夢と現実、嘘と真実
夢と現実、嘘と真実
何だか、今日も昨日と同じ一日が過ぎていくのかと思うと憂鬱だった。その日がいつであっても変わらない毎日。僕はそれに嫌気が差していた。もしかしたら、これから起こる出来事は僕が期待していたことなのかも知れない。
僕の名前は望月広也。どこにでもいる普通の高校生だと自分では思う。ただ少し嘘を吐くのが上手いだけで、別に他の人と変わるところなんてなかった。嘘といっても誰かに迷惑をかけるような嘘ではない。どうでもいいようなことで嘘を吐いていた。自己防衛なのかも知れない。人に嫌われないように自分を創って。だから毎日が憂鬱でつまらなかったのだろうか。
その日も普通に朝から始まった。いつもと変わらない一日の始まりに、いつもと変わらない憂鬱が襲っていた。季節のせいかなんだか知らないが、天気までここ数日間同じではっきりしない。僕は重たい気持ちを引き摺りながら学校へ向かった。
僕は駅のホームで電車を待っていた。
「おはよう。」
突然後ろから女の子の声がした。いつもなら知っている人に合うことなんて絶対にないのに。
「えっ、誰?」
僕は驚いて振り向いた。そこには僕のよく知っている人が立っていた。彼女の名前は由紀。僕と同じ高校の陸上部に所属する一つ年上の先輩だ。
「あっ、あれ、どうしたの。」
そう僕が聞くと、
「一緒に行こう。」
と、彼女は答えた。僕は驚きで頭が混乱していた。彼女はとても綺麗な人で、陸上部の中では誰もが憧れる存在だった。もちろん僕も例外ではない。陸上部に入ったのだって彼女がいたからだった。彼女の走る姿の美しさに感動して、衝動的に陸上部に入ってしまった。そんな彼女から「一緒に行こう。」と言われて、僕は思わず、
「えっ?」
と、聞き返してしまった。するとまた彼女は、
「一緒に学校行こう。」
と、言った。僕はとりあえず返事をしたのだが、頭の混乱はまだ治まっていなかった。なぜ彼女は駅のホームにいたのだろうか。わざわざ僕を待っていたのだろうか。そんなことを考えながら、窓の外を見ている彼女の横顔をただじっと見詰めていた。すると突然彼女は振り向いて、
「着いたよ。」
と、言って僕の手を引いた。そして僕達は電車を降りた。改札を出て歩きながら、僕は彼女に聞いた。
「何で駅のホームにいたの?」
すると、
「望月君を待ってたの。」
と、彼女は笑いながらそう言った。本気とも嘘ともとれないその言い方に、僕の頭は余計に混乱した。
気が付くと今日の授業は全て終わろうとしていた。僕は夢を見ていたのだろうか。今日受けた授業のこと全く覚えていないし、それに彼女が僕のことを待っているはずもないし。そう思いながら僕は窓の外に目を向けた。ちょうど彼女達のクラスが体育の授業をしていた。校庭の隅の方で僕に手を振る彼女の姿を見付けた。僕は余計に今朝のことが夢なのか現実なのか分からなくなっていた。その日僕は部活動を休んだ。
また今日という日が始まる。昨日が訳の分からない日だっただけに、今日もまた何かあるかも知れない。そう思いながら家を出た。足早に駅に向かいながら僕は空を見上げた。昨日と同じような天気だった。しかし、今日は昨日と同じがやけに嬉しかった。また昨日と同じように何かが起こる気がしたから。僕はその期待に少し浮かれていて、駅に早く着きすぎてしまった。周りを見回しながら昨日と同じ時間まで待ってみた。しかし、彼女どころか知っている人の一人もいなかった。これが現実なんだと思った。そして僕は昨日と同じ電車に乗り込んだ。ドアに寄り掛かりながら外を見ていると、
「あの・・・」
と、小さな声がした。窓ガラスを鏡代わりにしてその人を見ると、どうやら知っている人のようだ。その人の名前は優子。僕と同じクラスの子だが、彼女とは殆ど話したことがなかった。というのも彼女が余りにも僕の理想に描いている女の子に近くて緊張してしまうから。
「えっ、僕を呼んだの?」
緊張してしているのが分からないように出来るだけさり気なく言ってから、ゆっくりと彼女の方に振り向いた。彼女は何も言わずに頷いた。その時僕はふとしたことに気が付い
た。彼女の家は学校を隔てた反対側。間違っても同じ電車になるはずがない。それに彼女は制服も着ていないし。と、いうことはまた夢?それにしてははっきりとしすぎている。そう思い、悩んでいると、
「どうしたんですか?」
と、微笑みながら彼女が聞いてきた。夢なんかじゃない、別人なんだ。それにしてもよく似てる。
「君は誰?同じ学校の子じゃないよね。」
「望月さんは分かっているはずですよ。」
そう言って彼女は笑った。分からない、誰なんだこの子は。その時突然寄り掛かっていたドアが開いた。僕は後ろにひっくり返ってしまった。恥ずかしかったので急いで立ち上がろうとした。しかし、立ち上がれなかった。いや、余りの驚きで立ち上がろうとしていたこと事態を忘れてしまった。僕が乗っていた電車が消えて無くなり、全く知らない景色が広がっていた。違う、この景色見たことがある・・・何処かで。僕が腰をついたまま驚いた顔をしていると、彼女は笑いながら言った。
「ほら、この服素敵でしょ。この髪形も。この茶色い瞳も。全部あなたの好きなもの。ねえ、覚えてないの?この場所。あなたと初めてキスをした場所じゃない。」
僕には全然分からなかった。それどころか、この現実離れした出来事に完全に冷静さを失っていた。
「何言ってんだ。ここは何処なんだ。お前は誰なんだ。」
僕は声を張り上げて言った。彼女は僕をからかうように、
「私?私は優子。」
と、言った。僕は完全に頭に血が上っていた。そして、
「ふざけるな、お前は誰なんだ。」
と、怒鳴り上げた。それでも彼女は平気な顔をして、
「私?私は恭子。」
と、僕が以前付き合っていた女の子の名前を言った。言っただけではなく、姿まで恭子になってみせた。僕はここで彼女にのせられてはいけないと思い、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。そしてもう一度、今度は優しく聞いた。
「ねえ、君は本当に誰なの?ここはいったい何処なの?」
「私は由紀。」
彼女は一瞬真面目な顔をしたかと思うと、すぐまた大笑いした。もちろん姿は由紀になっていた。僕は呆れ返ってしまった。そして大きく溜め息をついた。その顔を見て彼女は突然悲しそうな顔をした。そして元の優子の姿に戻った。
「本当に覚えてないの?」
と、彼女は小さな声で言った。僕は首を横に振った。
「そう・・・あなたはある人にこう言ったわ。僕の彼女は茶色い瞳がとても綺麗で、髪の毛がさらさらしてて可愛い子だって。」
彼女は俯きながらこう言った。思い出した。確かに僕は男友達の前でこう言って自慢したことがある。そしてその続きに、街が見下ろせる小高い丘で彼女と初めてキスをした。風に彼女の髪とロングスカートがなびいているのが映画のワンシーンみたいだったって。
でも、この事は全部嘘。実際には彼女もそんな場所も存在しない。確かに存在はしていないけど、心の底の方で現実だと思い込んでいたのかも知れない。あの頃の僕は完全に嘘で固められていたから。彼女は僕の顔を見て少し嬉しそうな顔をして言った。
「やっと思い出してくれたのね。そう、私はあなたの吐いた嘘。だから私にもこの場所にも見覚えがあったでしょ。ここだけじゃないわ。この世界の全てがあなたのついた嘘で出来ている。全てあなたの見栄と欲望でね。寂しかった。私がこの世界に誕生してからずっと。始めは狭い世界だったけど、あなたはどんどんこの世界を広げていった。嘘を吐くという行動でね。しかもその一度創られた世界は、部分的にも消えることはなかった。あなたのついた嘘が誰にも見破られなかったから。そして、この世界は現実のものになった。でも、世界は現実になっても人間は私は独りだった。あなたは誰に嘘を吐く時でも私以外の人間を使わなかったから。あなたが私のことを細かく話せば話すほど、私は完璧な人間に近付いていった。そして私は感情というものを覚えてしまった。本当に寂しかった。これだけ広い世界に一人でいることの寂しさがあなたに分かる?でもね、この世界が現実になった時、きっとあなたが来てくれると信じてた。あなたがあれだけ愛した私がここにいるんだもの。ねえ、もう私を独りにしないよね。ずっとここにいてくれるよね。」
彼女は目に一杯涙を溜ていた。僕はそんな彼女を愛おしく思った。しかし、そう思うのは当然だった。彼女は僕の理想そのものなのだから。僕は答えを決める為に二つの質問をした。
「ねえ、君はさっきみたいに自由に姿を変えられるのはなぜなの。」
「自由にじゃないわ。優子、由紀、恭子、この三人だけ。なぜかは簡単。私はこの三人を
足して創られたから。でももう変われない。あなたの本当の理想は今の私だから。」
「もし・・・僕がこの世界に残るとしたら、前いた世界の僕はどうなるの?」
「分からない。私にはこの世界の事と、あなたのことしか分からないから。でも、私を創れたのだから向こうに自分を創ることもできると思う。」
彼女はそういって、じっと僕を見詰めた。僕は悩んだ。確かにここにいれば嫌なことなど無く過ごせるだろう。しかし、それが本当に幸せなのだろうか。僕の知っていることしか起きない世界で、果たして楽しい生活など出来るのだろうか。しばらく悩んだあげく、僕は答えを決めた。その瞬間、周りの景色が変わった。いつもの教室、いつも座っている窓際の席。僕はゆっくり辺りを見渡した。何もかもがいつも通りだった。時間を確認する。午後の授業がもう直き終わる時間。日付を腕時計で確認する。昨日の日付。夢を見ていた?もう一度教室を見渡す。校庭を見る。そこには彼女達の姿は無かった。クラスメイトの優子。校庭で体育の授業を受けているはずの由紀。僕はそのまま机にうずくまった。ここは現実だろうか、夢だろうか、それとも僕がついた嘘の世界なのだろうか。今の僕にはもう区別が出来なくなっていた。それは、夢でも嘘でもこれに似た世界を見ることが出来るから。もしかしたら、今朝会った由紀も現実ではなかったのかも知れない。