第89話 ありがとう
これまでの経緯を振り返ると、私はかつてない程の憂鬱な気分で観覧車へ乗り込もうとしていた。
本来なら、万全の態勢で乗りたいところだったが、それは叶いそうもない。
観覧車が一周するのに、約十五分。
はたして、十五分後の私はどんな風になっているのだろうか。
「そっちに座ってもいいかな?」
「うん……いいよ」
向かい合わせに座っていたが、琉緒は私の隣に移動して座る。
二人っきりの良い雰囲気を演出するには最高の舞台なのだが、私が抱いている最悪な展開を想像すると逃げ場がない牢獄だ。
魔物や魔王と対峙した時とは全く違う恐ろしさが私を支配する。
「わぁ、良い眺めだね」
ゆっくり観覧車が上昇しながら眺める景色に琉緒はご満悦のようだ。
私は景色を覗き込む余力がなく、俯いたままだ。
早く彼女から心意を語ってもらって楽になりたい気持ちもあれば、もうどうにかなってしまいたいと心が悲鳴を上げている。
「でも、私はこの景色よりもっと良い眺めを見たいなぁ」
琉緒は勢いよく私を押し倒すと、先程まで床に視線を移していた筈が琉緒の顔を見上げていた。
「やっぱり凄くいいよ……」
私は訳が分からず、目を見開いたまま琉緒にされるがまま身体を委ねる。
「な……何が凄いんだい?」
「そんなのは分かっているくせに、信也君は恥ずかしがり屋だね」
琉緒は耳元でそう囁くと、私の身体は全身に電撃が生じたような錯覚に陥る。
数分も経たない間に、私の心はとてつもない感情の波に呑まれていく。
「ふふっ、ダークエルフの女の子って分かり易いね。それとも信也君が純粋だからかな。コレはとても正直だね」
琉緒はいつの間にか魔法が解けた私の長耳を直に触る。
「ヒャ!」
それがダークエルフにとって敏感であることは琉緒も承知の筈で、思わず私は悲鳴にも似た声を上げてしまう。
「ああ! 本当に信也君は素敵な顔をするね」
「琉緒ちゃん……」
「そのままで聞いて。さっきのお化け屋敷で私と一緒に逃げた時は私をガラの悪い人達から助けてくれた信也君を思い出しちゃったんだ。逞しい殿方だった信也君はダークエルフの女の子になっても本質は全然変わっていない。それが確信できて私の想いは信也君を……貴女を愛していると実感できたの!」
琉緒は告白と同時に私の唇を重ねて何の躊躇いもなくキスをする。
琉緒が伝えたかったことの正体は愛の告白。
ジェットコースターやお化け屋敷での失態は空回りしたと思っていたが、琉緒にとって最高の演出だったようだ。
「んふっ、私はずっとこの瞬間を眺めたかった。夢ならずっと醒めないで欲しいよ」
「んっ、こんな俺を……愛してくれるのかい?」
「信也君、大好きだよ」
琉緒は再確認するかのようにキスをすると、やがて私と激しく密着する。
人からこんなに求められるなんて初めてだ。
私の中で羞恥心は既になくなり、身体は恐怖から快楽が私を支配していく。
「俺も好きだよ。琉緒ちゃん」
私も琉緒に応えるように意思表示をすると、今度は私が琉緒を押し倒して立場を逆転させる。
先程まで悩んでいた自分が、まるで嘘のようだ。
私も自身の想いを伝えるために無我夢中でキスをしながら、観覧車の窓ガラスに映る自身の姿には妖艶な笑みを浮かべたダークエルフの女の子があった。
(ああ……染まっていく)
感情の波は昂り、お互い同じ色に染まっていくのが肌で感じ取れる。
「今度は俺の愛を受け取って」
「うん、しっかり受け止めるね」
二人の間に、最早妨げるものは何もない。
観覧車はゆっくり周りながら、濃厚な時間を刻んでいく。
「ありがとう、信也君」
「ありがとう、琉緒ちゃん」
お互いに感謝の言葉を述べると、相思相愛のカップルが誕生した。
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おそらく、人生で一番濃い十五分を過ごした私と琉緒は観覧車から降りると、二人は自然と手を繋いで歩き出した。
色々あったが、結果的に遊園地でのデートは大成功。
幸福に満ち溢れた二人の前に、一人の少女が拍手をしながら出迎える。
「どうして君がここに?」
私は少女に問い掛ける。
遊園地のことは話していなかったし、偶然通りかかったようには見受けられなかった。
「まずは、おめでとう。私がここに現れたのは君との約束を果たすためさ」
「約束?」
少女は指を鳴らすと、周囲は一斉に静寂へ包まれる。
私と手を繋いでいた琉緒も、まるで石像のように硬直した状態で動かなくなり、それは周囲の人達もだった。
「時を止めて、私と信也君以外は動けないようにしたよ。校章や魔王の正体を含めた君が知りたがっていることを話す約束さ」
「君は……佐伯さんは創造神ミールだったのか」
制服姿の佐伯は変装の魔法を解いて、白いローブ姿に身を包んだ創造神ミールへ姿を変えた。
次の第90話で物語はラストになります。
特別話を後日投稿して『ダークエルフは彼女に恋をした』は完結とさせていただきます<(_ _)>




