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対峙するモノ


 カルフシャークとユーディラルがフェイとともに戻ってきたのは、その次の夜のことだった。


「ただいま!」

「ただいま」

「おかえりなさーい!!」


 飛びつくアディーリアを受け止めて、二匹は揃ってこちらを見る家族へと向く。


「おかえり」

「おかえりなさい」


 労いと安堵の見える父母の眼差しと嬉しそうな兄たちの顔に、顔を見合わせ照れたように笑った。


 たった二日ではあったものの、得るものはあったようで。出発前も落ち着いた様子の二匹であったが、今は加えて達成感と自信が見て取れた。


 アディーリアを連れて池岸にやってきた二匹に、ウェルトナックは片手ずつその頭に置く。


「カルフシャーク。ユーディラル。話は明日皆でゆっくりと聞こう。今夜はもう休め」


 頭を撫でられた二匹ははにかんだ笑みのまま、水音なく池へと入った。優しい眼差しでそれを見届けてから、ウェルトナックはフェイを見やる。


「ありがとう、フェイ」


 地に降りてすぐ人の姿に変わっていたフェイは、礼はいらないと首を振った。


「ふたりとも頑張っていた。基本的なことしか教えていないが、ふたりにはこれで十分だろうからな」


 一瞬驚いたように眼を瞠り、それからすぐに力が抜けたように緩めるウェルトナック。


「そうか……」


 水面から顔を出す二匹をもう一度見ての呟きは、どこか誇らしげに響いた。





 話は明日と水龍たちは池に戻り、リーはフェイとともにテントへと入る。

 龍には休息の必要はたいしてないが、人である自分は眠る必要がある。それを気遣ってのものだとわかっていた。


 リーの荷物から寝袋を引っ張り出し、慣れた様子で寝る準備をするフェイ。必要ないのはもちろんフェイも同じだが、自分といる時はこうして合わせてくれていたなと今更思いながら。


「おつかれ」


 言いそびれていた労いの言葉をかけてどうだったかと問うと、ああ、と短く返ってきた。


「ふたりで来てくれて助かった」

「そうなんだ?」

「俺の言葉が足りない分は、ユーディラルが察してカルフシャークに伝えてくれて。カルフシャークは物怖じせずに挑むから、結果ユーディラルの背を押してくれた」


 言われてみれば易々と浮かぶその状況に、確かになと思う。


「……ユーディラルの様子は……?」


 人を傷つけたことを気に病んでいたユーディラル。見る限りではカルフシャーク同様すっきりとした顔をしていたが、無理をしていないとは限らない。


 少し懸念を覗かせるリーに、フェイは短く息をついた。


「さっきカナートに言った通り、俺は基本的なことしか教えていない。あとはふたりが自分で判断できると思ったからだ」


 ウェルトナックだけでなく二匹もまた嬉しそうにフェイを見ていたのは、その言葉の真意がわかっていたからかと納得する。


 よかったと口にしかけて、リーは自分を見るフェイの表情に言葉を呑んだ。


「俺が教えたことは戦うための心構えと――」


 自分を見据える真紅の瞳は、いつものどこか気の抜けたそれではなく。


「――人というモノへの、対峙の仕方だ」


 魔物の頂点に君臨する、龍としてのそれだった。





 その眼差しには殺気も威圧感もないというのに、リーはフェイを見たまま動けなかった。


 フェイの言う対峙が何を意味するのかなど、聞かなくてもわかる。


 魔物は龍に近付かない。


 集落を出ないエルフは龍を狩り得られるものに興味を持たない。


 龍を脅かすのは人だけなのだ。


 場を緩めるようにフェイが息を吐いた。瞬間戻った時間の流れに、リーも詰まっていた空気を吐く。


 固まっていた表情が戻ったことを見届けてから、フェイは続けた。


「教えたのは人を殺さず無力化する方法と、一撃で止める方法。どこを狙えばいいかというだけの話だな」


 向けられる真紅の瞳には、今はもう時を止めるほどの強さはないが。それでもすぐには動けずに、リーはただフェイを見る。


「これをどう受け止めるかはふたり次第だが。まぁ大丈夫だろう」


 もうすっかり和らいだ声でそうつけ加えて。


「そうでない者もいるのだと、あとはお前が示してやれ」


 言い切ったフェイからは何も心配した様子は窺えなかった。


 カルフシャークとユーディラル、そして自分への信頼とも取れるその様子に、リーは黙って頷く。


 自分が人の代表だなどと、大きく出るつもりはさらさらないが。

 せめてともに並び歩くものとして。ただ友人として、彼らの隣に立つことができればと思った。


 口に出すには照れくさいその思いは、どうやら気取られてしまったらしく。明らかに上がるフェイの口角から、リーは視線を逸らした。





 少々ふてくされた様子のリーに、そろそろ寝ろと言いかけて。近付く気配にフェイはテントの入口を開けた。


「やはり礼をと思ってな」


 やってきたカナートは、ふたりに向けてそう笑う。

 テントに招こうとすると、すぐ戻るからここでいいと断られた。


「ありがとう。特にユーディラルは面倒をかけたのではないか?」


 カルフシャークとユーディラルが一緒だったからこそ助かったのだと、リーにしたものと同じ説明をすると、カナートはそうかと嬉しさ半分、自嘲半分の笑みを見せる。


「どうやら儂も心配が過ぎるようだな」


 しみじみ呟くその姿に、幼い頃、手を繋いで見上げていた顔を思い出して。


「それこそ今更だろう」


 少し懐かしくなって零した言葉は、フェイ自身が思っていたよりも甘えて聞こえたらしい。リーから生温かい視線を向けられたことには少々引っかかったが、カナート本人が嬉しそうなので流しておいた。


「……本当に、子の成長は早いな」


 ぽつりと呟いたカナートが、じっとフェイを見る。


「子ども()()に負けぬよう、儂も成長せねばな」


 その響きの中に自分も含まれていることは、もう疑うまでもなくて。


 なんとも返せずに見返していると、隣のリーから腕をつつかれる。視線を向けると、ほら、と促すように顎で示された。


 含みしかないその顔に、聞かねばならないことがあったと思い出す。


「……カナート」

「なんだ?」

「合の月になったら、またここに来ていいか?」

「当たり前だろう」


 カナートは表情を変えないままであったが、合の月に帰る場所がどこなのかは知っているのだろうな、と。

 その即答になんとなくそう感じながら、フェイは嬉しい気持ちをリーには悟られぬよう抑え込んだ。





 一旦池底に行ったもののどうしても落ち着かず、ユーディラルは水面まで上がってきていた。

 リーたちのいるテントの方から戻ってくるカナートの姿を見つけ、自分も岸に上がる。


 こちらの動きには気付いていたのだろう。驚く様子もなく、少し話すか、と言われた。


「力って、変わらないんだね」


 龍の姿に戻ったウェルトナックの隣。ゆらゆらと僅かに波立つ水面を見ながらユーディラルが口火を切る。


「水を飛ばすだけ。今までの僕にもできたこと、だったんだね」


 フェイから学んだことは戦い方ではなく、戦うために必要な心構え。

 向き合った相手をどう捉え、どうするのか。それをきちんと決めることだった。


「そうだな」


 ウェルトナックもユーディラルと同じように前を見たまま、静かな声を返す。


「水弾を作るのも、それを飛ばすのも、もちろん今の父さんにもできる。だが父さんには、それを誰かに向けようと思えないんだ」


 敵意を持てない、とでもいうのだろうか。

 そうつけ加え、ウェルトナックはユーディラルの背に手を添える。


「やっていることは同じで、ただ心構えの違い。それくらい曖昧なものでもある」


 ウェルトナックの言葉が途切れた。


「護り龍の子であるお前たちには、少し抱きにくいものであるだろうが……」


 暫しの間の後続けられた声には、どこか心苦しさが含まれて。


 実際にフェイからもそう言われていた。


 龍である自分たち。ほかの魔物に害されることもなく。魔法耐性の強さゆえ、エルフの魔法で傷つけられることもまずない。

 例外がないとはいわないが、戦わねばならない相手はおそらく人だろうから。


 生まれた時から人の傍で暮らす護り龍の、しかも普通より人への親和性の高いこの父の子である自分たちには、人に敵意を持つことはたやすくないだろう、と。


「……うん。わかるけど、わかりたくないって。そんな気持ちだったかも」


 人の昏さを知り、人を傷つけた自分。

 向けられたものと、してしまったこと。あの時の恐怖を前に、果たしてそんなことを思って動けるのかはわからないが。


「……でもね、あの時の僕の気持ちは間違ってなかったのかなって。そうも思ったんだ」


 それでもきっと、何を望むのかは変わらない。


「カルフシャーク兄さんがね。怖くないよって。戦う力だけど、守る力だって。そう教えてくれたから」


 隣を見ると、父はいつの間にか自分を見ていた。


 口にしなくとも、惑う気持ちも呑み込んだ思いも、気取られているとわかってはいるが。


「皆を守りたかったって。そう思って動けたことは、間違いじゃなかったのかなって」


 それでもまっすぐ父を見て。

 以前は口にできなかった、最後の気持ちを言葉にする。


「多分まだ人を怖いと思うこともあるだろうけど。それでも僕はちゃんと龍で……護り龍の子で、いられてるよね……」

「ユーディラル」


 ぎゅっと、ウェルトナックがユーディラルを抱き寄せた。


 いつもより少し揺れる声と何かを伝えようとするように込められる腕の力に、ユーディラルもおとなしく身を任せる。


「心配せずとも。お前は儂の子で、紛うことなく龍だ」


 返そうと思った(いら)えは音にはならなかったので。ユーディラルはただその尻尾を絡め、頷いた。



 幼少期のフェイとカナートのお話を『好事百景【池淵】』にて書いております。


『第二十景【龍】』https://ncode.syosetu.com/n9526hy/30/

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[良い点] ここまで読ませていただきました。置いていかれるような寂しさと進めぬ自分に落ち込むアディーリアは、リーといると気持ちが落ち着くのですね。 人を傷つけたことを気に病んでいたユーディラル。 戦…
[良い点]  『龍』という存在に挑むものは……。  『龍』はある意味世界の賢者?みたいな存在なのかな?  組織に混じり世界を安定させている、みたいな。  人間に絶望したり、野心を抱けば人間を滅ぼすこ…
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