第77話 前進
魔法を駆使した身体測定は滞りなく進められて、全ての測定が終わった頃には夕刻を過ぎようとしていた。
「やあ、お疲れ様」
ラーナは労いの言葉と共に栄養ドリンクを手渡してくれた。
「ありがとうございます」
私はタオルで汗を拭って、栄養ドリンクを口にする。
身体測定中、山本とのやり取りが脳裏を過ぎってしまい集中できなかった。
それでも陸上競技の分野はダークエルフの運動能力と魔法のおかげで一般の人間より高い水準の記録を残すことができた。
「いやぁ、素晴らしい。想像以上の脚力だったね」
「人前であんなに動いたのは久々ですよ。おかげで明日は筋肉痛で動けないかもしれませんよ」
「ふふっ、君は若いんだから大丈夫さ」
この世界へ戻ってきてから、人前で目立つような行動は慎んできた。
筋肉痛は大袈裟だが、力を解放して身体を動かした反動はそれなりにある。
「そこのシャワー室を使って汗を流してきたまえ。お望みなら、私も一緒に付き合っても構わないよ?」
「ま……間に合ってます!」
冗談のつもりなのだろうが、私は慌ててラーナを振り切ってシャワー室に向かう。
思えば、この世界で最初にシャワーを浴びていた時にルミスが乱入し、良い思い出がない。
あの時、奈緒が助けてくれなかったら今頃どうなっていたか。
「可愛い反応をするダークエルフだ」
そんな私をからかって可笑しそうに笑っているラーナは放っておいて、私は運動着を脱ぎ捨てて熱いシャワーを浴びる。
纏わり付いた汗は洗い流されると同時に、私はピンと張り詰めた長耳と自分の胸を触って思い耽ってしまう。
私はダークエルフの女だ。
昨晩、不本意ながら琉緒と濃密な時間を過ごしてしまった。
弱点である長耳を無造作に触られて、私は全身に電流が走るような錯覚に陥ってしまい、琉緒に見せたくない一面を披露してしまった。
心は男として保っているつもりでも、身体が女である以上は抗う術がなかった。
昨晩の記憶は曖昧で覚えていないが、琉緒の前で私は女のさらけ出したのは間違いない。
みっともない姿を晒した私を琉緒は軽蔑したりしていないだろうか。
(琉緒ちゃん……)
琉緒に対する私の気持ちは昔と変わらない。
彼女を愛する気持ちは不変的であっても、女同士の愛は実るのか。
もしかしたら、私の存在は琉緒を不幸にするかもしれない。
私は一度、この世界で死んだ人間。
本来なら、私と琉緒は共に素敵な人を見つけて幸せになるのがベストなのではないだろうか。
『私は常々、帰る場所があるのなら元の場所へ送り帰すのが一番良いと思っているんだ』
山本の言葉が再び脳裏を過ぎる。
琉緒を幸せにしたい。
その覚悟があって私は元の世界へ帰る選択肢を捨てた。
無鉄砲で何の計画性もないが、自分の気持ちに嘘はつきたくない。
自問自答しながらシャワー室を出ると、私はその答えを導き出すために前進する。




