記憶に残るもの
急いではいるものの、まだ子龍であるユーディラルを気遣った速度で飛ぶハリスガジェック。それでも青の四番には暗いうちに到着することができた。
町の外、街道脇の木々の間に降り立った龍たち。皆が人の姿へと変わってから、エリアが視覚阻害魔法を解く。
「リー、大丈夫?」
メルシナ村に行った時の遠慮のない速度で慣れ―――はせず。案の定へたり込むリーにエリアが声をかけた。
「ふたりはここからどうするの?」
答えられずに手を振って追い払うリーの代わりにアーキスが尋ねる。
ハーフエルフ相手では阻害魔法が感知される可能性もあるので、ここからは魔法に頼らず物陰に姿を隠してあとをつけると聞いていた。同様に龍の存在も気取られるかもしれないが、アディーリアとユーディラルが拐われた時に相手にそれらしい反応がなかったので、その点は大丈夫だろうと踏んでいる。
尤もほかにもハーフエルフがいるかもしれず。念の為アディーリアたちがギリギリ気配を感じられる程度の距離に留めるつもりだった。
「馬で帰るよ」
視覚阻害魔法の必要がないのなら、エリアたちもここにいる理由はない。
事前にそう決めてあったのだろう。迷いもせずにエリアが答えた。
乗れるのかよとリーが内心思っていると、アーキスが一日乗るのは大変じゃないかと聞いていた。
「同行員の研修にあったから大丈夫」
「問題なく」
あまり喋らないくせにすっかり口癖になっているティナの台詞に苦笑しつつも、そういえば初めから文句を言いつつも遅れずついてきてはいたなと思い出す。
人員はそれなりにいる。忙しい二の月だからといって、新人にできないことを任せるほど組織も杜撰ではないだろう。
挨拶してくるね、というエリアたちを見送りながら。少しでも早く立て直すために、リーは大きく息をついた。
「では私たちはこれで帰還します。何か言伝はありますか?」
見上げて尋ねるティナに、ジャイルはいや、と首を振る。
「協力感謝する」
「皆に挨拶してからでもいいですか?」
「どうせあいつがまだ動けねぇだろうからな。好きにしろ」
続くエリアの言葉に、ジャイルが諦めたように返した。
それでは、と頭を下げて、エリアたちはリーの周りに集まる一行の下へと戻る。
木の幹にもたれられる位置に移動させられているリーの隣には、金の髪と瞳の少女が寄り添うように座っていた。近付くエリアたちを見上げ、にっこりと笑う。
笑い返してから、エリアはそれじゃあと口火を切る。
「あたしたちは朝までここに残るね。皆、気をつけて」
「お前たちこそ気をつけて戻れよ」
「飛ばさなくても夕方には着くからね」
フェイとアーキスに頷いてから、傍らの金髪の少年を見やる。
「あの…兄たちが無茶を言ってすみませんでした」
苦笑して頭を下げるライル。
池に到着してからリーたちが来るまでの間、カルフシャークとアディーリアから魔法を見せてとせがみまくられた末、ウェルトナックの許可を得て、火花を散らしたり氷を降らせたりと一緒になって遊んでいたのだ。
「なんで? あたしも楽しかったよ〜」
「アリアも楽しかった!」
嬉しそうなアリアの声に、うんうんとエリアも頷く。
「じゃあまた今度行った時やろっか」
わぁい、と喜ぶアリアの隣。そんなことをしてたのかと言わんばかりの眼差しで見上げてくるリーの前に、エリアは屈み込んだ。
「ねぇ、リー」
こちらに向く茶色の瞳に笑みを浮かべる。
「これがあたしたちの同行員としての初仕事だよ」
「……そうかよ」
ぼそりと返された声をどこか温かく感じるのは、単なる自分の願望からかもしれないが。
「また一緒にお仕事しようね」
こうしてひとつずつ。たとえ小さくても、抱えきれないほどに。
「…一緒にってほどじゃねぇだろ……」
呆れたようなその声も、自分にとってはひとつの思い出。
微笑みを返し、エリアは立ち上がった。
痺れを切らせたジャイルにせっつかれてリーたちが青の四番の宿場町へと入ったのは、そのすぐあとのこと。
一行はひとまず保安の詰所へと向かった。話をするジャイルを残して案内された二階は、赤の五番の詰所と同様予備の拘束部屋となっていた。
「ここからわかるか?」
宿までの距離はわからないが念の為聞いてみるが、アリアもライルも首を振る。
すぐまた下へと呼ばれ、夜が明けぬうちに気配を調べに行くと言われた。
保安員の案内で件の宿に近付く。その前まで行く前に、アリアとライルが足を止めた。
「……ライルお兄ちゃん」
「うん」
頷き合い、もうわかったと告げるふたり。詰所に戻り、多分あの時の気配だとジャイルに話す。
「でも、怖い方じゃなかった」
「怖い方?」
繰り返すジャイルにライルが頷く。
「ふたりのうちのひとりがとても昏い気配だったんだ。でもここにいるのはもうひとりの方だと思う」
その言葉に少し考え込む様子を見せてから、でも、とジャイル。
「ラジャートにいた奴ではある、と?」
「…怖かった気配よりははっきりしないけど、そうだと思う」
「言い切れなくてごめんなさい」
申し訳なさそうにうつむくアリアと謝るライルに責めてはいないと首を振ってから、ジャイルは再び視線を落とした。
朝になり、テレスが徒歩で北門を出発したとの報告が来た。少し間を置き、すぐに街道を逸れてミルトー地区内を進んでいるとの続報と、宿で話していたふたりの身柄は確保したとの報告が来る。
追跡はそれに長けた者に任せてあるので、リーたちは邪魔にならぬよう少し距離を空けての出発となっていた。
食事が済んだのを見計らって上がってきたジャイルが、ありがとうとアリアとライルに告げる。
「ふたりとも、こんなところまで来てもらって悪かったな。エルトジェフ、日が暮れたら送ってやれ」
「えっ?」
驚いて見上げる子どもたちに、ジャイルは表情を緩めて頭を撫でた。
「可能性が高いとわかれば十分だ。予定通り戻っていい」
「でも……」
「そういう約束だったろ」
戸惑い顔を見合わせるアリアとライル。
「あとは任せろ」
ぐりぐりと頭を撫でられながらも、やはり納得のいかない顔を見せていた。
言いたいことはわかっていたが、口を挟むことはせず。リーはふたりの反応を待つ。
ジャイルの手が離れてから、アリアはライル、そしてリーたちを一瞥し、もう一度ジャイルを見つめた。
「……ジャイル、やっぱりアリアたちももう少しついていってもいい?」
「今からもうひとりと合流するかもしれないし…」
「来なくていい」
即答するジャイルに、お願い、と子どもたちが追い縋る。
「もうひとりの方ならもっと離れててもわかると思うの」
「あんな目に遭ってる子どもたちを助けたいって思うのは、僕たちだって一緒なんだよ」
実際に拐われた子どもたちの処遇を知るアリアとライル。だからこそ、その言葉は重く。
そして、助けたい気持ちはジャイルとて同じなのだろう。
「ジャイルさん、俺からもお願いします。ふたりのことはちゃんと守りますから」
少しでも受け入れやすいようにと思い、リーは子どもたちではなく自分に責を移す。
「危険な真似はさせません。お願いします」
請わずとも一緒に負ってくれるアーキスに心中感謝しながら、お願いしますと繰り返す。
「俺もいるんだし。ふたりだって無茶はしないだろう」
ぼそりとつけ加えたフェイに、ジャイルは何かを言いかけたものの、結局は口を噤んだ。
暫しの沈黙のあと、ジャイルが両手をアリアとライルに伸ばす。
「……気配を見るだけでいい」
「ありがとう!」
頭に置かれた手に小さな両手を添えて、アリアが嬉しそうに声をあげた。
「いや、礼を言うのは俺の方だ。ありがとう」
くしゃりとふたりの頭を撫で、ジャイルが笑う。
「よろしく頼む」
子どもたち、そして自分たちへとかけられた言葉に、リーたちも大きく頷いた。
アリアとエリア。
ライルとジャイル。
ややこしいったら……。