繋がる糸の先
メルシナ村へと向かいながら、ハリスガジェックはヤトからの報告をアーキスに伝えた。
「ヤトの話からすると、濃紺の髪の男はハーフエルフだろうな。茶髪の男は近くの村に住んでて、行きつけの店から素性が知れた。こっちは間違いなく人だと確認が取れている」
男が訪れたのは昨日の夕方。早い対応に保安の本気具合が窺える。
尤も。それだけ八方塞がりだったということでもあるのだろう。
「その日に青の五番で知り合って、仕事を手伝わないかと誘われたらしい。疑いもせず話を聞いてたってことは、どうやら相手はエルフ並みに絆す輩のようだな」
その話になんとなく既視感を覚えるが、それ以上は掴めず。アーキスは口を挟まず続きを待つ。
「そいつは今朝青の四番行きの馬車に乗って、夕方宿に入ったのを確認した。もうふたりいた馬車の乗客も同じ宿で、部屋は別だが親しげに話してはいるらしい」
元々の知り合いか、道中で話すようになっただけかの判断はまだつかず。別れてから押さえるつもりだという。
「先触れは出した。メルシナでチビどもを拾ったら、青の四番に向かう」
「……アリアとライル、ですか…?」
アリアとライル―――アディーリアとユーディラルが反組合の誘拐事件に巻き込まれていたことは、百番案件を手伝うことになってから聞いた。ヤトとソリッドとの関係も彼らに会った時に聞いている。
しかし、今回見つかったのはヤトの姉を騙した人物。反組合の者ではあるだろうが、アディーリアたちの件に関与はないはず。
確か子どもたちを拐った集団の指示役は逃げたそうだが―――。
はっとアーキスが瞠目した。
今回見つかった男とテレスの共通点。
そこに符合する者が、まだいる。
「……イグニス」
話は聞いていたのだろう。ぼそりとリーが呟いた。
拐われたアリアとライルが連れていかれたラジャート村にいた、イグニスとエイランというふたりの男。アディーリアたち以前に拐われた子どもたちの行先を知るこのふたりは早々に姿を消しており、その容姿は村にいた者たちから聞いただけだが、イグニスは金髪に琥珀の瞳だったという。
ただ、アディーリアとユーディラルは気配だけならわかると話していた。どれだけ姿形を変えようと、その気配は固有のもの。変わることはない。
だからメルシナかと思いながら、リーは更なる可能性に気付く。
反組合に関わる琥珀の瞳の男はテレスとイグニスだけではない。
「テスラの弟と、エルメの言ってた男もそうかもしれませんね」
考えついたことはアーキスも同じようで。恐怖が八割を占める頭の片隅の言葉は、代わりにアーキスが声にしてくれた。
金茶の瞳のリー。そのリーよりも橙色に近いのならば、琥珀色である可能性も高い。
「ああ。だがそっちは今のところ確認しようがないからな。あとまわしだ」
言い切り、とにかくとハリスガジェックが改める。
「チビどもの確認が取れれば、できるだけ泳がせて拠点を暴きたい。長くなるかもしれんがよろしく頼む」
「わかりました。こちらこそよろしくお願いします」
ちらりとリーを一瞥してからアーキスが応えた。もちろんリーも己のことに関しての異論はない。
ただ、あのふたりはまた別だ。
「ジャイルさん」
今どんなに生きた心地がしなくても、ちゃんと確認しておかねばならない。
「アディーリアとユーディラルは…」
ユーディラルももう落ち着いているとはいえ、あの時のことを思い出させるようなことをさせるのだ。少しでも早く池に―――日常に戻してやりたかった。
リーがみなまで問う前に、わかってるとジャイルがぞんざいに遮る。
「気配はわかっても、追えるほど鮮明じゃないだろうからな。確認してさえもらえればすぐに帰す」
巻き込むのは最低限で済ませるつもりだと言わんばかりのその様子に、リーはほっと息をつきかけたものの。緩んだ気持ちに叩きつける風を再び感じて固まった。
「ありがとうございます」
代わりに礼を言ってくれたアーキスの声が笑いを堪えていたように聞こえたのは、きっと気のせいだろうと思いながら。
あとはもう無心で到着を待つことにした。
断りを入れる時間も惜しいとばかりに、メルシナ村を通さずそのままウェルトナックたちが棲む池の前に降り立ったハリスガジェック。視覚阻害がかけられていてもその場に居合わせるものには見えたままである上に、誰が来るのかも聞いていたのだろう。池にいた一同は驚くことなく風が収まるのを待っていた。
「一回解くからちょっと待ってね〜」
土埃が落ち着いてから場違いなほど呑気な声をかけてきた人物に聞きたいことはいくつもあったが、今のリーにはその余裕もなく。アーキスの手を借りて地面に降り、へたり込んだまま睨み上げるのが精一杯。
「先に来てたのってエリアたちだったんだね」
同じ疑問をとても柔らかな言葉で投げかけたアーキスに、旅装束のエリアはにっこり笑って頷いた。
「うん。あたしたちならザイシェさんにももうここへ来る許可もらってるからって」
メルシナ村の村長の名を口にするエリア。そのうしろにはティナとフェイの姿がある。
「組織に雇ってもらう条件にね、ここに来てちゃんと謝るっていうのもあって。だからティナとふたりで謝りに寄ったの」
「その時に」
「俺はカナートに言われて合の月に」
いつの間に、との疑問は顔に出ていたのだろうか、聞きもしないのに全員答えてくれる。
「リーたちが来るまでに話しておいたからね」
その言葉に池の方へと視線を向けると、縁から心配そうに見つめるアリアとその肩を押さえるウェルトナック、そしてユーディラルの姿があった。
「リー!!」
もういいとウェルトナックの許可を得たアリアは、ぴょんと池から上がってまっすぐリーに駆けてくる。
「大丈夫?」
いつもは飛びついてくるのに、今日は手前で立ち止まり心配そうに窺うアリア。背を起こしたリーは笑って両手を広げた。
「大丈夫。心配かけてごめんな」
わぁいとばかりに飛び込んで抱きついてくるアリアの頭を撫でながら、奥で苦笑するウェルトナックと視線を合わせる。
「済まぬな」
「俺はいいけど……いいのか?」
何に対しての言葉かはわかってくれているのだろう。構わんよ、とウェルトナックも表情を緩める。
「できる協力はすると伝えてあったからな」
「僕たちだって同じだよ」
言葉を挟み、ユーディラルも水から上がった。
「役に立てるなら嬉しいよ」
「ユーディラル…」
透けて見える心配に穏やかな笑みを返し、ユーディラルもリーの前へと来る。
「それに。ふたりとも一緒にいてくれるんでしょ?」
リー、そしてアーキスを順に見てのユーディラルの言葉。
青い瞳に浮かぶ信頼に、リーはアリアを抱えたまま立ち上がった。
「ああ。約束する」
「遠くから確認してもらうだけだからね」
「アリアも頑張るね!!」
ふたりの言葉に嬉しそうに応えたアリアは、見上げるユーディラルと目を合わせて頷き合ってから、更にぎゅっとリーに抱きついた。
ザイシェには朝に説明しておくからとウェルトナックが請け負い、一行はそのまますぐの出発となった。
ユーディラルにアリア。フェイにエリアとティナ。ハリスガジェックにリーとアーキスが乗り、向かうのは青の四番。夜の間にテレスを見張る保安員と合流するつもりらしい。
「礼は改めて。エルトジェフ、チビども、行くぞ!」
短く告げて飛び立つハリスガジェック。
「いってきまーす!」
「いってくるね」
「ああ。気をつけて」
水龍一家に見送られながら、ユーディラル、フェイの順に続いた。





