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第90話 魔王の正体

「騙すような真似をして、すまなかったね。まあ、おかげで私は学生生活という貴重な体験をさせてもらって楽しかったよ」


 振り返って見れば、初めてトイレで出会った時にダークエルフである私の脚力に追い付いたのは衝撃的だった。

 後に陸上部の特待生と判明し、それで追い付いて来られたと勝手に解釈していた。

 お調子者の明るい子で、とても女神とは結び付かなかった。


「それにしても、なかなかやるじゃないか。まさか、二人があんな感じでキスまでするなんて思わなかったよ」


「……人のデートを覗き見するなんて趣味が悪いですよ」


 ミールは私の背中を豪快に叩いて、観覧車での出来事を観察していたらしい。

 なるほど、魔法が使えてお調子者の佐伯ならやりそうなことだ。


「ふふっ、お詫びに私ともキスをやってみるかい?」


「や……やりませんよ! そういうのは好きな相手同士でやるものであって……」


 私は顔を赤くして拒否すると、ミールは不意に頭を撫でて見せる。


「可愛い反応をするねぇ。他の女神達も見習ってもらいたいところだよ」


「それより、教えてください。貴女が知っていることを全て!」


「ああ、そうだったね。まずは魔王の正体について話そうか」


 それまでにこやかな雰囲気のミールは真面目な顔付きになると、私は息を呑んでミールの言葉に耳を傾ける。


「魔王の正体はそこにいる彼女だった」


「えっ?」


 ミールが指を差した先には時間が停止して石像のように動かない琉緒がいる。

 私はそれが何を意味しているのか理解できなかった。

 いや、正確には受け入れたくない事実を突き付けられて混乱しているのが正しい。


「ははっ、またご冗談を……」


 また私をからかっているのかと思って聞き流そうとするが、ミールは続けて言葉にする。


「君に接触して来た外務省の山本と名乗る人物は覚えているよね。彼は琉緒ちゃんを言葉巧みに操って魔王に仕立てたんだ」


「何を言っているんですか? 琉緒ちゃんが魔王だなんて、そんな筈ありませんよ。現にこうして琉緒ちゃんはここにいる」


並行世界(パラレルワールド)って言葉は知っているかな? 例えば、先程の観覧車でデートが成功したけど、デートに失敗していた世界線も存在する」


 私はいまいちミールの述べていることに理解できないでいると、ミールは白のローブから水晶玉を取り出して私に手渡す。


「そこに映し出されているのを見てごらん」


 ミールに言われた通り、水晶玉をじっと眺めているとブランコに乗っている制服姿の琉緒があった。


「この世界線では、あと数分で君が異世界から元の世界に飛ばされて琉緒ちゃんの前に現れる筈だが、水晶玉に映し出されているのは君が飛ばされて来ない世界線だ。それだけなら、まだ彼女が魔王になる世界線はなかったのだが、君の代わりにとんでもない悪魔が現れてしまった」


 しばらくして、悲しみに俯いたままの琉緒の前に外国人らしき若い男が接触する。

 身形の良いスーツ姿の若い男は何やら琉緒に話し込んでいるが、水晶玉から声は何も聞こえない。

 話を終えた頃に若い男は琉緒に何かを渡すと、小さく手を振ってその場を去って行く。

 水晶玉の映像はそこで途切れると、ミールはさらに続ける。


「悪魔は琉緒ちゃんに、君を餌にして異世界へ飛べる道具を渡すことに成功すると、魔王誕生の世界線が確定してしまった」


「そんな……そんな馬鹿なことが!」


「異世界へ渡るにはそれなりの技術力が必要だ。悪魔が渡した道具はたしかに対象者を異世界へ飛ばせるが、代償を支払わなければいけない代物だった。その代償とは記憶だよ。琉緒ちゃんは転生した君を探し出すために、大切な記憶を犠牲にして道具を使う決心をしたのさ。転生した人間を探し当てるなんて砂漠、いや宇宙で一粒のダイヤを見つけるより困難だ」


 こことは違う世界線の琉緒は若い男から道具を受け取り、異世界転生した私を見つけ出すために途方もない旅へ出る決意をする。

 使用回数が増えるにつれて、琉緒の記憶は消えていく。

 やがて、限界まで使用した反動で自身が栗山琉緒だった記憶もなくなり、私がいた異世界へ辿り着いた頃にはもう私が知っている琉緒ではなかった。


「異世界が過酷な環境なのは君も十分承知している筈だ。琉緒ちゃんは異世界へ渡り歩くための力を得るために身体を改造していった。そして抜け落ちていく自身の記憶を少しでも呼び覚まそうと校章に魔力を込めたりもした」


「嫌だ……これ以上、そんな話は聞きたくない!」


「残念だが、君が知りたかった事実だ」


 私は耳を塞いでその場で力なく泣き崩れると、到底受け入れられるものではない。

 私のいた異世界で魔王に君臨した琉緒は最早、人々に災厄をもたらす存在と化し、記憶が抜け落ちた抜け殻だった。

 琉緒を魔王に仕立てたのは私が原因だ。


「でもね、琉緒ちゃんはダークエルフの君と邂逅して断片的に記憶が蘇った。おそらく、自身の存在を忘れてしまっても、君のことだけは忘れずにいたのかもしれない。琉緒ちゃんは逃走を図るためではなく、最期の力を振り絞って君をこの世界線へ飛ばす魔法を唱えた。本当の意味で、琉緒ちゃんは君との再会を果たすことができたんだ」


 ミールは諭すように私に語り掛ける。

 そして、ミールの背後にキャスティルと成瀬の姿が現れる。


「そろそろ時間を停止させるのは限界だ」


「ああ、分かっているよ」


 キャスティルが腕時計に目を移すと、煙草を咥えながらミールに告げる。


「私はこれから、この世界線で君と接触した悪魔、別の世界線で琉緒ちゃんと接触した悪魔を追跡するつもりだ。後のことはそこにいる女神が君達の監視を続けるから、何かあったら頼るといいよ」


 ミールは「後はよろしく」と成瀬に伝えて、彼女はゆっくり頷く。


「非常に勝手なお願いだが、君にはここで琉緒ちゃんと一緒になって欲しい。君が元の世界線の異世界へ戻ったりしたら、きっとどんな手段を用いても彼女は君を追いかけてくるだろう」


 魔王と化した琉緒の経緯を考えると、それは十分に考えられる。

 異世界へ渡る術はラーナが知り得ているし、異世界へ渡る術を獲得した琉緒は世界線を飛び越える魔法も自力で習得するなりして私を追いかける。

 私は小さく頷き、ミールの願いを了承する。

 想い人の過酷な運命を知ってしまった私は責任の一端が自分にもあると悟った。

 ミールは私に軽く手を振って別れると、キャスティル共にその場から消えて行った。

 それと同時に停止していた時間は動き出し、成瀬もいつの間にかどこにもいなくなっていた。


「信也君、何だか目が腫れぼったいけど泣いてたの?」


「ああ……うん、何でもないよ。琉緒ちゃんと一緒にいられて嬉し泣きしちゃったのかな」


「ふふっ、変な信也君。今度はあのメリーゴーランドに乗ろうよ」


「いいよ、一緒に乗ろう」


 私は目を擦って琉緒と手を繋ぎ直すと、先程のお化け屋敷で私と琉緒を助けた二人の女性がこちらの様子を窺っている。


「これ以上は野暮かもしれないね」


「そうですわね、あんなキスまでしたのですから」


「ルミス君、私達もやってみるかい?」


「絶対にお断りですわ! ラーナ理事長ともあろう方が年下の女子とキスなんて教育委員会とかに知られたら、色々と問題になるのではなくて?」


「私は吸血鬼だよ。それぐらいは自前で何とかするさ」


「悪い吸血鬼ですわ。お化け屋敷の吸血鬼と一緒に退治しとけばよかったですわ」


 ラーナとルミスはそんな与太話をしながら、二人のデートをこれ以上見守る必要はないと判断し、遊園地を後にする。

 駆け足でメリーゴーランド乗り場まで向かう琉緒を私は追いかける。


「琉緒ちゃん、待ってよ」


「ほらほら、私はこっちだよ」


「よし、捕まえた」


 私はしっかりと琉緒を愛おしそうに抱き締めて、彼女を絶対に離さないようにする。


「約束するよ。俺はずっと琉緒ちゃんの傍にいる」


「信也君から改めてそんなこと言われると照れちゃうな。私も信也君の傍にずっといるよ」


 しばらく人目を気にせず抱き合うと、二人は幸せの人生が続いた。

物語はここで完結になります。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

投稿する間隔が空いたりしましたが、無事にここまでやってこれたのは読者の皆様のおかげだと思います。

数日後に、特別話を投稿する予定です。

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