それぞれの思い出
「話があるんだ」
お茶を飲み終えて部屋の前まで来ると、神妙な面持ちでラミエが切り出した。
じっと見返したエリアは、わかった、とラミエを部屋へと招く。
「ティナがいてもいいよね?」
普段通りのエリアの声に、硬い表情で頷くラミエ。ティナは無言のままスタスタと部屋の奥へと入り、ベッドに腰掛けた。
座るか尋ねられ、首を振ってから。ラミエはじっとエリアを見つめた。
「……よかったの?」
声は小さく、こわばって。
「よかったって?」
表情を崩さないエリアへと、ラミエは続ける。
「リーのこと。やっぱりエリアも……好き、なんじゃない……?」
―――あと百年くらいは、誰もいらない。
そう言ったエリアの表情には見覚えがあった。
時折リーに向く、柔らかな表情。それと同じで―――。
「あたしはちゃんと好きって言ったよ」
なんでもないことのようにあっさりと言い切られたその言葉に、ラミエは瞠目し、苦しげに瞳を伏せる。
六の月に入る直前のこと。リーのことが好きなのかと聞いた自分に、エリアは確かに好きだと答えていた。
「でも、ラミエの好きとは違うし、あたしはいつもみたいに話すのがいいって言ったよね」
重ねられた言葉はあの日のそれと同じもので。
それはつまり、彼女の気持ちはあの時のまま変わっていないのだと示すものでもあった。
ゆっくりと視線を上げたラミエは泣き出しそうに顔を歪めながら、ふるふると頭を振る。
「違わないよ。エリアも私と同じ意味でリーのこと好きだよね」
「それでもあたしはこのままでいい。でも、ラミエもリーも違うでしょ?」
間髪入れずに返るエリアの声音には、動じた様子など微塵もなく。
ただ当たり前の事実を述べるだけのように淡々と並べられていく。
「ラミエはそのままじゃ嫌で。リーもそうだったんだから。ラミエが気にすることじゃないよ」
エリアはどこまでも穏やかで。普段の様子とかけ離れたその姿が、尚更その想いの深さを語るようで。
あの時の彼女の言葉を深く考えなかったのは、その方が自分に都合がいいから。だから自分はそれ以上の追求をしなかったのだと、ラミエはわかっていた。
「…………ごめんなさい…」
込み上げる後悔と涙。
浮かれていた自分が恥ずかしかった。
うつむいてしまったラミエに、エリアは一歩近付いた。
「……わかってたからって。ラミエはリーのことを諦められなかったでしょ?」
ラミエにとってはきつい言葉と知りつつ放つ。びくりと揺れるその姿を見て浮かぶのは、謝辞と羨望。
「リーだってそう。最初からあたしなんて見てない」
ラミエがリーを求めたように、リーが選んだのもラミエだった。その事実は、自分にはどうしようもない。
「あたしがどう想ったって。何を言ったって。それは変わらないでしょ?」
返される言葉がないことはわかっていた。
返されたくないこともまた、わかっていた。
だから。何をも言わせぬように言葉を積む。
「だったらあたしは今まで通りでいたいの。隣じゃなくていい。でも傍にいられたら……、笑って、仕方ねぇなって言ってもらえたら、それでいいの」
ヴィズの言う通り、それはそこそこつらいことなのかもしれないけれど。
それでもそれが、自分に望める最大限の幸せだから。
「それくらいなら、願ってもいい?」
がばりとラミエが顔を上げた。
青い瞳を涙で潤ませるラミエは、同じエルフから見てもきれいで。
仕方ないよね、と。エリアは憧れも嫉妬も精一杯の笑みへと変える。
息を呑んだラミエが、更に涙を零しながら視線を落とした。
「ごめん……ごめんなさい、エリア……。なんにも気付かないまま、一緒に来てなんて頼んで……」
握りしめられたラミエの両手に、エリアはそっとその手を重ねる。
「いいよ。シエラさんたちに会いたかったのは本当だから」
自分からも溢れるものがあるのは、目の前のラミエがあまりにも申し訳なさそうにしているから。
「……嬉しかったのも、本当だから……」
叶わないと思っても諦めきれない自分に呆れたからではないのだと。
己の心に、せめてもの虚勢を張った。
互いに落ち着いてから、ラミエはエリアと笑い合う。今日はもう寝るだけ。部屋に戻りもう暫く泣いたとしても、リーに気付かれることもないだろう。
「……ごめんね。話、してくれてありがとう」
「ううん。話しにきてくれてありがとう」
そう答えてから、エリアが少しためらいを見せながら続ける。
「……ねぇラミエ。もうひとつお願いしてもいい?」
「何……?」
「リーがいなくなってから、あたしたちとリーの話をして」
驚き見返すラミエへと、いいかな、と寂しげに笑うエリア。
「あたしはあたしでいっぱい思い出作るから。ラミエもいっぱい思い出作って。いつか、こんなことあったよって、一緒に話そう」
人であるリーに残されるのは自分とネイエフィールだけではない。
自分の周りにも同じく残されるものがいるのだと―――寂しい思いをするのは自分だけではないのだと、改めて感じた。
「エリア……」
「あたしはそれでいい。だからラミエ、もう謝らないでね」
自分の手をぎゅっと握ってくれるエリアと、そのうしろで微笑むティナ。
ふたりを順に見てから、ラミエはその手を握り返す。
申し訳ない気持ちも、それでも譲れない気持ちも、全部認めてくれたエリア。
「…ありがとう……」
自分にできることは、彼女に遠慮することでも気を遣うことでもない。
まっすぐ、己を恥じずに向き合えるように。自分の心に素直になることなのだろう。
「……いつか、いっぱい話そう」
「うん。楽しみにしてる」
微笑むエリアは普段の明るい彼女ではなかったが。
今までよりもう少しだけ、等身大に思えた。
エリアたちの部屋を出て、ラミエはパタリとその扉を閉めた。
自分の借りている部屋まではたったの数歩であるのに、それすら我慢できずに涙が零れていく。
浮かれて周りを見ていなかった自分の愚かさと。
己と重なるエリアの気持ちを思ってのやるせなさと。
この先の約束の嬉しさと。
次々と溢れる感情と涙の真ん中には、ただひとりへの想い。
部屋に戻り、ぽすんとベッドに腰を下ろし。浮かぶ面影に笑みを浮かべる。
エリアもティナもフェイもネイエフィールも、リーと知り合うことでできた縁。家族や組織のエルフと龍、そんな元々ある自分の縁の中にも、リーの存在は広まって。
そして、それはこれからもきっと増えていくのだろう。
(…なんだ、もうたくさんあるんだ……)
不安がすべて消えるわけではない。
それでも、暖かな火が灯るような安堵感も生まれていた。
これからの自分たちがどうすればいいのか。その答えのひとつがここにある。
気付かせてくれたネイエフィールとエリアへの感謝の気持ちの中、ラミエは自分にもひとつだけ、エリアにできることを見つけた。
翌朝、ネイエフィールの下に三人のエルフが訪れた。
ラミエに頼まれ連れていったものの、またすぐに戻っていいと追い返されたリーは、そこで何の話がされたのかは知らぬままで。
暫くして戻ってきた三人になんの用だったのかと問うが、三人は顔を見合わせて笑い合い、内緒だと答えるだけだった。