絆されたからではなく
「では、くれぐれも、よろしくお願いしますね?」
セインから養成所時代には見たことがないほどの圧を掛けられ、リーは怯みながらこくこくと頷く。
「赤の三番でも男女で分けて部屋取って。エリア、ティナ。ラミエがひとりで抜け出さないように見張っていてください」
「はーい!」
「少なくとも行きは俺も一緒なので!」
呑気な返事をするエリアと無言で頷くティナ、全く動じる様子のないアーキスがセインへと返す。
「もう! 恥ずかしいからやめて」
荷物を持って奥から出てきたラミエがうしろからぼやいた。
合の月の一日。今日からバドックへと向かうリーたちはラミエを迎えに来ていた。故郷ソリングへ向かうアーキスとは赤の三番まで一緒に行くことになっている。
日程にも限りがあり旅慣れない三人が一緒なので、橙三番までは馬車移動を選択した。バドックまでは二日、明日の夕方に到着する予定だ。
「リー。わかっていますよね?」
「はい」
もちろん何をと聞いてはいけないこともわかっているので、リーは素直に頷く。
「父さん! もう行くからね!」
リーの腕を引っ張ってラミエが歩き出した。瞬間怒気の増したセインに、リーは助けを求めるようにアーキスを見るが、何か微笑ましいものでも見るような笑みを返されるだけだった。
(どうしろって……)
懐柔の仕方をミゼット―――には無理なのでヴィズかクフトに聞いておけばよかったと思いながら。
いつまでも仁王立ちで見送るセインに何度か頭を下げつつ、リーたちは馬車乗り場へと向かった。
宿場町間の馬車は一日一便で、出発の時間に乗り場にいなければならない。赤の三番行きの馬車は三番街道沿い、東門から出ていた。途中で人を拾うことはまずないので、集まった人数に合わせて台数が決まる。
合の月ということもあり、請負人組織の職員たちの中にも帰省する者が多いようで。八人乗りの馬車二台での出発となった。
「馬車で行くの初めてだな」
見回しながら乗り込むリー。客車内は向かい合わせに四人ずつ座れるようになっている。
「小さい頃乗ったかもしれないけど。覚えてないや」
リーの手を借りて客車に上がったラミエも、物珍しそうに周りを眺めた。
「あたしたちは乗ったことあるよね、ティナ」
リーが差し出した手を取りながらのエリアの言葉に、リーはえっと声をあげる。
「お前らが?」
「村からふたりでここに来る時乗ったの」
シングラリアの騒動が収まってから故郷のミオライト村まで送ったにも拘らず、また組織本部へ来ていたエリアとティナ。職員になるにはふたりで問題なく故郷から組織に来ることが条件だったとあとから聞いた。
引き上げられたエリアは、ありがと、とつけ足してラミエの隣に座る。
「よく馬車に乗ろうなんて思いついたな」
自分との旅の間に何度も馬車とすれ違う機会はあり、あれがどういうものかは説明したことがあった。しかしまさかその考えに至るとは思わず。
無計画に食事で散財して彷徨っていたふたりからは考えられないと、次に手を貸したティナをまじまじと見る。
「教えてもらったから」
手は必要なかったかと思うくらい軽やかに客車に上がったティナが、あっさり言い切った。
「誰に?」
最後にひょいと登ってきたアーキスが問う。
「リーが最初に連れてってくれた、黄の六番にいた人」
「黄の六番って……支部の??」
あの頃はまだ詳細のわからなかったシングラリア。それを見たというふたりに話をしてもらうため、黄の六番の請負人支部に連れていった。
そのあとすっかり絆された支部の職員にふたりを保護してやれと言われて一緒に旅をすることとなり、結局こうして今なお縁が続いている。
「ふたりで職員になりに行くんだって話したら、いっぱい教えてくれたよ。泊まるよりお金はかかるけど、安全で早いからって」
中継所で一泊するのは食事を含めても角銀貨で釣りがくるが、一区間の馬車代は角銀貨一枚。しかし徒歩だと二日かかるところを一日で着く上に、世間知らずのエルフの女性がウロウロ歩くより格段に安全だろう。
「……そっか」
アーキスとふたりで三人の向かいに座りながら、リーは今更ながら何事もなく来られてよかったなと思う。
そして。人を絆すエルフではあるが、ふたりへの助言は絆されたからではなく、ただふたりを心配したものであればいいと。
胸に手を当て、そう独りごちた。
揺られるだけの馬車の旅は順調で、予定通り夕方に赤の三番に到着した。
固まった身体を伸ばし、食事をして。明日も朝から移動だからと、早めに男女それぞれの部屋へと戻った。
「でも、ホント合流できてよかった」
「疲れてないか?」
心配するリーに、これくらいとアーキスは笑う。
昨日の夕方に紫三番に戻ってきたアーキス。どうせならと、休みもせずに同行してくれた。
「西側、思ったよりも手が足りてないみたいだし。もしかしたらほかの端も同じかもしれないね」
できるだけ依頼をこなしてきたために戻るのがぎりぎりになってしまったと言うアーキスに、確かにな、とリーも頷く。
「どうしても中央寄りに動くからな」
一番と七番、そして黒と白。端に位置するこの四本の街道の宿場町は、周囲の町村が少ないため集まる依頼も少なく、それゆえ訪れる請負人も減る。一本内側の街道の宿場町にも依頼は出されているのだが、わざわざ徒歩で二日以上離れた場所の依頼を受ける者も少ないのだろう。
「報告はしておいたから。何か考えてくれるといいけどね」
息をついて呟いてから、それにしてもとアーキスは苦笑する。
「まさか父さんがリーのところに行ったなんて……」
昨夜アーキスから故郷での話を聞いたあとに、フォードが面会に来たことを伝えた。またもや珍しく驚いた顔をしていたアーキスだったが、会話の内容とフォードの様子を伝えた際にどことなく嬉しそうだったのは気のせいではないのだろう。
「それだけ心配されてんだろ」
「わかってるけど。リーだってそうだよね」
はぐらかすようにそう振られ、リーはすっと視線を逸らした。
今回の帰省にラミエたちが同行することは、事前に手紙で伝えてある。ジーク宛にするとまた小言を言われるのでシエラに出しておいたが、メルシナ村から戻ると質問攻めの返信がきていた。もちろんそれきり返していないので、結局文句を言われることに変わりはなさそうだ。
「……もうちょっと飲むか」
明日を思うとやるせなく、もうそれしか言葉が出なかった。
苦虫を噛み潰したような顔で提案するリーに、仕方なさそうにアーキスが微笑む。
「じゃあ一杯だけ」
「一杯で済んだためしないけどな」
「そうだっけ」
お互い顔を見合わせ笑い、ふたりで食堂へと向かった。
一方、慣れぬ旅に少し疲れ気味のラミエは、まだまだ元気そうなエリアとティナを見て少し落ち込む。
同行員として戦闘補助の訓練をしていた時にも感じたが、自分はふたりに比べて圧倒的に体力がない。これでは請負人であるリーに同行する仕事が回ってくるはずもなかった。
「疲れた?」
心配してくれているのだろう、覗き込んでくるエリアに大丈夫だと見栄を張る。
「ふたりも平気そうだね」
「村でも森の中に食料探しに行ったりしてたから。動くのは平気」
「畑も」
自給自足の集落育ちのふたりと、まだ幼い頃から組織の敷地内で育った自分とでは、根本から差があるのだろう。
(頑張らないと……)
一の月からは正式に同行員として認められる。いつかリーにも同行できるように、まずはできることから始めようとラミエは決意した。