38.あのときの連中に天罰を!!
「いやー久しぶりだね。レイシア、ディアーネ。ふたりとも、もう銅ランクになるなんて凄いじゃない。しかもキマイラを倒したんだって? 強かったんだねえ」
休憩中に気さくに話しかけてくるマーシャさん。
辺境伯のご令嬢とあって、ドレスも装飾品も高そうだが、中身はあのマーシャさんそのものだった。
「驚きました。辺境伯の娘さんだったんですね」
「うん。身分を隠して街を散策していたときにね、スザンナさんの宿を見つけて。トラブルになっているから解決してあげたいなーって思ってね」
あの宿屋再建のときに、腑に落ちなかったことがひとつあるとすれば、借金取りの親玉が妙にマーシャさんのことを警戒していたことだ。
多分、親玉はマーシャさんが辺境伯の娘だと知っていたから、強く出られなかったのではなかろうか。
何かあれば衛兵どころか騎士が出張ってくる事態になるとくれば、裏社会の人間としては慎重にならざるを得ないだろう。
「でもあれからしばらく屋敷から出られなくてさあ。窮屈な思いをしていたわけ」
「はあ」
「でも噂話が聞こえてくるじゃない。なんでも凄い魔法を使う女の子と剣士のふたり組。魔物を討伐する実力のある鉄の冒険者。終いにはキマイラを倒して銅ランクに昇格したっていうんだから、これはもう呼ばないと、って。お父様に護衛に加えるようにお願いしたの」
どうやら俺たちが指名依頼を受ける原因を作ったのはマーシャさんらしい。
ええい余計なことを。
こちらは理由も分からず悶々としていたし、かなり緊張していたのに。
「なるほど……ところでマーシャさん。いやマーシャ様、と呼ぶべきですが――」
「マーシャさん」
「いや、マーシャ様――」
「マーシャさん。様付けは必要ないから」
「……はい」
ご命令とあらばさんづけし続けるしかない。
「それでマーシャさん。つかぬことを伺いますが、この護衛依頼、なんで冒険者を混ぜたんです? 辺境伯なら騎士や兵士が十分にいるでしょう?」
「え? そりゃいるけど。ああ今回の目的を言ってなかったね。実は隣街の冒険者ギルドの支部長をクビにしに行くんだよ」
「ああ、本部にコネがあって、依頼成功報酬を中抜きしていたあの?」
「あれ、よく知っているね。そう、お父様の耳に入ってね。ウチの領地でそんな輩がいるとはけしからん!! って怒って自ら乗り込むことにしたの。そのときに騎士だけじゃなくて、冒険者もいた方が都合がいいんだよ。本当なら『戦神の斧』だけでも良かったんだけど、せっかくの機会だしふたりの顔を見たかったから、君たちはついでかなあ」
「なるほど?」
辺境伯がどんな絵図を描いているかは知れないが、どうやら俺とディアーネはマーシャさんの相手をするためだけに呼ばれたらしいことは分かった。
「まあ実際には私の護衛ってことになると思うから、よろしくね」
「マーシャさんの? それってどういう……」
「ふふん、その時が来れば分かるから楽しみにしておいてね!!」
あ、逃げた。
「はえー。マーシャさんが凄く偉い貴族のお嬢様だったなんて……気づかなかったね、レイシア」
「うん」
「それにしてもようやく隣街の悪徳ギルド支部長と受付嬢に天罰が下るんだね。ずっと気がかりだったから、そこは良かったかな」
「そうだね」
これで不正の温床であるふたりをこの辺境伯領から追放できるだろう。
そこは素直に良いと思ったのだが……。
そのために練られていた作戦が、まさかあんなことになるなんて思いもしなかった。




