どちらでもないがゆえに
組織に戻ったリーたちは、一連のことをマルクへと報告した。そしてそれとは別に、エルメの話してくれた夢と男について伝える。
「ハーフエルフか……」
面倒臭そうに呟いたマルクは、保安協同団には伝えておくと請け負ってくれた。
ミゼットから呼び出しがかかったのは翌日のこと。アーキスとふたり指定された部屋に行くと、既に来ていたミゼットに、急にごめんなさいねと微笑まれる。
「副長から、ハーフエルフについて話してやれって言われたのよぉ」
どの程度知っているのかと聞かれ、エルフと魔力量に差があることや、特性や容姿が異なること、そして、エルフの中でも人の中でも浮いてしまうことを挙げた。
「そうねぇ。ハーフエルフは特性と魔力量に差があるからエルフと居づらくて。寿命が長く成長が遅いから人とも居づらいのかもしれないわねぇ」
「寿命……」
ラミエからは聞かなかったその内容。エルフであるラミエには、もしかしたらピンとこない理由だったのかもしれないなと思う。
「混ざる血の量と個人差もあるけど、ハーフエルフの寿命は百二十年から二百年ちょっとくらい。エルフと同じで小さな頃は変わりないのだけど、成人前から成長がゆっくりになっていって。二十代くらいの外見の間が一番長いかしらねぇ」
エルフ然の容姿なら、敬遠はされてもそういうものだと思われるかもしれない。だが人同然の姿なら、いつまでも老いぬ身体は余計に奇妙に映るのだろう。
「特性を知るためにも、本当はエルフ側が受け入れるのが一番なんだけど。基本閉鎖的な種族だから」
浮かぶ嘲笑に、以前ちらりと抱いた疑問を思い出す。
人である初代組織長の妻だというミゼット。ふたりの子どもの話は今まで一度も聞いたことがなかった。
そして、今日改めて話を聞いて、もうひとつ生まれた疑問。
「…だから組織にはハーフエルフが多いんですか?」
自分がエルフや人だと思っている相手の中にもハーフエルフがいるのだとラミエが言っていた。
この請負人組織を作ったのはミゼットとその夫。
ユシェイグ地区すべてを敷地とし、本部や養成所や研究所のみならず、中には職員の家族も含めた居住区も、自給自足のための畑や施設も有する。それはつまり、敷地から出ずとも生活が成り立つということで。
もしかすると、初めから行き場のないハーフエルフの受け皿とするつもりだったのではないだろうか―――。
リーの問いにどうかしらねと返すミゼットは、何かを懐かしむように瞳を細めた。
「聞いてどうなるものでもないけど。もう少し詳しく知りたければ頼んであげるわよぉ?」
浮かべた笑みはそのままに、ミゼットがリーを見据える。
「昔の話、とはいっても。今もまったくないわけじゃないでしょうしね」
自分に向けられた視線が何を意味するのかを、リーも気付いていた。
ハーフエルフが受ける扱い―――それはもう、自分にとっても他人事ではない。
「……俺も知っておいた方がいい、ってことですよね」
「エルフとの先を望むのなら、知るべきだと私は思うわ」
人に添い遂げたミゼットだからこそ、すぐに返された言葉は重く。
どんな選択をするにしても、その重さと同じものを自分とラミエも背負うことになるのだろう。
「お願いします」
まっすぐにミゼットを見返し、迷う素振りすら見せずにリーが答える。
自分にできることくらい、何でもしようと決めていた。
やはりミゼットは表情を変えなかったが、わかったわ、と返される声音はどこか温かく。今更だが心配されていたのだろうなと思う。
「もちろん俺も。ミゼットさん、よろしくお願いします」
どうするかと問う前に答えたアーキスは、目が合うと当然とばかりに口角を上げた。
なんとなく照れくさくて礼どころか頷きひとつ返せなかったが、アーキスがそれを気にすることはないだろう。
「じゃあ、あなたたちも知っていて、話してくれそうな人がふたりいるから打診しておくわねぇ」
「ふたりって…リリックとコルン?」
組織内で自分が知るふたりの名を挙げるが、違うと首を振られる。
「あのふたりは若いから、そこまでじゃないわよぉ」
「じゃあ……?」
顔を見合わせるリーとアーキス。
今は答えるつもりもないのだろう、ミゼットは含みある笑みのまま解散を告げた。
ふたりのうちのひとりについては、その日のうちにすぐに知れた。
「待たせて悪かったなぁ」
閉店後の食堂で訪れたリーたちを迎えたのは、店主のメナードだった。
四十代後半に見えるメナードはどう見ても普通の中年男性で、もちろん耳も長くはない。
「オレのことを話せばいいんだよな?」
シラフでする話でもないだろうと酒を出してから、メナードはふたりの前に座る。
リーがメナードのことを知ったのはラミエと話すようになってから。とはいっても、食事の礼を言ったり、ラミエを交えて少し話したりする程度で、もちろん彼がハーフエルフとは知らなかった。
尤も、よく考えてみれば、エルフであるラミエやカレナと一緒に働く以上普通の人では絆されてしまい勤まるはずもない。
奢りだから飲めと言われ、素直に酒に口をつけながら。リーは外見からではハーフエルフとわからないなと考える。
「オレの場合はどうやら父親がハーフエルフだったらしくてな」
そんなリーたちの視線を受け止めながら、自分もひと口酒を飲み、メナードが話し始めた。
「ただオレも会ったことがないから詳しいことは知らない。母親もハーフエルフだなんて思わなかったとぼやいてたから、きっと行きずりの相手かなんかだろうけどな」
いきなりの内容に酒を飲む手を止めたふたりに、気にするなと変わらぬ顔で酒を飲むメナード。
「オレの母親は人だが、エルフやハーフエルフの子ができると普通より妊娠期間が長くなるらしくてな。それでおかしいと思ってたらしい」
「エルフの妊娠期間が長いことは聞いたことがあったんですけど、母親が人でもそうなるんですね…」
「まぁ純粋なエルフよりは短いらしいがな」
アーキスにそう答え、それから、と続ける。
「十歳を過ぎてから次第に成長が遅くなって、二十歳を越えたらほぼ止まった。その頃にはもう自分はハーフエルフなんだとわかってたんだが、それ以外にエルフらしいところなんてなくてな」
見てくれもこの通り、と、メナードは笑った。
「だから自分は人と同じでいられると思ってたんだが。……人から見るとそうじゃなかったらしい」
メナードの笑みに苦さが混ざる。僅かに見せた逡巡に彼の経験の理不尽さが垣間見えるようで、リーは何も聞けずただ拳を握りしめた。
「それでも母親の故郷はまだマシで。煙たがられていたが、何かと疑われたり、追い出されたりもしなかった。あとから考えると、多少は絆されてくれてたのかもな」
「……ほかではそんなことが…?」
「よそもんには厳しくなるだろうさ」
ようやく挟めた言葉には、恨みではなく諦めの滲む声が返される。
「ハーフエルフとバレないように、一処にいられるのは精々数年。人とも積極的に関わろうとは思えないからな。まぁそれなりにしか暮らせねぇわな」
そんな暮らしでは気が休まることもなかったのだろうと容易に想像ができて。
いたたまれない気持ちを持て余すしかないリーたちの眼差しを、メナードは昔の話だと笑い飛ばす。
「ここに来て初めて自分に魔力があることと、使い方を教えてもらえた」
「魔法、使えるんですか?」
「火種いらずで重宝してる」
思わず吹き出したふたり。意図通りだったのだろうか、軽くなった空気の中、メナードは和やかな顔でグラスを空けた。
「宿のレブルみたいに、知ってても何も変わらない奴もいる。正直ハーフエルフでよかったとはまだ思えねぇが、まぁいいかとは思えるようになった」
正面から自分を見据える眼差しに、何が込められているのか。
気付いたリーもまた、表情を引き締めそれを受け止める。
「環境次第で負担は変わる。もしもの時は、きちんとそれを整えておいてやってくれ」
余計なお世話だろうがな、とリーが頷く前にそう被せてから。メナードは立ち上がり、スタスタとカウンター内に入っていった。
間を置かず戻ってきたメナードの手に握られている酒瓶に、リーとアーキスは顔を見合わせる。
「まだいけるだろ?」
何事もなかったかのように、ニッと笑うメナード。
その気遣いに笑顔を返し、ふたりもそれぞれ残る酒を飲み干した。





