絆の強み
戻ってきたレジストの指示で、ここに残り見張りを続ける者と、モートンとともに捜索に行く者に分かれる。
デインたちが洞窟を引き返して戻ってきた時のためにリーもここに残っていたのだが、先程の様子を見ていたグレイルが自分がいれば大丈夫だと言ってくれたお陰で捜索側に加えてもらえることになった。
地上を歩くのと洞窟内を歩くのでは方向感覚も距離感も異なるが、おそらく半時間ほどのところではないかというモートンの言葉通り、件の場所は一時間もしないうちに見つかった。
しかしここに至るまでの間も、周辺にもアーキスとデインの姿は見えず。おそらくここから施設を捜しに行ったのだろう。
ひとりが報告に戻り、残る面々で再び捜索を進める。
「ああ、だいぶ気が緩んできていますね」
周囲を見て回っていたモートンの視線の先には複数の轍の跡。荷物を運び込むのに台車を使っているのだろう。
ならばこの先に、と轍を辿り始めてすぐ、反対側から早足で戻ってきたアーキスと鉢合わせた。
何事もなさそうなその姿にほっとしていると、大丈夫だというように微笑まれる。
ふたりの前で足を止めたアーキスは、モートンに向けて大きく頷いた。
「見つけました。今、デインさんが見張っています」
地上への出口から半時間ほど行った先。森の木の間を渡すように横板を張っただけの少し作りの粗い木柵が円状に続き、内側には木々の合間に隠すように小さな小屋が十四棟建てられている。中央寄りにある六棟のうち四棟は二棟ずつを通路で繋ぎ合わせており、その周りに二棟繋ぎのものがふたつと、一棟のものが四棟あった。
「上から見えないようになのか、単にあとから足していったのか、木を間引いて隙間に作っていった感じだな」
拠点に戻ったアーキスに報告を聞いたあと、レジストは実際に見てくると言いアーキスとモートンを連れて出発した。その間に指示通り、見張りを兼ねて出口の近くまで拠点を移した一行。
戻ってきたレジストはそのまま見張りに残ったデインとアーキス以外の面々に、施設の様子を語る。デインからの報告では、男に連れられて移動させられている子どもの姿があったという。
大きな建物ではなく小屋をいくつか並べるところは、ニックとエルメが監禁されていたアリュート山中の様子にも似ているなと思いながら、リーはレジストの言葉を聞いていた。
「門はこことここ」
皆に見えるよう地面に描いた略図上、海からの出口に近い位置と、施設を挟み反対側の柵にバツをつける。
「子どもが入れられていたのはここ」
海側の門に一番近い小屋に丸をつける。
「今もそこにいるかどうかも、何人いるかもわからないが。子どもたちの救出を最優先にする」
頷く皆を見回してから、アーキスは手前にある海側の門、デインは反対側の門を見張っているとつけ足す。
「アドがいるかはわからないが、中の様子は落ち着いてる。できれば今のうちに制圧したい」
分が悪くなると、子どもたちを盾に取られたり口封じをされたりしかねない。できるだけ早急に片をつける必要があった。
「だが、龍はここまで入れない。降下できる場所からここまで、馬でも一日はかかるだろう。エルフの助力も得られないが……」
一旦言葉を切り、レジストはモートンを見据えた。
「応援を呼んだらすぐに決行する」
無謀だと思うなら止める。
そう断言していたモートンに皆の視線が集まる。その深紫の瞳をまっすぐレジストに向けたモートンは、そのまま深く頷いた。
「行きましょう」
「よし、なら最終調整だ」
僅かに口角を上げ、レジストはこれからの動きと指示を伝え始めた。
デインに作戦を伝え、そちら側から突入するために、グレイルとイアンが場を離れた。
辺りはもう日も陰り、木々の下では薄暗い。子どもが連れていかれたという小屋をはじめ、人のいるところでは灯りをつけているのだろう、施設の建物も光が漏れているものとそうでないものに分かれていた。
小屋の中がわからない自分たちにはおあつらえ向きの状況。この機を逃す手はない。
なるべく正確な位置を知らせるからと、できる限り施設の柵に近寄るレジスト。
その姿を見ながら、施設の場所がわかれば龍とエルフに来てもらうと確かに言っていたなとリーは考える。
どうやって龍とエルフの増援を呼ぶつもりだったのか。言われたことをそのまま鵜呑みにし、疑問すら抱かなかった己の現状把握の甘さを痛感した。
龍がいればやり取りはできるが、この場に龍はおらず。
リルダヴがいれば報告はできるだろうが、連れてきている様子はなかった。
誰かが報告に戻るとすれば、それこそ何日も要する。
普通に考えて、一日も経たずに増援が来ることは考えられない。しかしレジストは東側なら間に合わない―――つまり東側でなければ間に合うと、そう言っていた。その矛盾に気付いていなかった。
(……マルクさんの片割れ……か…)
片割れ同士の居場所の把握と、伝わる感情。それを利用してマルクにこの場所を知らせるつもりなのだろう。
そう思えば辻褄が合うことがほかにもある。
グレイルが仮拠点で自分たちを待ってくれていたのは、ビオードからの所要日数から到着日を計算したのではなく、マルクが自分たちを青の二番に送ることが合図となっていたのだろう。
レジストの位置把握の正確さも、本部にいるマルクとの距離から現地点を測ってのもの。尤も、一朝一夕にできることではないだろうが。
もしかしたらレジストが頻繁に組織を空けているのも、マルクとこうして意思疎通ができるがゆえなのかもしれない。
龍の片割れ―――自分が知るのはまだ絆を結ぶ前のソリッドと、その可能性があるヤトだけで。互いに絆を結んだ龍と人に会ったことはないと思っていたが。
絆を結ぶということは、単に居場所と感情が伝わるだけではなく、これだけのことができるのだと。たった数日でそれを目の当たりにした。
そしてその根底にある、互いへの信頼。レジストはマルクが己の意図を違わず受け取ってくれると確信している。
お互いの立場、年齢、これまでともにいた月日、そういった違いもあるのかもしれないが。自分とアディーリアの間の信頼も、いつかはそれほどのものになるのだろうか。
遠くに感じるアディーリアの気配。自分にはまだ方向と距離がかなり離れていることしかわからない。
まだまだだなと独りごち、リーはレジストから周囲の状況へと注意を移した。
レジストがそうしていたのはものの数分のことだった。
その間にタフルとソジェッツが柵の下の方の一部を外してくれていた。大人は膝をついてゆっくりとでないと通り抜けられないが子どもならもっと楽に通り抜けられるようになっているのは、万が一子どもを先に逃さねばならなくなった時のためだろう。
その前で、レジストが場の皆を見回す。
「もう向こうも着いただろ。さ、正念場だぞ」
主体と戦った時もそうであったが、戦闘を前にしたレジストはどこか楽しそうにも見える。
もちろん本当に楽しんでいるのではなく。こちらの緊張をほぐすためでもあるのだろう。
「自分と子どもたちの無事を最優先。あとはできる限り殺さず無力化してくれ」
相手は魔物ではなく人―――改めてそれを意識しなおし、リーは抜き身の剣を握りしめる。
何を優先するのか。己の中のそれを明確にせねば、いざという時の迷いに繋がる。
本当に必要ならば、その時だけは迷わず済むように。リーはその覚悟を刻み込む。
後悔も落胆も、あとからいくらでもすればいい。
「気をつけて」
「お互いにな」
ぽそりと呟くアーキスに、前を見据えたまま応える。
まだ静かな森の中。
長い夜が始まろうとしていた。





