合の月に
早速やらかし発覚…。
人物紹介にて、またラジャート村のことをラージェスと…。
すっかりどっちかわからなくなっているので、何度も確認したのに……。
『小さな黄金龍』にもまだ残っていたし。
トリアタマにも程がある(泣)。
リーが面会所を出た頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
そのまま隣の食堂へと入る。年受付のある六の月ほどではないが、ちょうど夕食時の店内はそれなりに混み合っていた。
「お疲れ様!」
満面の笑みのラミエがパタパタと駆け寄ってくる。確実にただの客とは違うその対応に、刺さる驚きと嫉妬の視線にももう慣れた。
「ラミエもおつかれ」
フードの下、青い瞳を嬉しそうに細めるラミエ。水を取りに戻るそのうしろ姿を眺めてから、店の奥にいる目立つ一団の方へと向かう。
「ほほはっはへ〜」
「食いながら喋るなっつってんだろ」
もごもごとしながら話しかけてくるエリアをジト目で睨んでから、リーはフェイの隣に座った。
おつかれ、と労うフェイの向かい、ティナはちらりとリーを見上げたあと、また無言で食べ続けている。
「やっとこれたのね」
「ラミエ待ってたわよ」
「ふたりとも! やめてよ」
隣のテーブルからクスクス笑いながらからかってくるリリックとコルンを、水を置きにきたラミエが恥ずかしそうに止めに入る。
「もう……」
頬を染めながらリーの前にグラスを置き、視線が合うと柔らかに綻ぶその顔に。
リーも頬を緩めながら、置かれた水の礼を言った。
食事をしながらの話題は、今日は事務員先輩のリリックとコルンからの仕事談議となった。
二の月の年受付に向けて、今は今年度の個人収支の仮確定に追われているらしい。そのためもう数日で事務員の資格が取れるフェイも、なったら忙しくなるわよ、と脅されていた。
「それにしても、三人とももうすぐ同僚なのよね」
「ああ。よろしく頼む」
「あたしたちは新年からだけどね」
しみじみ呟くコルンにそれぞれ応えるふたりを見てから、リーは何度も何度も口にしてきた疑問をまた投げかける。
「なぁ。本っ当にこいつらで役に立つのか?」
その働き振りを自分の目で見ていないせいか、どうしてもこの三人が事務員として働いている姿を想像できない。
常識がなく周りに合わせることを碌にしないのに、組織の中で人と働くことができるのだろうか。
「リーもいい加減しつこいな」
「大丈夫だって言ってるのに」
「お前らには聞いてねぇんだよ」
不貞腐れて文句を言うフェイとエリアを睨みつけ、リーはどうなのかとリリックとコルンに尋ねる。ふたりは顔を見合わせてくすくす笑い、大丈夫よと言い切った。
「適材適所、ってね」
「上手く使えばいいだけだもの」
(上手く使えば、って…)
やっぱり使いものにならないのではないか、と。
喉元まで上がった言葉はなんとか呑み込んだ。
仕事を終えたラミエを家まで送るのも、すっかりいつものこととなった。
以前は少し離れて待っていたが、今はむしろ堂々と。誰に遠慮することもなく、食堂の通用口の正面を陣取るリー。
まだ時折絡まれることもあるが、今のところ穏便に済ませている。
「おまたせ!」
食堂から小走りで駆けてきたラミエ。長い耳を隠すために普段もフードを目深に被っていたが、最近は仕事中以外ではあまり見なくなり、うしろで軽く纏められた髪にはリーが贈った金細工の髪留めがつけられるようになった。
「行くか」
「うん!」
どちらからともなく手を繋ぎ、並んで歩き出す。
「にしても。あと何日かでフェイも事務員だもんな…」
ホントに大丈夫かとまだブツクサと言うリーに、ラミエはくすりと笑う。
「心配なんだね」
「そんなんじゃないけどさ」
「そうなんだ?」
そのままくすくす笑われるので、抗議の意を繋ぐ手に込めた。
また暫く歩いていたが、不意にきゅっと手を握り返される。
「…フェイが事務員になったら、リーもまたここを出るんだよね」
寂しくなるね、と少し視線を落とすラミエ。
「リリックとコルンも、リーとフェイがいるから来れるんだし」
「俺たちが? なんで?」
「声かけられないからだって」
特に示し合わせたわけではないのにこのところ夕食時間が一緒になるのは、そういうことかとようやく気付く。
尤も。この程度で役に立てるなら、別に存分に利用してくれて構わないのだが。
「私も今月いっぱいだけどね」
少し沈んだラミエの声に、リーは少し逡巡してから、足を止めて繋ぐ手を自分の方へと引っ張った。引かれたラミエの身体がリーの腕に寄りかかる。
「…戻ってきたら会いに行くから」
前を向いたままぼそりと呟くリー。
「うん…」
嬉しそうに瞳を細め、ラミエは自分からも寄り添った。
「リーは合の月ってどうするの?」
再び歩き出してからの質問に、そうだな、と呟きを洩らす。
「日程的にいけそうなら、バドックに戻ってもいいかなって思ってる」
フォードに思わず言ってしまった言葉であったが、今は本当にそうしてもいいかと思っている。
アーキスの話を聞いて故郷が恋しくなったわけではないが、思うところは少しあり。
いつも変わらずあの場所で待ってくれている兄姉とあの場を離れることのできない護り龍に、会いに行ってもいいかと考えたのだ。
「そっか…。エルフにはその習慣はないんだよね…」
基本集落を出ないエルフたち。人の世で暮らすエルフは古い考え方についていけなくなった者が多く、故郷とは縁遠いことがほとんどだそうだ。
暫く考え込んでいたラミエが、つっとリーの手を引く。
「……私も」
「ん?」
零れた言葉を聞き取れずラミエに視線をやると、ラミエは足を止めてまっすぐリーを見つめていた。
向き合う青の瞳は夜闇の中でも輝くようで。あまりにじっと見つめられ、繋ぐ手から顔まで駆け昇る熱を感じたリーは思わず少し身を引く。
追い縋るようにもう一度手を引き寄せて、ラミエが更に距離を詰めた。
「私も、リーの故郷に行ってみたい」
「えっ?」
「リーの家族に会ってみたい」
ぎゅっと、胸元で握り込まれる手。
「だめ?」
問われた内容よりも、吐息を感じるほどのその近さに跳ね上がる鼓動。
それ以上引けず、リーはぎこちなくこくこくと頷く。
「も、もちろんいいけど…」
「ありがとう!」
喜んだラミエが飛びついた際の出来事に、その後暫くふたりはお互いの顔が見られない状況に陥った。
ラミエを家まで送って宿に戻ってきたリーは、まだ熱い顔を手で扇ぎながらベッドに座った。
今日一日色々あったな、と嘆息して。不意に蘇る感触にひとりわたわたと慌てて。
ようやく落ち着きを取り戻してから、リーはフォードの話を振り返る。
合の月、アーキスはかつて縁を切った家へ帰るという。
ふたりの間にどんなやりとりがあったのかはわからないが、六年の歳月はお互いを少しは素直に変えたようだ。
帰る故郷も、待つ家族も。アーキスは失っていなかったのだと。決してひとりではないのだと。
アーキス自身がそれを知ったことが、本当に嬉しい。
よかった、と。心から思いながら。
(アーキス、どうしてるかな…)
ひとり旅する親友を思い、リーはもう一度息をついた。