そこで待つものは
青の四番を出発した翌日請負人組織本部に戻ったリーたちを迎えたのは、アリアたちを送り届けて戻ってきていたフェイだった。
「着いたばかりで悪いが呼び出しだ」
時刻は夕刻少し前。少々腹もへっているが、どうせ報告もあるので手間が省けたと思うべきだろう。
本部協力員となったリーたちは案内がなくとも本部内に入ることができるが、まだ二の月、混み合う受付を避けられるように迎えに来てくれたのだとわかっていた。
連れていかれたのは組織長室。いつものようにマルクが前に座った。
第三研究所を離れてからのことを報告すると、マルクはひとつ頷いて、今の時点で保安協同団からきている情報だが、と前置いて話を続ける。
「逃げたアドの行方は現時点ではわかっていない。見回りは強化しているが、髪色はあまり当てにならない以上、だいたいの年齢と目の色ぐらいしか手掛かりがないからな」
移動に必ず街道を通るとは限らない。保安としても割ける人数に限度があるだろう。
「言質が取れないままなので確証はないが、状況からしてエイランと同一人物だと見て間違いないとのことだ」
「……イグニスは…」
ただ首を振るマルクに、リーたちはその末路を知る。
「イグニス……あの場ではロードムと呼ばれていたが、奴の傷はおそらく魔法でのもの。男と名乗っていたことといい、どうやらこちらもハーフエルフだろうな」
固有名、一族名、性別、出身地の順に示されているエルフの名、エルフの男性はアドとつく。もちろん偽名だろう。
「ラジャートでもあのふたりが龍と気付いていたからこそ、姿を見せないまま逃げた可能性がある」
「では今回も…」
「気取られていた、ということだ」
そこで一旦言葉を切り、マルクはふたりの前に一枚ずつ紙を置いた。
かつてリーが渡されたものと同じ形式で書かれている、反組合による子どもたちの誘拐事件に関わる調査への、請負人組織と保安協同団の印の入った許可証。
「子どもたちか、アドか、それとも罠なのか。ヴォーディスで待つのが何かはわからないが、引きはしないな?」
「当たり前です」
「拝命いたします」
それぞれ許可証を手に取ると、マルクは満足そうに頷いた。
「ヴォーディスでの調査は基本こちらが請け負うことになった」
ふたりが許可証をしまうのを待ってから、マルクが再び口火を切った。
「拠点が近いこと、シングラリアの一件での情報があること、魔物への対策が取れること、龍を知る者が保安より多いこと、などが理由だ。アドも逃げてきているかもしれないので、魔法を使う可能性を加味するなら龍とエルフがいる方がいいが、気取られる可能性が高いため捜索は人のみで行う」
マルクの言うような理由ももちろんだろうが、保安の人員がアドの捜索のために取られていることもあるのかもしれない。
組合だけでなく、技師連盟も関わる誘拐事件。アリアとライルを探していた頃はまさかこれほど大事になるとは思わなかったなと、リーは振り返る。
「前回主体がいた位置までは徒歩で二日程だが、今回はおそらくそれより奥だ。今は数人が馬で探している。もちろんこのあとお前たちにも加わってもらう」
決定事項としてのマルクの声にもためらうことなく頷くふたり。
「出発は明日の朝。説明後に青の二番までは送ってやるからここに来い」
断れないことはわかっていたが、顔には出てしまっていたらしい。マルクには厳しい顔のまま時間がないんだと一蹴された。
マルクとの面会を終えたふたりが食堂へと行くと、中にはフェイとラミエの姿があった。
元気そうなラミエの姿に安堵する一方で、いるとばかり思っていた者がいないことに疑問を覚える。
「あいつらは?」
迎えられ、ラミエの隣に座りながら尋ねるリーに、ラミエは淡く微笑んだ。
「エリアとティナは今本部待機なんだ」
「そうなんだ。リリックとコルンは?」
「二の月は混んでいるからやめておく、と」
なぜとは聞かずにアーキスがフェイの隣に座る。公の場で話せぬことがあるのは自分たちに限ったことではない。
カレナに注文を伝えたところでテーブルの下で袖を引かれ、リーは横を向く。
「おかえり」
周囲の喧騒に紛れてしまうくらいの小さな声。
姿を見られたことで安堵して、言葉にしていなかったことに今更気付いた。
「ただいま」
ごめんと謝ると余計に憂慮させるような気がして、変わりはないと伝えるようにいつもの言葉を返す。
綻ぶように笑みを深めたラミエが、つまんでいた袖を放した。
食事を終え、リーはラミエを送るべく並んで歩き出す。
一緒に歩き出そうとしていたフェイをアーキスが聞きたいことがあると引き留めてくれたのは、深読みするまでもなく自分たちをふたりにするためだろう。
またすぐに出発すること、今度はいつ帰れるかわからないこと。それを話すとラミエはわかってると頷いた。
「副長たちと何人かが暫くそっちにかかりきりになりそうだって、そう聞いてる」
今は年受付の時期、ただでさえ忙しい事務方から人員を取るのだから、ラミエたち事務員にもいつも以上の負担があるのだろう。
「そっか、そっちも大変だな」
「リーの方こそ」
会話が途切れて暫く、ラミエがきゅっと繋いでいた手に力を込めた。
「……気をつけてね」
いつもよりどこか声が沈んでいるように感じ、リーはその手を握り返しながらラミエを見やる。
こちらを見ずに前を向いたままのラミエは、少しうつむき視線を落としていた。落ちる影がその長いまつげのせいだけには思えず、リーは足を止めて覗き込む。
リーが立ち止まったことに気付いたラミエが顔を上げた。
瞳に浮かぶ不安と心配。何に対してなのかはわからないが、自分が関わっていることだけは間違いなく。
そんな顔をさせてしまう申し訳なさと、そんな風に想ってもらえる嬉しさに、込み上げてくる感情。
久し振りに会えた喜びと、またすぐに離れなければならない寂しさが背中を押す。
「どうかし……」
触れた唇に、ラミエの声が途切れた。
そっと離れていくリーを惚けて見送るラミエに。
照れと詫びが混ざる声音で、ごめんとリーが呟いた。
少し赤らむ顔には、疑うまでもなく自分への想いが滲み出ていて。ラミエは直前の己の気持ちを恥じて慌ててうつむく。
エリアたちとは違って同行員としてまだ未熟な自分に抱く劣等感と、久し振りに会えたリーがあのふたりのことを気にする様子に覚えた嫉妬。
そんな自分が情けなくて落ち込んでいただけなのに。
まっすぐに向けられる好意が嬉しくも幸せで。同時にほんの少しだけ苦しかった。
「……ラミエ?」
少し不安そうに降る声に、ラミエはそのままリーに抱きつく。
「ラっ…」
「謝らないでよ」
情けない顔を見られないように、ぎゅっと背中に両腕を回してくっついて。
「……ありがとう…」
胸を張って好きだと言えるように。
そんな自分になれるように。
頑張るからと心に誓う。
溢れた想いを受け止めるように、リーも抱きしめ返してくれた。
家の前、繋いでいた手をどちらからともなく放すふたり。
「じゃあ行ってくる」
「うん。待ってるね」
顔を見合わせ、照れくさくて笑って。
手を振りながら扉を閉めるラミエを見届けて、リーは踵を返して歩き出す。
自分の取った行動に今更動揺しつつも緩む頬。
また暫くの別れ。
それでも想いはここへ置いて。
一度振り返ってから。浮かぶ面影に瞳を細め、リーは歩調を上げた。





