寒の日
七日間の合の月が終わり、新たな年を迎えた一の月一日。
ひとつ歳を重ねたリーたちは、空いているからいいわよとのカレナの言葉に甘えて、夕方から食堂に集まっていた。
「もらったよ〜!」
エリアが嬉しそうに白銀の金属板を見せてくる。
「これであたしたちもちゃんと職員なんだからね!」
「はいはい。よかったな」
目の前に突きつけられた所属証を鬱陶しそうに押しのけながら、リーはぞんざいに返した。
「条件付き同行員って書かれてるんだね」
隣から覗き込んだアーキスが読み上げると、そうなの、と浮かれた声のままエリアが頷く。
「あたしとティナはふたりで一人前だからねっ」
「そこいばるとこじゃねぇだろ」
思わずツッコむが、ニマニマとした顔のまま見返された。
「私も新しいのもらったんだ」
リーの向かいに座るラミエが笑いながら、自分の所属証を見る。
「書かれている文字が違うだけで、見た目は変わらないんだよね」
同行員は職員でもあるために、同じ白銀の所属証に刻む文字が増えるだけだ。
それにしてもと、己の首から下げているものを思うリー。
銀色の所属証と一緒にチェーンに通されている、白銀の金属板。ラミエたちの半分の長さのそれは、今日リーとアーキスに支給されたものだった。
バドックから戻ると、年が明け次第できる限り性急に本部に来るようにとの通達を受けた。同じ内容のものがアーキスにも来ていたことから、百番案件に関わることなのではないかと予測していたのだが。
渡されたのは、本部協力員と刻み込まれた所属証。これで案内がなくともある程度本部の中を歩けるようになったらしい。普通の請負人よりも本部に出入りすることが多くなったために発行されたのだろう。
一年足らずで大きく変わった組織との関わり方。
だが今までのような自由は減ったとしても、やっていることは変わらない。
ただ請負人として、依頼を受けていくだけだ。
快く巻き込まれてくれたアーキスを一瞥してから、リーは改めて、できることをやるかと独りごちた。
「アーキスはこれからどうするんだ?」
新年早々の呼び出しが百番絡みの依頼である可能性を考え、この先の予定は考えていなかったふたり。
ニックとラックの下へ行くのは早くとも二の月を過ぎてからと聞いている。それまで一月、アーキスももちろんここで待つつもりはないだろう。
「俺はもうちょっと西側を回ってみようかな」
受けられなかった依頼もあるから、と続けるアーキス。
街道より外側の地域の依頼に関しては、新年から手数料を少し下げると全請負人に向け通達があった。中級であるリーたちは三割の手数料を納めているが、このうち一部が免除となる。
新年に合わせてのあまりに早い対応に、もしかすると以前から問題視されていたのかもしれないね、とはアーキスの弁。
「じゃあ俺は東側でも回ってみるかな」
そう言うと、じろりとフェイに睨まれる。
「結局また行けないのか……」
不服そうに呟くフェイに、リリックとコルンがくすくすと笑った。
「二の月も忙しいから。今のうちに覚えてくれないと戦力にならないのよ」
「フェイはいっそのこと請負人になった方がよかったんじゃない?」
「やめとけ。養成所生活とか絶対無理だろ」
コルンの言葉に何か思いついたような顔になったフェイを慌てて止める。
どんなに楽観視しても、同期生に龍だとバレる未来しか想像できない。
再度不貞腐れた顔をするフェイに苦笑しながら、リーはそれじゃあと双子を見やる。
「お前らも当分事務仕事か?」
「うん。そう言われてるよ〜」
相変わらず呑気なエリアの口調に大丈夫かとジト目を向けるが、動じた様子もなく笑みを返された。
「私は外回りの研修に行くからって」
既に事務員だったラミエには、同行員としての研修が課されるようで。青い瞳に少し不安げな色を浮かべる様子に、どうやら二、三日というわけでもなさそうだと察する。
「外回りってことは、暫くここを離れるんだ?」
「うん」
自分たちで選んで移動する請負人とは違い、組織からの命で動く職員たち。行き先がどことは聞けないが、どうやら近場ではなさそうだった。
「皆暫くバラバラだね」
エリアの表情はさほど変わらずも、その声は少し寂しそうにも聞こえて。
「…まぁ、元から一緒に行動してたわけじゃねぇだろ」
なんだかんだと縁は続いているが、基本請負人は単身旅歩くもの。ずっと誰かと一緒である方が珍しい。
その通りであるのだが身も蓋もない言いように、エリアはにこりと笑みを見せた。
「うん……」
少し翳るその笑みにアーキスが口を挟みかけた時、それに、とリーがぼそりと続ける。
「どうせまた、皆ここに集まるだろうからな」
時期は違っても、請負人である以上自分たちはここへと戻る。
職員となったエリアたちと顔を合わせる機会など、この先数え切れぬほどあるのだから。
どこかしょげた様子のエリアに、結局皆まで言わされ呆れたように息をつくリー。じっとその顔を見ていたエリアは、ふっと吐息をついて頷いた。
「お土産待ってるね!」
打って変わって明るいその声に、リーがエリアを睨めつける。
「買ってくるかっての」
「え〜? 美味しいもの買ってきてくれないの?」
「なんで俺が買ってこなきゃなんねぇんだよっ」
心配して損した、と。
なぜか微笑ましげに見てくるアーキスにもジト目を向けてから、リーはわざとらしく溜息をついた。
食堂勤務は完全にカレナと交代となったラミエ。いつもより時間は早く、敷地内の宿舎まではフェイやエリアたちも一緒ではあるのだが、それでもリーはラミエを家まで送ることにした。
宿舎前で皆に暫しの別れを告げ、ふたりで歩いていく。
一年で一番寒い、寒の日と呼ばれる今日。それでも繋ぐ手は温かく、たとえ今日でまた暫くの別離が待つとしても、今胸まで伝わる熱を幸せだと感じていた。
「ねぇ、リー」
今までより短いふたりだけでいられる時間。ゆっくりと歩きながらラミエが呟く。
「バドックに行って思ったんだけどね。私にはまだ長期間の旅は無理そうだなって」
少し沈む声音に、馬車とはいえ旅慣れないラミエにとっては強行軍であったのかと気付いた。
「ごめん、無理させた?」
「ううん、そうじゃなくて。馬車に乗ってるだけなのに、情けないなって」
謝ると慌てて首を振り、苦笑を見せるラミエ。
「……馬車はあんまり動けねぇから、俺でも疲れるけどな」
それでもリーの慰めに苦さを溜息で吐き出した。
「もう少し旅慣れないと。……皆に…リーに置いていかれたくないから」
「二の月に入ったら戻ってくるよ」
意味が違うとわかっていても、気軽に置いていかないとは言えず。
リーは代わりに守ることのできる約束をひとつ提示する。
「気をつけて」
「うん。リーもね」
握り合う手に互いの無事を祈りながら。
いつもよりキンと張り詰める寒さと静けさの中、温もりを分け合うように身を寄せ合った。





