子の声が聞こえるので、どうやら騒ぎに気付いたばかりらしい。
それならば、とそのまま扉の横で待っていると、小屋の扉が勢いよく開いて男が飛び出してきた。
狙いすませたリーが腕を掴み、引き寄せがてら腹部に剣の柄をめり込ませる。
「どうし―――」
続けて出てきた男が最後まで言葉を発する前に、リーと入れ替わりに一歩踏み出したアーキスが男の胸倉を掴んで前へと引き、無防備なうしろ首に一撃を入れた。
地面に崩折れる男たちはそのままに、中へと踏み込み無人であることを確認したふたりは次の小屋へと向かう。
流石にもう襲撃は気付かれており、木々の隙間から走ってくる数人の男たちの姿が見えた。中央を落としているレジストたちを挟み撃ちさせるわけにはいかないので、そちらの迎撃を優先して向きを変える。
手前を頼む、と合図をしたアーキスがスピードを上げた。横を素通りされた男が振り返るより先に、リーもその視界に割り込む。
「てめぇらどこからっ」
振り回された斧を避け、長さで勝る剣で柄との付け根を引っ掛けて外側へ弾いた。身体ごと持っていかれた男が体勢を崩したところを背中を強打して地面に叩きつける。
先程の小屋の男たちもそうだったが、どうやらさほど戦闘慣れしていない上に、今のところこちらが手間取るほどの人数もいない。アーキスがふたり目を沈黙させたのを見た後続が二の足を踏む様子からも、こうして襲撃されると想定していなかったのだろうなと思う。
これだけのことをしながら、どこまでも甘い。
気掛かりなのはアドの行方だが、もしここへと来ていたなら襲撃を警戒されていてもおかしくはない。
(……ってことは、来てない、のか……?)
反組合の拠点はあちこちにあるようなので、ここではない何処かに逃げ込んでいるのかもしれないが。
だからといって油断するつもりも手を緩めるつもりももちろんない。
ひとりずつ確実にその意識を狩りながら、リーは北側へと歩を進めていった。
リーたちが子どもたちを避難させている間に襲撃を開始したレジスト。反対側の門を破ったグレイルとイアンが西側から北上して小屋を押さえていく間、合流したデインとモートンと三人で、まず中央の二棟続きの小屋のうち灯りのついている方に押し入った。
扉に鍵はかかっていなかった。勢いよく開けると中から悲鳴が上がる。
手前の小屋の中にはテーブルが並び、上には食事が置かれていた。食べかけたまま固まる者、床にひっくり返った皿の前で呆然と立ち尽くす者、怯えた様子で部屋の隅に座り込む者。どう見ても戦い慣れた様子ではない。
見回したレジストの柄を握る手に力が籠もる。暖かな部屋に湯気の上がる食事。ひとつ前の小屋とは雲泥の差だった。
「大人しくしてれば危害は加えない」
声を低くし怒気を込めるだけで、睨まれた男たちは短い悲鳴を呑み込んで動かなくなった。
「私が」
男たちを拘束するのはモートンに任せ、レジストは通路で繋がる隣の小屋へと進んだ。
隣の小屋との間には扉はなく、見える中の様子から調理場であると気付く。つまりこの二棟は食事用の小屋なのだろう。
ふたつ目の小屋に踏み込みかけたその時、視界に入った光に、レジストは反射的にデインを押さえて壁際に身を寄せた。
胸元を赤とも黄色とも取れるような光が熱とともに通り過ぎていく。通路の壁にぶつかったそれは、僅かに焦げた臭いをさせながら消えていった。
「う、うわあぁぁっ」
部屋に入ると中央の大きなテーブルの向こうから、錯乱寸前の様子で男が手当たり次第に物を投げてくる。わざと男の真横に叩き返すと、ひっと声をあげてへたり込んだ。
先刻飛んできたのは魔法と呼ぶには威力が弱い火球、もはやそれを練る言葉すら紡げない様子の男を見下ろし、レジストは行き場のない苛立ちを長い息で逃がす。
そんなレジストの背をポンと叩き、デインが男にさるぐつわをして拘束し始めた。
集まっていたのが非戦闘員だったのだろう、予想以上にあっさりと制圧できた中央部に、それならどこに戦力が集められているのだろうかと考えようとしたレジストはふと気付く。
(……フィエルカーム……?)
フィエルカームの現在位置がおかしい。
もし施設が龍の活動できる範囲外なら、直線距離で一番近い位置にエルフたちを降ろす予定であった。しかし、おそらくここだろうと確認した位置に向かうにしては東寄りの―――まるでまっすぐこちらへ向かってきているような進路を取っている。
(…まさかっ)
慌てた感情をそのまま伝えると、心配ないというように落ち着いたそれが返ってきた。
離れたフィエルカームとのやり取りは感情のみ。普段は互いに制御しているそれをわざと伝えることでこちらの状況を知らせている。たとえば今回なら、戦闘に向かう高揚が施設の場所の合図となっていた。
そうやって合図を決めることで、言葉を伝えられなくても意思疎通をしてきたのだが。
今だけは言葉で問いただせないことをもどかしく思いながら、レジストは心配に責める気持ちを混ぜてフィエルカームに伝える。
心配せずとも大丈夫だ、と。フィエルカームからは、飄々と笑うような感情が返されてきた。
リーたちが次に向かった小屋は、灯りこそついているものの中はひっそりと静まり返っていた。
鍵がかかっていないことから、先程中央近くで落とした男たちが使っている小屋かと思いながら確認しようと踏み込むと、部屋の半分以上が雑多な荷に埋もれる中、奥にぼんやりと座り込む白銀の髪の少年の姿がある。
歳は十五歳前後だろうか、先程タフルたちが連れていった子どもたちより幾分歳上のようだ。どう見ても反組合の仲間ではないその少年に、リーはこのまま少し待つように声をかける。
「待って、これ」
アーキスが荷から防寒具を出してきて、子どもに差し出した。
「使って」
きょとんと見上げるだけの子どもに、アーキスは笑みを見せて肩に掛け、優しく告げる。
「あとで迎えにくるからね」
表情を変えぬ子どもに小屋から出ずに待っているよう言ってから、ふたりはそっと扉を閉めた。
これで東側の小屋は奥まで確認した。西側を担当するイアンたちと合流するまで、このまま奥に並ぶ小屋を覗いていけばいい。
北の奥も東側と同じように、木の間を板で塞ぐだけの簡単な柵が張られていた。子どもたちもあの様子ならば逃げだそうとすることもなかっただろうから、おそらくは魔物や獣が入らぬようにというだけなのだろう。
(…ん……?)
何か違和感を覚えてリーが立ち止まる。
振り返りかけたアーキスが、柵を見たまま動きを止めた。
小屋のうしろの柵が壊されている。
近付いてみると、こちら側から叩き割ったように板が割れ落ちていた。
森の中に視線を向けるが、木々の合間はどこまでも薄暗く、ランプの灯りも見えなければ、それらしい物音も聞こえない。
闇雲に追いかけるとこちらまで迷いかねない状況に、まずは報告をすべきかと思ったその時。
夜を迎える森の中に突如バキバキと木が折れるような轟音が鳴り響く。
驚いて小屋の影から飛び出すと、入ってきた門の付近がうっすらと土煙で霞んでいるのが見えた。