特別指揮官と指揮官代理
テレスとは一時間の間を空けてその足取りを追っていたリーたち。ビオードの町に入ったと逆走してきた保安員に聞いてからは速度を上げ、町へと向かう。
途中、リーに抱えられていたアリアがふるりと身を震わせ、いる、と呟いた。ライルも同様のものを感じたようで、己を抱えるジャイルへと何やら話していた。
テレスが向かった先に昏い気配の持ち主がいるということは、やはりテレスはイグニスで、もうひとりはエイランなのだろう。
「急ぐぞ」
ジャイルの言葉に更に速度を上げて暫く、町までもう少しというところで、アリアとライルが同時にはっと顔を上げた。
エイランが動き出したことを聞いたジャイルは、立ち止まりライルと荷物を降ろす。
「悪いが荷物を頼んだ。町の入口にノッツがいるから、あとはあいつに聞いてくれ」
言い捨てたジャイルが龍の姿に戻った直後、その体がすうっと色を失った。
「ジャイルさんっ?」
「風に紛れて追うつもりだろう」
突然消えたハリスガジェックに慌てるリーに、焦る様子もなくフェイが説明する。それからジャイルの荷物を拾い上げ、行くかと告げた。
町まではもう少し。一行は歩調を落とさず再び町を目指す。
「僕たちもついていけたらよかったんだけど…」
あとは歩くと言ったライルが、心配そうに道の先を見やった。
「もうここからじゃ気配がわからないや」
「保安は普段龍にもエルフにも頼らないで仕事してるんだから大丈夫だよ」
慰めるようにではなくただ事実として告げられたアーキスの言葉に、ライルは少し安心したように頷いた。
リーたちがビオードの町に到着したのは、夕陽の残光がかろうじて残る頃。
町の入口には数人の保安員が立っていた。青の四番の詰所で見かけた黒髪の青年が、リーたちに気付いて駆け寄ってくる。
「お疲れ様です。あの、ジャイルさんは…?」
赤い光に透けると紫に見える髪を揺らして一行を見回した青年が、怪訝そうに問う。
まさか龍に戻って先に行きましたなどと言うわけにもいかず。リーが答えあぐねていると、さっとアーキスが一歩前へ出た。
「わけあって別行動になりました。俺たちはここからノッツさんの指示に従えと」
あぁ、と青年の口から了承とも溜息とも取れるような息が洩れる。
「…ったくあのおっさん、ごまかす身にもなれっての」
耳に入った言葉に固まるリーと微塵も表情を変えないアーキスへと、青年は何事もなかったかのようににっこりと微笑んだ。
「僕がノッツです。指揮官代理を任されています。何があったかはともかく、どうなったかは多分理解できていると思います。あ、荷物お預かりしますね」
礼を言いながらフェイの持つ荷物を受け取ったノッツは、それで、と少し声量を落とす。
「荷物があるってことは元の姿に戻って先に行ったんですよね。何があったか教えていただけますか?」
かけられた声に我に返ったリーは、どこまで正直に話していいものかと抱き上げたままのアリアを見る。
リーの視線にきょとんと首を傾げたアリアは、あっと声をあげた。
「アリアが話す?」
「いや、そうじゃなくて……」
「話していい。俺たちのことも勘付いてるようだしな」
じっとノッツを見据えたままのフェイが口を挟む。龍の眼差しにたじろぎもせず、ただ柔和な笑みを浮かべるノッツ。
(……さすがはジャイルさんの部下……なのか……?)
紫黒の髪に淡い紫の瞳。年齢は多分自分たちより少し上だろう。優しげな、どちらかというと線の細い青年だが。
どうやら見た目より喰えない相手らしい。
どこか楽しそうなアーキスを一瞥してから、リーはジャイルが離れた理由を話し始めた。
話を聞いたノッツはわかりましたと頷いてから、アリアとライルを順に見た。
「その気配はまだ感じる?」
「少し前にわからなくなってしまったままです」
「ならもう町から離れてしまっているんだろうね。教えてくれてありがとう」
答えたライルに礼を言い、ノッツは一行を見渡す。
「酒場から出る者には必ず追手がつくので、ジャイルさんはそれを追っているのだと思います。町から出たなら暫くかかるかもしれませんね。あと、念の為ふたりにはテレスがちゃんとあの酒場にいることを確認してもらってもいいかな」
「わかった!」
アリアの元気な返事に微笑ましそうな顔で頷くノッツ。行きましょう、と皆を促し先行し、入口にいたほかの保安員たちに向けて声を飛ばす。
「特別指揮官殿は迂回路の捜査中だそうだ。私は先にこの方たちを案内してくる」
あとを頼む、と言い置いて、ノッツは町へと入っていく。
一体この男は何枚の化けの皮を被っているのだろうかと思いながら、リーは保安員たちに頭を下げながらあとに続いた。
「じゃあ気配がわかったら教えてね」
「うん!」
入口を離れてからアリアたちへと話しかけるノッツは、相手が龍だからと緊張している様子などなく。
アリアたちに対しては口調も砕けていることからして、おそらくは。
「……慣れているんですね」
「あぁ、僕の故郷にも護り龍がいるんですよ」
何に、とは聞かなかったが、意図は伝わっていたようで。
「僕、モートンさんの部下だったんですけどね。モートンさんがあのおっさん小僧の世話をすることになって」
ぶはっと吹き出したリーを、何事かとアーキスが見やる。
「せっかく近寄らないようにしてたのに。バレちゃったんですよね、気付いてるって。それでこうしていいようにこき使われてるんですよ」
飄々と毒を吐くノッツをこそりと見ながら。
保安は保安で色々あるのだなと親近感を覚えると同時に、次セルジュに会った時に笑わずにいられるだろうかと。
少々呑気な心配をしながら、リーはノッツについていった。
すっかり薄暗くなった中、件の酒場に到着した一行。目立たぬように身を潜めるように告げ、ノッツは物陰から見張る保安員にイグニスがまだ移動していないことを確認する。
「青の四番ではもっと手前の時点で気付いてたけど…」
「うん……でも、なんだかはっきりしなくって」
首を傾げながら、アリアが酒場の方を見る。
「いるような気はするんだけど……」
「うん。ただ、すごく……」
言いかけた言葉を一度呑み込んだライルは、気遣うような視線をアリアへと向けてからリーたちを見上げた。
「……ものすごく、弱ってるのかもしれない」
「弱って……って…」
「……死にかけてる…ってことか?」
アーキスとリーの言葉に、ライルはこくりと頷いた。
「場所、わかるっ?」
「下だと思う」
瞬時に顔つきを変えたノッツの問いにライルが答える。
聞くなり物陰から飛び出したノッツが笛を取り出し鳴らした。短く四度、長く一度。夜を迎え賑わう町に、場違いな高音が響き渡る。
「総員! 第五案っ! 突入するぞっ!!」
突然の音にざわめく町が緊張したその一瞬の静けさを破るように、声を張り上げながら走り出したノッツ。
「俺たちも行きます!」
「フェイはふたりを!」
反射的にノッツを追う体勢に入るリーとアーキス。
「リー!!」
「そこにいて!」
名を呼ぶアリアに短く返し、ふたりはノッツのあとを追った。





