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第75話 英雄の凱旋

「さあ、こちらへどうぞ」


 山本が私達を先導する先には巨大ドーム状の施設があった。

 施設の入り口には私達の到着を待っていたスーツ姿の男が二人立っていた。


「私は上役に報告があるので、後をお願いね」


 おそらく外務省の人間だと思われるが、奈緒はその二人と共に別れた。

 施設の中にある案内板を見ると、陸上トラックや球技場の他に屋内プールが完備されていることがわかった。

 国や行政が管轄しているのか定かではないが、これだけの施設で人気のない山間地なら異世界の人間が魔法や特殊能力を使用しても問題ないだろう。


「あちらの更衣室にこちらで用意した運動着がありますので、まずはそれに着替えて下さい」


 山本が更衣室を指差すと、私はそれに従って運動着に着替え始める。

 魔法を駆使して身体測定をすることになっているが、自身を強化する魔法は得意ではない。

 例えば斥候を務める際に大事なのは足のスピードを強化して、周囲の情報収集をしたりすることだ。

 予期せぬアクシデントを回避するためにも、私は後方支援に徹する役目で魔王討伐の勇者一行と共にしてきた。

 走ることに関しては得意だが、それ以外はおそらく一般人と変わらないだろう。


「ほう、ダークエルフの運動着姿はなかなかどうして……」


 着替えを終えて更衣室から出ると、山本は関心した素振りで私を見回す。

 身体測定の際は長耳にかけていた魔法を解除している。

 今までも男から私に対する好意的な視線は何度も経験済みではあるが、あまり気持ちのいいものではない。

 私と同年代のダークエルフの女子は男を誘惑することに対して積極的で、誘惑した男の数を競っている子もいたぐらいだ。

 前世で男子高校生だった私はその記憶が弊害して男を恋愛対象にすることはできず、この手の話は消極的にやり過ごしてきた。


「おっと、失礼。ちゃんと職務を全うしないと後で栗山先輩やラーナ氏に怒られてしまいますからね。それではこちらへどうぞ」


 背筋を正して山本は私を陸上トラックのある場所まで案内を始める。


「クシャさんのような素敵な女性は異世界では、さぞかしモテモテだったでしょう?」


「そんなことは……ありませんよ。別に普通です」


 雑談のつもりなのだろうか、私は山本の問いに答えるのが億劫であった。

 山本に悪意がある訳ではないのだが、ぐいぐいとプライベートに踏み込む感じは苦手だ。


「その謙虚な姿勢は私も見習わないといけませんね。この前なんて、友人からはお前はいつも一言余計なことが多いと注意されちゃいましたよ」


 このくだりが余計なんだよなと私は思いながらも、作り笑いをして誤魔化す。

 早く身体測定を終えて解放されたい気持ちが芽生え始めると、山本は懐から妙な物を取り出した。


「報告によれば、魔王が放った魔法でこの世界へ飛ばされたらしいですね。そんな不運のクシャさんにここだけの話があるんですよ。この装置、戻りたい場所をイメージしながら中央の赤いボタンを押すと元の世界へ帰れるんですよ」


 手の平サイズの赤いボタンが特徴的な装置を私に見せる山本。

 先程の話題とは打って変わって、私の興味を引くものをチラつかせる。


(からかっているのかな)


 以前、ラーナと奈緒から技術的に異世界へ飛ぶことは可能であるが、指定先を設定できない完全なランダムであり、地獄の片道切符と変わりないと説明を受けている。


「うーん、その様子だと信じていないようですね。私は常々、帰る場所があるのなら元の場所へ送り帰すのが一番良いと思っているんだ。魔王討伐を共にした勇者一行、ご両親、友人、まだ見ぬ恋人がクシャちゃんの帰還を……魔王を倒した英雄の凱旋を待ち望んでいる筈ですよ」


 私の耳元で囁きながら、山本は赤いボタンの装置を私に託す。

 胡散臭い話ではあるが、私の心は揺らいでいる。

 もしかしたら、本当にこの装置で私が暮らしていた異世界へ帰れるのかと――。

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